第4話

 目を開けると懐かしい天井が目に入る。これ、実家にある僕の部屋の天井だ。一般住宅なのにどこかの事務所のようなトラバーチン模様の石膏天井ボード。この味気ない部屋の感じは間違いようがない。


 簡素な木製の学習机に安っぽい椅子。本棚には小説や漫画がぎっしり詰まっている。壁に掛けてあるのは学生服だけでポスターなども飾り気が一切ない。


 大学入学と同時に実家を出たのでかれこれ7~8年ぶりくらいになるのか。案外と忘れないものなんだな。



 僕は柔らかいベッド、暖かな布団に包まれて目を覚ました。


「これがいわゆる走馬灯ってやつなのか?」


 走馬灯は人生のフラッシュバックなんて聞いていたけれど、なんだかやたらとのんびりしているものなのだな。


「温かい布団で寝ているだけの走馬灯っていったい……」


 この走馬灯はたぶん僕が屋上から飛んですぐ気を失って、地面まで届く間に見ているものに違いない。

 ものの数秒がこんなにも長い時間になるとは驚きだな。布団に包まれもそもそしていたから、もう目が覚めてから少なくとも5分は経っている。


「走馬灯って場面がどんどん変わっていくものではないんだな。ワンカットのみなんだ……。つっか僕の思い出ってこんなもんなのかよ」


 ベッドサイドテーブルに置いてある真っ黒なボディのスマートフォンが目に入ったので手に取ってみる。


(この機種、初めて買ってもらったスマートフォンだったよな。懐かしいなこの泥スマ)


 念のため日付を確認してみる。果たして今はいつの時代を振り返っているのか知りたかったからだ。


『201X年6月17日(月曜日)』


 10年と数ヶ月前ってところだった。僕が高校2年生の夏前といったところ。雨音が聞こえるから梅雨真っ盛りといった時期か。


「ん~ この頃に特に思い入れなんかないんだけどなぁ。なんでまたこの時期なんだろう」


 いろいろと考えてはみたものの高校2年の6月中旬にイベントらしきものはなかったと思う。始業式はもとより体育祭までとっくに終わっている時期だ。

 そしてその体育祭で大きな失敗をして僕のボッチ度合いがより強固になった時期と言うだけで本当にこれというものがない。嫌なこと思い出させるなぁ……。


 ベッドに座って今の状況に僕が首を傾げていると階段をドタドタと苛立ちげに上がる足音がしてきた。ついで、部屋のドアがバタンと開く。


「おい兄貴! はやく起きて――んじゃん。何やってんだよぉ。起きているんだったら早くおりてこいよっ」


 ドアを開けたのは五つ下の妹の瑞希みずきだった。小学生だった頃の瑞希。


「ふあっ、ミズキーっ‼ ごめんよぉ、兄ちゃん勝手なことして……。おまえを一人残して勝手に逝くなんて」


 ベッドから立ち上がり思わず瑞希を抱きしめる。ああ、可愛かった瑞希。何事にも一生懸命な瑞希。僕の自慢の妹だった。

 あまり仲のいい兄妹とはいえなかったけど、僕は瑞希のことを愛していたし一番の理解者でありたいと常々思っていたんだ。


「な、なっ、なんなんだよぉ⁉ 兄貴! 離せよっ」

「ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ」


「も、もう!」

 グーで瑞希に殴られてやっと正気に戻った。


「あ、あれ?」

「もうなんなのよ! あに、お兄ちゃん、キモい。早く降りてきてご飯食べちゃいなさい! もうお母さんも早番だってお仕事行っちゃったよ」


 瑞希は顔を真赤にしながら部屋を出ていってしまった。


「……いま、痛かったよな? 走馬灯って夢と同じで痛くないんじゃないのか? 違うのか……」






 ぼうっと食卓に座っていると母さんの作ってくれた食事を瑞希が並べてくれた。回らない頭のまま、もそもそと朝食を食べる。匂いがする、味がする。

 そういえばさっきから夢とは違いなににでもしっかりとした感覚がある。痛みだけでなく触覚すべて。五感全てがふつうに生きて生活しているのと同じだ。

 テレビで流れているニュースも201X年6月17日のものでディテールがやけにしっかりしている。まるで本物のようだ。


 目覚めてからもすでに15分は過ぎている。いくらなんでも地面が遠すぎる気がするのだが、走馬灯の中では時間の流れが違うのか?


 そんなわけないとは思うけれど、もしかして死んでいないとか?


 死んでいないなら、じゃあこれは何なんだ? と問われても答えら得るほどの知見は持ち合わせていない。


 一つだけ考えられるのは昔小説で読んだことのあるタイムリープというやつだ。


 その作品で、主人公の男性は恋人と交通事故にあって二人とも死んでしまう。ただその事故死をきっかけに彼は時間を遡って意識だけが過去の自分自身に戻るという話だったと思う。

 主人公の彼がその後何をどうしたのかまではよく覚えていない。


「まさか、そうなのか?」


 そう仮定してみるとなんだかしっくり来る。死んだけど死んでない。


「お兄ちゃん、遅刻しないでちゃんと学校に行くんだよ! じゃね、ウチは係があるから先に行くからね! えへへっ、いってきまーす」


「あ、ああ。いってらっしゃい」


 本当にそんなことがありうるのか? ただ現実に今自分の身にふつうでないことが起こっているのは確からしい。


「本当にタイムリープしたんだな……」



楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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