第22話
「貴様ら、待て! やめろ‼ 飯館さんから手を離せ」
「あん? 誰だてめぇ」
「あ、こいつ同じクラスの陰キャだよ。えっと佐間とか言ったかな?」
佐野だけどいちいち訂正しても仕方ないのでここは放置する。
「どうした? お前も仲間に加わりたいのか? こいつに咥えてほしいのか?」
飯館さんは制服のブラウスが破られて下着もあらわになっている。怒りが僕の全身を駆け巡る。
「っざけんじゃねぇぞ‼ 瀬長てめぇぶっ飛ばしてやる!」
僕は怒りのままに拳を振り上げ、瀬長に殴りかかった。
2分後。
ボコボコにされて4人から足蹴にされている。もう痛いを通り越して熱い。骨は辛うじて折れていないようだけど、もう立ち上がることさえ出来ない。
「佐野くん! やめて、佐野くんが死んじゃう!」
「邪魔だ、クソアマ! お前もボコってやろうか? ああん?」
「もうやめて……」
「お前ら何をやっている!」
やっと誰かきてくれたみたいだ。意識が朦朧とするが、先生を体育館に呼ぶように頼んでおいたのがやっと叶ったのかもしれない。
瀬長と鈴木がいることがわかった時点で念のために花楓に教師を体育館に呼ぶようにメッセージしておいてよかった。
「おい、逃げるぞ」
「駄目だ、あっちにもいるぞ。出口を塞がれている」
「やだなんで? 警察もいるよ⁉」
「ウチ何も悪いことしてないよっ」
おー花楓ナイスぅ。警察まで呼んでくれたんだなぁ……。
ああ、救急車のサイレンまで聞こえるな……。だれか倒れたりしたのかなぁ……。
あれれ、急に眠くなってきたみたいだ。こんな時に寝るなんて不謹慎だよね……。
でも……ちょっと、無理みたい。
錆びた鉄柵に寄りかかって、呆然自失していたことに気づいた。見覚えがある風景。
ああ、雑居ビルの屋上だ。青く適当に塗られている給水タンク。薄汚れた注水厳禁の張り紙のあるキュービクル。
「あいたたた……。ぱっと見怪我はないみたいなんだけど、痛みだけはあるんだな」
周りを見渡しても飯館さんの姿はない。
腕時計を見ると僕が飯館さんとこのビルから飛び降りる5分ほど前。まだ26歳の僕。
「飯館さんが今ここにいないってことは、うまくやれたのかな? 僕の方は……失敗したらしいな」
なんでまたこの時間に戻ってしまったのかはわからない。分かる訳がないし、今更どうでもいいと思っている。
「仕方ないかな。僕はどう足掻いても僕でしかなかったってわけか」
もしかしたら殴られ蹴られしたあと死んじゃったのかもしれないな。死んだからまたこの時期に戻っただけなのかもしれない。
「僕のタイムリープの目的って、飯館さんを助けることにあったのかもしれないな」
正誤は定かではないけど、ここに飯館さんがいないことが証拠だと思う。
この世界では飯館さんは幸せを掴んで生きてくれているのだろう。それだけで僕のやったことには意味があるってものだ。
「それにしても、瑞希と花楓には申し訳ないことしちゃったよな……」
あんなにもこの僕と仲良くしてくれていたというのに二度目もほったらかしにしちゃったようなものだ。ほんとごめん。
「ああ、時間だ」
ピッと腕時計が鳴って0時を告げた。
「今度は一人か。でも、ひとりで良かった……」
ビルの屋上から足が離れる。あっという間にアスファルトが近づいてくる……。
「うわぁ!!!!!!」
柔らかいベッドの上で目が覚める。見たことのない天井だ。トラバーチン模様には違いはないけど僕の部屋じゃない。
とにかくやたらと白いって印象。だけど、右目があまり良く見えない。あと、全身が痛い。
「どこ? またタイムリープなの? それとも今度は異世界転生? 単純に夢? 今度こそ走馬灯?」
カチャリと音がしたのでそっちに目を向ける。
引き戸を明けて入ってきたのは瑞希と花楓。ランドセルを背負ったままの瑞希と高校の制服に身を包んだ花楓。
なんで瑞希と花楓が一緒にいるんだ? やっぱり走馬灯なのか?
「あっ、お兄ちゃん! 目を覚ましたの! 良かったよぉ」
「せんぱい! やっと起きてくれた!」
ベッドの上の方にあるボタンを花楓が泣きながら押している。「どうかされましたかぁ」なんてのんきな声がインターホン越しに聞こえてきた。
「せ、せんぱいが目を覚ましました!」
ここは市内にある総合病院の病室。二人は偶然に見舞いに来たのが同時なだけだった。
僕は体育館で気を失ってから丸一日ほど寝続けていたようだ。今回はタイムリープじゃないらしい。
どうもヒョロガリの貧弱、脆弱な僕が体格のいい瀬長と鈴木に殴りかかったので当然のように返り討ちにあった。女子二人からも蹴られていたらしい。
こんなに殴られたのは土建屋に現場監督として勤めていたときに土方連中にボコられて以来だったな。建設作業員らの不正行為を咎めただけなのに殴りかかるって理不尽すぎるよな。
「飯館さんは?」
「大丈夫ですよ。先輩は無事です。あとせんぱいを襲った奴らはその場で全員逮捕されました」
「逮捕? そうなの?」
これまた盛大にレバレッジが掛かってしまったようだな。もう蝶々の羽ばたきどころかドラゴンが羽ばたいているんじゃないのか?
「お兄ちゃん、痛くない?」
「ああ、大丈夫だよ。ごめんな心配掛けて」
「ううん。ウチはお兄ちゃんさえ無事ならばいいんだよ? あとでお母さんとお父さんも来るって言っていたよ」
「そっか。さんきゅ」
瑞希にまで余計な心配を掛けてしまったな。花楓もありがとう。
でもこれで飯館さんを苦しめる諸悪の根源が消えたというのなら痛い思いをした甲斐はあったかもな。
※
楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。
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