第20話

 とりあえず飯館さんに教えられるだけ教え込もうと思う。


 どうにかしなきゃ、と思いながらも八方塞がりに近い感じで飯館さんを救い出す手立てが無かったところに渡りに船と言わんばかりに鴨が葱を背負って来たのだからこれを逃す手はない。


「まさか本人から勉強したいって言ってくるとは思わなかったな」


 瑞希、花楓と続いて次は飯館さんか。

 バタフライ効果もレバレッジ効かせすぎて、問題が起きたらロスカットとかは嫌だからな。



 この3人には確実にバタフライ効果が大きく影響していると思う。一周目のときとの違いが明確過ぎる。


 瑞希は一周目と関係性が完全に真反対になっている。険悪でしょうがなかった兄妹仲が今やブラコンシスコン同士かと言うくらいに仲がいい。

 先日は一緒に風呂に入るまで瑞希がいい出したので流石にそれは保留にしておいた。兄妹とはいえそれはやりすぎだと思うんでね。

 それ以外でもいつの間にか僕のベッドで一緒に寝ていたりすることが一度あった。真偽は不明だけど怖い夢を見たとか言っていたので許したが。


 これらを抜きにしてもふつうの兄妹以上に仲が良くなっているのは間違いないだろう。僕としても嬉しい限りなので不満はない。



 花楓とは一周目では完全に疎遠になっていた。3年の先輩たちが引退してから僕が高校を卒業するまで一度も彼女と顔を合わせたことは記憶にない。

 それが、僕からの提案とはいえ、勉強を教えるような仲である。度々マッコや本屋などにも部活終わりの放課後に寄り道してしまうくらいだ。

 あと妙に懐かれているような気がする。一周目もそれなりに揶揄われたり若干距離が近かったが、今や距離がゼロになりそうなときもあったりする。まるで妹だな。


 ただ勘違いしそうになるときもあるので速やかにやめていただきたい。生涯童貞くんには刺激が強すぎです。でも花楓のなんだか甘い香りを嗅いでいると幸せな気分になるので案外悪くないなんて思うこともある。


 そして今度は飯館和泉さんだ。

 予想外、想定外に直球で来た『わたしに、勉強を教えてくれないかな?』。


 僕だって勉強を教えるだけで破滅的最期を回避できるとは考えていない。

 でもこれは大きな第一歩といっても過言ではない気がする。

 流されるがままで何も自ら動こうとしなかった彼女が自ら動こうとしている。手助けをしてあげないと軌道には乗らないかも知れないけど、それはそれとして自ら変えようとしたことは大きい。


 勉強でつまずいた箇所を彼女に聞いたけれど、なかなかそう簡単には克服できないのは明白だった。

 ラノベや漫画みたいに勉強会をやったから成績が上がりました、みたいな容易なもんじゃないことがわかり少々挫折のざの字が見えた気がする。


「これは花楓と同じ目標なんだけど、とりあえず赤点だけ回避できるように要点だけ勉強しようと思う」


 うちの高校の赤点基準は平均点の60%以下だったと思う。出題者の先生が考える平均点を50点としたら、その6割は30点。当座の目標はこの点数になる。


 出題数や点数配分などはさすがに僕も覚えてない。ただ、選択問題の点数は低く、記述式や問題文を読ませる形式の出題は点数が高かったはずと思う。


「飯館さんは本を読む方?」

「本? ぜんぜん読まないよ。雑誌を幾つか読む程度かな?」


「ああ、市立図書館で雑誌読んでいたよね。見かけたよ」

「え? 市立図書館で? あ、ああ。この前? あれ一応勉強しようとしていたんだけど……」


 あの日は自主的に勉強をしようとして図書館に行ってみたらしい。勉強といえば図書館、みたいなイメージがあったんだって。


 結局は何をどうすればいいのか分からず早々に引き上げたらしいが。


「赤点回避って言うけど、具体的にはわたしは何をすればいいのかな?」


「中間テストの傾向からすると、どの教科でも点数配分は選択式問題が2割、簡単な記述式問題が3割。文章問題が5割って感じだと思うんだ」


 文章問題の中で、選択式や記述式で答えが求められるけどそもそも読解力がないと問題の意味を理解できないと思う。なので、飯館さんが本を普段から本を読まないとなるとなかなか難しいかも知れない。


「そうなんだ。確かに文章問題って読んでいる最中によくわからなくなるよね」

「この花楓も数学の文章問題で苦労しているクチなんだよね」

「私のことは放っておいてください。おかしいのは自分でも分かっています」


 飯館さんとばかり話をしているので少し拗ねているようだ。花楓はブツブツ文句を言いながらも計算問題を解いている。


「二人とも。選択式問題はだいたいサービス問題だから、教科書に書いてあるものそのままが出るから重要なところは丸暗記するつもりでいてよ」


 その重要なところは僕が印をつけて目星をつけておくことにする。

 これが完璧なら20点は取ったようなもの。あと10点取れば目標達成だよ!


「うわぁ~結局は暗記なのかぁ~」


 短期間で結果を出すとなったらそれしかないんだよね。読解力は一朝一夕で身に付けることは難儀だからねぇ……。


「文章問題を捨てろとは言う気はないけど、無理して時間を使うよりも取れるであろう問題を堅実に取る方が効率的だと思うんだ」


 花楓にただ計算式だけの問題を淡々と熟すように言っているのはそういうこと。まず数字に慣れて数式に慣れてもらう。花楓の場合、文章は読めるのだからあとは何の公式を使うかだけなんだよね。花楓には行間を読んでしまう、って重大な難点があるけど……。


「そういうことなら頑張ってみるよ。しっかり教えてね! 期待しているよ、佐野先生」




楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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