第13話

「花楓って勉強は? できる方? 出来ない方?」

「藪から棒ですね。国語は得意です‼ キリリッ」


「そうなんだ。で?」

「国語は得意です……」


「なるほど。国語以外は壊滅的と」

「……」


 花楓は元からあまり目を合わせない子だったけど今の会話で目どころか顔までそむけている。そっちには壁しかないけれど、そのうち身体まで向こう向いてしまうんじゃないかな?


「そっ、そんなことはないです。数学以外はまだ――まだマシですよ」

「ふーん。ちなみに中間テストの数学の点数は?」


「………………………15点、です」

「ならば現国は?」


「ふふん、98点です。漢字一つ間違えただけです!」


 数学の点数を言うときは消え入りそうな声と悲しげに丸まった背中だったのに、現国の点数のときはハキハキと大きな胸を張って答えていた。


 それにしても落差が酷いな。他の教科も聞けば30~50点未満なのでマシというほど褒められたものじゃなかった。


「勉強……教えてやろうか? 僕でいいなら」

「えっ⁉ いいんですか、せーしろーせんぱい?」


「僕以外一人しかいない部員が危急存亡のときに立っていると知っちゃ手伝うしかないだろう? 教えてあげるよ」


 花楓とは一周目のときは疎遠になってしまっていたが、この二周目ではそれなりに仲良くしているつもりだ。その彼女が存亡の機にある、は言い過ぎとしてもこのままズルズルと落ちていくのを見過ごすことは出来ない。

 なんといっても花楓がもしも落第でもして部からいなくなってしまっては僕としても寂しいし寝覚めも良くないからね。


「ありがとうございます! 来週からテスト前期間ですよね。そこでですか?」

「いや。今からやるよ。来週だけじゃ間に合わなくなるでしょ? ほら、早速だけど教科書出してみて」

「えっ、いや。い、今からですか?」


 善は急げというくらいだし、文芸部の活動って別に現在しなければならないことなんて一切ないからね。


「さぁ、先ずは数Ⅰからやろうか? 教科書あるでしょ? なければ図書室から参考書でも持ってくるけど」

「……あります。今出しますね」


 花楓はゴソゴソと鞄を漁る。なんだちゃんと教科書は持って帰っているんだね。置き勉でもしているのかと思ったよ。


 教科書って懐かしいよね。なんだか感慨深くって郷愁を誘うっていうのかな。全くの嘘だけど。

 懐かしく思ったのは確かだけど、感慨深く思うほど教科書に思い入れはない。勉強しかすることがなく教科書ばかり眺めていたけれど、それはどちらかと言うと悲しい思い出だからね。


「1学期にやった範囲ってどれくらいまでだっけ?」

「えっと、たぶん2次関数のこのあたりまでです……」


「花楓がわからないのは?」

「それが…………中1の秋ぐらいからわかりません」


「……そっか」

 よく入試通ったな。国語で相当稼いだんだな。


 さて中学1年の数学がどの程度の流れで学習されていったのかまでは覚えていないけど、まあ方程式辺りかなと当たりをつけて花楓に教えていくことにしよう。


「とりあえず簡単な問題を出すから答えてみて」

「はい……」


「えっと『Aは28000 円、Bは 22000 円のお札を持っている。AがBにお金をいくらかあげる と、AとBの持ち金の比が 2:3 になった。AはBに何円お札をあげ たでしょうか?』分かるかな?」


「なぜAはBにお金をあげるのですか? おかしくないですか? カツアゲですか? 良くないです!」


 そういうことじゃなくて……。花楓はなぜか問題の行間を読んでその背景に疑問を持ってしまうんだな。数学以前に。


「えっと……。この問題の意味は分かるよね?」


「せんぱい、私のことばかにしているのですか? いくらなんでもわかりますよ。AがBにお金を渡して、ABの手持ち比率が2対3になるのにいくらAはBに渡したのかってことですよね?」


「理解できているみたいだね。じゃあ答えは?」


「それよりも何故AはBにお金を支払う必要があったのですか? そこが問題じゃないですか⁉」


 ソーじゃないよぉ、問題があるのはソコジャナイ。コレ数学の問題ネ!

 これは参ったな。


 花楓は文章問題の変なところに拘ってしまい、問われている数字の話にたどり着いてくれない。仕方なくこの後は文章問題の出題をやめてひたすら式だけを追っかけてもらうことにした。


 問題を解いてもらっている間に図書室で中学数学の資料はないか探したが、高校の図書室に中学生の参考書はなかった。当たり前だよね。

 仕方なく図書室のパソコンで中学1年の無料問題集をダウンロードしてプリントアウトした。花楓にはこの土日でなんとか中学1年までは理解してもらわないと先に進めない。


「安請け合いしなければよかった、かも……」


 花楓の数学に対する拒否反応は凄まじく公式の中にπが出てきた途端、『いきなりギリシア文字、意味不明です』と言って問題を解く以前のところで滞ること暫し。Σが出てくる頃にはどうなるのか今から不安しかない。


 数学でギリシア文字を使うのは、”数学など自然科学の体系が整ったのは古代ギリシアといっても過言ではないので先駆者たる古代ギリシアの数学者たちに敬意をこめギリシア文字を用いた”というのが理由らしいが、花楓に言わせると『そんなモノ知りません!』で終わってしまう。彼女的にはあれらを記号ではなく文字として認識するみたいだった。


 そこを改めさせるのにだいぶ苦労した。だもんで、めちゃくちゃ疲れたんだよね……。



楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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