第18話

「冗談だったとはいえ申し訳ございませんでした……」


「わたしは大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだし」


 今僕は部室の隅で飯館さんと花楓に平謝りしている最中。


 あまり人を簡単に信じてはいけないとの思いを込めて、わざと飯館さんに迫ったフリをしたタイミングで花楓にそれを見られた。

 以前までの僕だったら絶対にしなかったであろうことだけど、中身大人な僕はちょっと茶目っ気を出してしまったようだった。


 誠実の名のもとに飯館さんにあまり男として見られていないのかと思ったつまらない意地もあったのだけど。


 だけど花楓からすると僕が部室に女の子を連れ込んでいやらしいことをしようとしていたふうに見えたらしい。


「私も別に何も謝れるようなことはないと思います。ちょっと驚いただけです。それで、えっと、どなたでしょうか?」


 花楓にしてみると、知らない人が部室にいるってことのほうが問題らしい。人見知りさんだもんね。


「えっと、こちら僕のクラスメイトの飯館和泉さん。テスト前で勉強を教えてほしいってことで来たんだよ」


「飯館和泉でっす。後輩ちゃんよろしくね!」


「あ、はい。えと……海凪花楓です。よ、よろしくお願いします」


 目は合わせていないけど、しかも消え入りそうな小さい声だったけど花楓もちゃんと挨拶できました。偉いです。


「それにしても佐野くんって思っていたよりよく喋るし、面白いよね。髪を切った辺りぐらいから遅れてきた高校デビューって感じなの?」


「せ、せんぱいは前みたいにオドオドした感じがなくなっています、よね」


「デビューって……。そんなに変わったかな?」


「うん(はい)」


 確かにタイムリープして中身が変わったのがそのちょっと前だからね。変わっていて当然なのかも知れないけど、そんなにも違和感もたれていたんだね。


「まあ、なんていうか。心境の変化? みたいな感じで、暗い性格をなんとかしないと悲惨な未来が待っているんじゃないかという危機感、焦燥感みたいな?」


 実際凄惨な結果を迎えたのは事実で、変えていかないと未来がないのは分かっていたからね。


「わたしはいいと思うよ。髪を切ってかっこよくなったし」

「わ、私もいいと思いますっ。せんぱい、かっこいいです」


 だから。かっこいいは見間違いだし、そんなもの一時の勘違いでしかないからね?



「それでなんだけど、花楓。飯館さんの勉強にもこの部室使っても大丈夫かな?」


「文芸部の部活動をしているわけではないので、大丈夫だと思います。私もせんぱいに教えてもらっている身ですから」


 ここの部室の中なら周りからも隔絶されているので、万が一にも僕と飯館さんが一緒にいるところは見られることはないだろう。

 それに多少大きな声で話したとしても、外には声はもれないし、周りに迷惑を掛けることもない。


 女の子と二人きりというのは無駄に緊張するけれど、飯館さんが本当に勉強をして変わっていってくれるのならあの日は回避されるのだから頑張れるというものだ。

 これもバタフライ効果が顕在化しているということなのかな。蝶々サマサマだよね。


「せんぱい。私がいることを忘れていませんか?」

「……あ、うん、ちゃんと覚えているからダイジョウブ」


 忘れていたね、三人だった。



「じゃ、じゃあ早速だけど、勉強を始めようか? 花楓はどんな具合?」

「中1レベルは終わらせました。今は中2の真ん中あたりです」


 中学の基本さえ押さえられれば、高校の最初の頃の数学はまずまず理解できるはず。このままのペースで進めて、間に他の教科を挟む感じかな?


「飯館さんには何の教科を教えればいいのかな?」

「全部。って言ったら怒る?」


「いや、怒ることはまったく無いけど、今度の期末テストに向けての勉強だよね? 一週間ではきついんじゃないかな?」


 実は花楓にも同じことを言われたのだけど、彼女には結局100%赤点取る自信のある(?)数学だけ集中的に教えるってことになった。ほかの科目は自力で赤点回避できるみたいなので花楓自身に任せる。


「そっか。じゃあどうしたらいい?」


 どうしたらと言われても、やっぱりいちばん苦手なものか、逆に一番点数を取りやすいものからやるしかないんじゃないかな?


「中間テストの結果はどんなものだったの?」

「聞かれると思って中間の結果表を持ってきた」


「おっふ………けっこう、大変だね」

「あの……なんかごめんね」


「謝ることはまったく無いけど、これだと時間がね。足りないよね」


 惨憺たる結果といえばだいたい想像がつくと思う。全教科得点が5点から30点の間に収まっている。頻出は20点台。

 このままでは確実に期末テストは大部分が赤点だし、2学期以降も続けば一周目の結果と同じく3年生に上がれず退学の道を進むことになりそうだ。


「えっと、全滅は避けたいから副教科はいっそ一夜漬けってことにしよう。それで暗記科目は僕が教科書に印をつけるので、飯館さんは自宅でとにかく丸暗記してくれないか」


 さすがにテストの問題までは覚えていないけど、なんとなく重要だった名称や言葉は記憶にある。それだけを重点的に覚えてもらうだけでもけっこう点数は取れると思う。


「うん。自信ないけど頑張る」


「なので教えるのは現代文、数学系、英語の一部って感じでいいかな?」


 目標はできれば平均点の上にしたいけど、いきなりは無理だろうしまずは赤点回避だけを目標にすることにした。最悪赤点をとっても最小科目数で乗り切りたい。


「うん、じゃあお願いします」

「まずは数学のどこで躓いているかの確認からやろうか」



 飯館さんも花楓とどっこいどっこいなレベルだった。僅かに飯館さんのほうがマシと言えるようなレベル。これはキツイかも知れない。



楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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