第2話

「ねぇ、赤ちゃんができたみたいなの」


「は? なんだって? もう一度言ってみろ」


「だから、お腹の中に赤ちゃんがいるの。あなたの赤ちゃんを妊娠したのよ」


「チッ……そんなモン堕ろしてこい。今すぐにだ」


 喜んでもらえると思っていたのにどうして? なんでそんなに怖い顔をして堕ろせなんて言うの?


「だって、澄快スカイはわたしと結婚し――」


「するかボケアマっ! オマエなんかと結婚するわけねえだろ? オマエなんぞただの金づるでしかねぇんだよ。チッ、すげームカつく。とっととガキは堕ろして来いよな」


 それだけ言うと彼はゴミ箱を蹴飛ばして部屋を出ていってしまった。玄関扉をバタンッと激しめに閉めて。やがてボロアパートに静けさがやってくる。


「……なんで? 結婚してくれるって言ってたのに」

 全部ウソだったの? わたしは騙されていたの……。





 まだ明日が来るのが待ち遠しかった頃、15歳のわたしは希望を胸に高校の門を潜ったものだった。


 わたしは中学生の頃からコミュニケーションには自信があったので、高校に入っても直ぐに友だちができるであろうことは想定していた。

 わたしは周りの子よりもちょっとだけ可愛かったおかげて、あっという間にクラスの陽キャグループを形成してクラスのカーストでもトップとなっていく。


 男子も女子も皆がわたしのことをチヤホヤしていたのでまさに有頂天だった。


 ただ学校の成績は下から数えたほうが早かったし、テストは毎度赤点か良くて赤点ラインよりプラス2~3点程度って感じなのが常態化。

 しかし、高校には高校生活を謳歌するために入ったようなものだったからと一切何も気にしていなかった。


 落第することもなく2年生に上がったけど、夏前にはいわゆる落ちこぼれってやつになる。それでもわたしはそれこそ好き勝手していた。暫くすると悪い仲間とも付き合いはじめて、そいつらのやっているガールズバーに入り浸りエンコーとかハッパとかそういう悪い遊びもするようになった。


 それに引きずられるように学校にもあまり行かなくなり、やがてせっかく入った高校も3年生に進学できなかったのを機に中退することになる。


 その頃初めて妊娠中絶をした。周りでもけっこう聞く話だったこともあり、特に気にもせず、都合よく処置してくれる医者を仲間に紹介してもらってサクッと堕ろした。


 そういう事もあってわたしは実家からも追い出され、友だちの家を転々とする。両親もわたしのことで言い争いが絶えなくなって結局離婚。父親は家を出ていってしまった。



 その頃わたしができる仕事といえば水商売とウリぐらいしかなかった。先程の医者にピルを処方してもらっていたから妊娠はしてない。なんとなくうまくやれていると思っていた。


 わたしは勉強もできないし社会のこともあまり知らない。そのせいで話がつまらなくキャバクラで働いても指名ももらえないようなその他大勢の一人にしかならなかった。


 わたしがチヤホヤされる時期はいつの間にやら過ぎていたのに気づいたのはこの頃。


 生活のため借金をしたが、予てからの仲間に紹介されたその金貸しはヤバい系列の闇金だった。気づいたときはすでに遅くって、結果借金が返せなくなって違法営業の風俗に売られた。


 でもそれだけじゃ返済に足りなくって、SAORIって名前でAVも何本か撮らされた。まったくお金にならなかったみたいだけど。


 そのうちお店の給料だけじゃ借金が返せなくなって再び立ちんぼもやるようになる。運よく病気には罹らなかったけど、ピルさえ買えなくなってこの頃二度目の堕胎を行った。結局手術費用で借金が膨らんだだけだった。



 この時期に母親が倒れた。わたしのことで心労が祟ったのだ。そしてそれから二月ほどの後母親は自ら命を絶った。全部わたしの所為。わたしが母を殺した。


 気が狂うほどだった。この時期は生活のすべてが爛れていて自身の命の危険を感じることも何度かあった。いっそ消えても構わないとも思っていた。


 そんなときに助けてくれたのが澄快だった。大空澄快おおぞらすかい。漫画みたいな名前で思わず笑ってしまったのを覚えている。


 飲む打つ買うと碌でもないやつだったけどわたしには優しかった。たまに殴る蹴るは受けたけどそれはわたしが悪かっただけ。


 そんな彼がある日ベッドの中で結婚してくれるって耳元で囁いてくれたんだ。嬉しかった。

 高校時代を頂点にコロコロと坂道を転げ降りてきたわたしを救ってくれるものだと感じたんだ。頭が悪い無能女と罵られていたわたしにも幸せがやってきた。


 ”やっとマトモに戻れる” そう思っていた。


 ……でもだめだったみたい。



 もうわたしには夢も希望もない。奇しくも明日はわたしの27歳の誕生日。

 誕生日を迎える日に最後の日も迎える。


 当て所もなく電車に乗ってちょうど良さそうな場所を見つけて歩く。


 たまにすごい目でわたしのことを見る人がいたけど、今のわたしってそんなに酷い状態なのかな?


 まぁ、今更どうでもいいけど。


 彷徨さまよい始めてから何時間歩いたのか分からないけど、もう歩けないってところまで歩き続けた。

 時間ももう深夜帯ってところだろうか? 時計もスマホも持ってこなかったので分からないけど。


 ふと寄りかかった雑居ビルの裏手にボロボロの非常階段が見えた。


「ここでいいか……」


 もう疲れた。楽になろう。


 わたしは非常階段を一歩一歩上っていった。



楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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