第5話

 まずはともあれ学校に行ってみることにした。今日は月曜日なのでふつうに授業のある平日だからね。


 自転車で30分ほどのところにある公立の志府高校が我が母校。生徒の学力レベルは中の上程度からやや低いまで幅広い。10年も前だけど案外と良く覚えている。


 2年生の時のクラスはC組で、出席番号は12番。6月だと席替えの後だから窓側の一番うしろが僕の席だ。


 こうして何気なく学校に来たものの実はものすごく緊張している。

 教室に行けば、同じクラスだった飯館さんのことも目にしてしまうのは確実。正直、彼女に会うのは気が進まない。


 はっきり言うと不安だ。


 一緒に飛び降りたのに僕だけタイムリープして生き延びただなんて……。彼女だけを死に追いやった負い目に耐えられるのだろうか。


 瑞希が行った後すぐ家を出たので(瑞希のやつ、遅刻どころか早すぎたくらいだ!)、教室の一番うしろから後から教室に入ってくるクラスメイトを観察できた。


「あいつは敷島、次に入ってきたのは村田。あっちが洞外で向こうは安元――」


 案外と覚えているものだな。HRの開始まで後僅かになってやっと彼女がやってきた。やってきてしまった。


 飯館和泉。


 僕は彼女が生きていて、実在していることにホッと胸をなでおろす。よく考えてみればこのときはまだあの人生に打ちひしがれていた彼女じゃない。


 高校2年生の飯館さんは僕の記憶通り、きれいで可愛い。最期のときに見た彼女は、本人も自覚していた通り、はっきり言って見窄らしかったけどこのときの彼女はほんとうにキラキラと輝いている。


 ふっくらとした頬、大きく黒目がちで少しタレている目、小さいながらもすっと通った鼻梁、薄いくちびるは意志が強そうに見えるが、口の左下のほくろが妖艶さを演出している。

 さらさらとして柔らかそうな亜麻色の髪は背中まで長く、制服に隠されているプロポーションも抑えきれていないほど立派だ。


 みんなが飯館さんに朝の挨拶をすれば、彼女もにこやかに返事を返す。おはようの声も鈴を転がすようにきれいだ。

 雰囲気からして、この時期はまだ悪い仲間ともつるんでいないようだ。学校にちゃんと来ているのも一つの証拠かもしれない。


「こんなにも朗らかの子が……」


 10年後、彼女が僕と一緒にビルの屋上から身を投げ出すとは到底考えられない。体験してきた事実だとしても未だに信じられないということもある。

 このあと1年もしない間に彼女は学校を中退し、その後は坂道を転げ落ちるようにどん底の生活に身を置くことになっていく。


 今の飯館さんを見て、結果を知っていたとしても、想像なんてまったく出来ない。


 あの何もかもを諦めきった暗く濁った目を二度と見ることがないようになにか僕に出来ないのだろうか?


 飯館さんが不意に僕の方を向く。目が合う。

 僕にニッコリと微笑んでくれた。気がする。あくまで気がするだけ。何年か越しのファーストコンタクトだけど悪くないな。

 僕があまりにも彼女のことをじっと見ていたから、不審に思われただけかも知れないけどね。でも、彼女の目は澄んできれいだった。




 それにしても勘違いでなければ一周目から考えるとだいぶ状況が違っているような気がする。いいや。勘違いでなく確実に違うな。


 そもそも朝イチから違っていた。目覚めたときにはすでに変化は始まっていたのかも知れない。


 先ず妹の瑞希とはこの頃からあまり仲が良くなかった。瑞希が第二次性徴を迎え思春期に差し掛かっていたこともあるだろうけど、同じ部屋にいても口も利かないしあからさまに僕のことを避け始めていたのがこの時期と一致する。


 それがだ。


 僕を起こしに来たときまではやや不機嫌そうだったけど、抱きついたときに嫌がりはしてもまんざらでもない顔をしていた。それにわざわざ朝食の世話も焼いてくれていた。

 僕の記憶にあるこの時期の瑞希の態度と最初以外ぜんぜん違う。言葉使いも辛辣さが全く無かった気がする。それに呼び方が兄貴からお兄ちゃんになっていたし。


 瑞希の僕に対する行動は、『同じ部屋の空気も吸いたくないクソ兄貴』という態度が常だった。それが出かけには『えへへっ、いってきます』だもんな。雲泥の差だよ。


 さっきの飯館さんが僕を見て微笑んだのも先ず一周目ではあり得なかった行為だ。それが勘違いだったとしても目が合ったのは確実。


 前回は2年間も同じクラスだったのに言葉を交わすどころか、視線の一つも交わすことが一切なかったからね。完全なる無接触。


 僕らの間には陽キャと陰キャの壁以上に隔たりがあったような気もしないでもない。

 それでも互いにリスペクトしていたというのだからある意味驚きなのだけど。


 それはそれとしてこの変化ってバタフライエフェクトっていうんじゃなかったか?

 たしかタイムリープものの小説にそのような記述があったとうっすら記憶している。


 詳しくは覚えていないが、蝶の羽ばたきがやがて暴風を引き起こすとかいう『風が吹くと桶屋が儲かる』みたいな意味合いの言葉だったと思う。

 僕のちょっとした行動が、蝶々の羽ばたきとなり、もしかしたら瑞希や飯館さんに思いもよらない影響を与えているという可能性も否定はできない。

 僕がこの世界線に戻ってからの一つひとつの行動は、一周目の僕が行ってきた行動とは確実に違うのだから、影響はではないだろう。




楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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