第3話
先客がいても僕には今更戻る気がまったくわかなかったので、構わず先客さんの傍までゆっくりと歩いて行く。
2メートルくらいにまで近づいたところで先客さんは僕に気づいたみたいで、ビクッとして振り返ってきた。
脱色されたまだらな金髪。目の下にははっきりとした隈。やせ細っていかにも不健康そうな肢体。元は美人だったと思うけど今の状態からは想像が難しいかも。
「説得しようっていうの? わたしは止めないわよ」
どうも彼女は飛び降りを制止しに僕が来たものと勘違いしているみたいだ。
「止めないよ、僕は。僕だって君と同じ目的のためにここに来たんだから」
「え?」
両手のひらを方の辺りで上に向け、やれやれのポーズをしておどけてみる。コミュ障でも覚悟を決めると他人に話しかけるのも出来てしまうものなんだな。
「僕も終わりにしようと思ってね」
「あなたも?」
「そっ。だから君のことを止めたりはしないよ」
彼女は目を見開いて驚いているようだった。僕も驚いたからね、お互い様だよ。
「だったら、最後にわたしのはなしを聞いてくれない? このまま溜め込んで死んだら悪霊になりそう」
「それなら僕の話も聞いてもらおう。僕も悪霊にはなりたくないからね」
それから僕らは屋上の鉄柵を乗り越え、足を宙に投げ出して腰掛け長い自分語りをお互いに話した。急ぐ道じゃない。ゴールは眼の前にある。
彼女の壮絶な人生に比べたら僕の情けない理由なんて死ぬ理由ともいえないようなしょぼいものだと感じてしまう。
「でももうあなたも限界なんでしょ?」
「そうだね。もうこの先夢も希望もないし、このくだらない生活は悪くなることはあっても良くなることは一切ないと思う。簡単に言うと絶望してる」
もう何のために生きて行くのか理由がなくなった。毎日怒鳴られ息をするのもやっとでこの先何がしたいというのだろうか?
「そういえば誕生日、同じなんだね。わたしたち実は気が合うかも?」
「だね。歳も同じだしね。ところでキミの出身地は?」
「○✕市だよ」
「びっくり、僕の実家の傍だよ。高校は○✕市にある学校に入ったんだよ」
変な偶然もあったもんだ。
「え? わたしも○✕の高校なんだけど?」
「え? 一緒なの?」
同い年で同じ高校。まさか同級生?
「えっと、君の名前を聞いてもいいかな?」
「わたしは
「僕は
思い出した。その名前には心当たりがあった。
「佐野ってガリ勉佐野? 長髪で陰キャだんまりの」
「飯館って陽キャギャルの? たしか2年の終わりにダブって中退した」
「「クラスメイト!」」
僕と飯館さんとは高校1~2年生と2年間同じクラスだった。だから余計に印象に残っていた。
僕の記憶の中にある飯館和泉という女の子は、きれいで可愛くて陽気で何にでも自信たっぷりの眩しい人だった。
あんな風に生きられたらこの高校生活も楽しくなるんだろうな、なんて考えたこともある。
あの頃の僕には10年後の彼女が眼の前に居るようなしょぼくれた姿になっているものだと想像すらできなかったはず。
カーストが違いすぎて恋愛感情はさすがに持っていなかったけど、憧れのようなものは感じていたんだ。それが……。
「ははは。見違えるほど
「あ、いや」
「いいの、いいの。本当のことだよ。落ちぶれて腐してもうどうにもならなくなったから今ここにいるんだもん」
そう言うと彼女は街灯しかない眼下を寂しそうに見つめる。
「それを言ったら、僕も同じだよ。開校一の秀才なんて言われても今やこんなだし。そもそもコミュ障の陰キャで誰にも気に留められることがなかったから当然の帰結なのかもしれないけど」
「でもわたしはあなたのことは覚えていたよ」
「そうそう、なんで僕みたいなやつのこと覚えていてくれたの?」
誰からも相手にされなかったので、完全にクラスでは空気になっていたと思うのだけど。
「あなたはわたしにできないものを持っていたから、かなぁ。わたし、成績はさっぱりだったしね。さっきはガリ勉なんて言ってゴメンね」
ある日、僕のテストの結果を偶然にも見てしまったとのこと。ほぼ満点に近い結果と学年順位一位の記載された一覧表が目に入ったのだという。
「いいよ、僕なんてただのガリ勉としか言いようなかったし。君までいかなくても友人の一人でも居れば高校時代はだいぶ変わっていたと思うんだけどね」
「でもね、友だちも選ばなきゃ駄目よ……。あーぁ。あなたのように勉強をすれば世界はもっと変わるって分かっていたのになぁ。なのにわたしは流されるだけで結局何もしなかった」
要するにお互いに自分にないものをリスペクトしあっていたということ。笑い話にも程がある。こんなの今更知ったところで何になる。
「零時だね。お誕生日おめでとう」
腕時計の時報がピッと小さな音をたてた。
「佐野くんもおめでとう」
「じゃあ、逝こうか……」
「うん」
極限状態だったせいか僕たちはこの短時間でお互いに感情移入して妙な信頼関係を構築していた。同類意識からの連帯感。
何の因果かはわからないけど最期ぐらいいいんじゃないかと二人で手をつないで寄り添いながらビルの端から足を離した。
「もし生まれ変わったら、あなたと友だちになりたいね……」
※
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