第8話
図書室のカウンターの後ろにある扉。そこが我が文芸部の部室のある図書準備室の扉。廊下側の扉はほぼ使わない。
5月が過ぎると3年生の先輩方が部活を引退した。途端に私以外唯一部員である佐野先輩まで部活に来なくなってしまった。
文芸部存続の危機? この部室が私、海凪花楓の学校で唯一心許される場所なのに……。
私はいわゆる陰キャってやつだ。中学の頃大ききくなった胸のことなどで男子にからかわれすごく嫌な思いをしたのも理由の一つ。
また、同時に女子からも『調子に乗ってんじゃないぞ』という謎の脅迫を受けていた。どこに調子に乗る要素があるのか私にはさっぱりわからなかった。
だから今は顔も長い前髪と伊達メガネで隠して、大きな胸もわからないようにだぶついたカーディガンで誤魔化している。
元々根っからの人見知りで、コミュニケーション能力もだいぶ低いことは自覚している。だけど、この文芸部だけは私を素のままで受け入れてくれた。
3年生の先輩は二人共女生徒だったこともあると思うけど、その二人によく弄られていた佐野先輩の存在も大きい。
佐野先輩は男子なのに私のことをからかったりじっとりといやらしい視線を向けたりしてこない。それに私と同じ陰の匂いがしていた。
なので偶に私の胸をちらりと見るのくらいは許容してもいいと思う。見たあと顔を赤くしているのも可愛らしいし。
だからなのか、私は佐野先輩に懐いた。自分でもびっくりするぐらい懐いた。もはや実のお兄ちゃんと言っても過言でないくらいには懐いた。
血縁のある実兄とはものすごく仲が悪いけれど……。
そして自覚するぐらいには私もうざいレベルで佐野先輩のことを弄りまくった。その頃はまだいた3年生の先輩方と一緒に。
入部から3年生の先輩方がいなくなるまでの2ヶ月ですっかり親しくなった私とせーしろーせんぱい。
佐野先輩は佐野誠志郎というお名前なので、あえて下のお名前の誠志郎――は恥ずかしいので『せーしろーせんぱい』と呼ばせてもらうことにした。
せーしろーせんぱいにも私のことは下の名前で呼んでもらうことにした。ただそのまま花楓と呼ばれるのは私も恥ずかしいし、せんぱいもキョドっちゃったので『かえちゃん』と名前をもじったニックネームにしてもらった。
――のだが。
今、せーしろーせんぱいはなんて言った? 私のこと、なんて言った? かえちゃんでなく、まんま花楓と呼んだぞ? 一切の躊躇なく。
あまりの不意打ちに顔が熱い。せんぱいに名前を呼ばれただけなのに……。
それにせーしろーせんぱいもどうして照れもなく名前を呼び捨てしたのだ? 以前は”かえちゃん”でさえどもり気味に呼んでいたのに。
ヤバい。顔が熱いし身体も熱い。なんかよくわからないけどせんぱいの顔もマトモに見られない。どうしたの、私?
「あれ? 花楓、どうかしたか? それとも僕がナニカやっちゃった?」
「い、い、いや。なんでもありませんよ。気の所為です。今日はちょっと暑いですねー。窓開けましょう」
なんとか私は焦っているのを誤魔化そうとあたふたする。あたふたしていたら誤魔化せていないだろうことは気づいていないふりをしておこう。
「たしかに蒸し暑いけど、雨が降っているんだから窓開けるのは拙いだろ? エアコン入れときなよ」
「あ、はい。そ、そうですね……。あははは……」
どうしたのだろう。いつもキョドっているせんぱいが、ふつうに対応してくる。しかもだいぶ落ち着いた大人な対応に見える。
「ちょっと僕調べ物があるから一人の世界に入ってもかまわないかな? せっかく久しぶりに花楓と部活だって言うのにさ」
「い、いえ。本を読むのも部活動ですから無問題です。私もこっちで本を読んでいますので、なにかあったらお声がけください」
それだけ言うとせんぱいは読書椅子に座り本を読み始めた。題名は『バタフライエフェクト』。海外の小説みたいだ。
いつも何処かおどおどしていたせーしろーせんぱいが真剣な表情で本を読む横顔はかっこよかった。
……えっ? かっこいい?
どうしてそう思った?
確かに私はせーしろーせんぱいのことを慕ってはいる。甘えていると言っても過言でないぐらいは懐いているのもしっかりと自覚している。
でもそれは彼が優しくて、頼りがいはないけど、私にフランクに接してくれる兄のような存在だからではなかったのか。
それなのにどうして私はせんぱいのことをかっこいいと思ったのか? 何故にキュンとした?
男性としてせーしろーせんぱいを見たとでも言うのだろうか?
「いやいや、無い無い。そんなことは――ないよね」
男子三日会わざれば刮目してみよ、と言うけれどこれは……。
せーしろーせんぱいとは長かったとはいえたったの半月間くらい顔を合わせなかっただけなのに。どうして彼はこんなにも私の心を乱すような男の子になったのかしら。
「半月の間に何かあったのかな? まさかと思うけど女の子が関係したりして?」
そんなことをちらりと考えただけなのに胸がちくっとしたのはなんなのだろう。
※
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