タイムリープから始まる僕のやり直し計画

403μぐらむ

第1話

新作です。1~3話は連続で、その後は週に1~2話不定期でアップしていく予定です。ぜひとも生暖かく見守っていただきたいと存じます。





 僕は今日もまた課長のデスクの前に呼び出されている。42日連勤の42日目の夕刻。


 すでに僕を呼びつけた磯内課長の顔は真っ赤。さっき掛かってきた電話に怒髪衝天な様子が伺える。


「オマエ、なんで呼ばれたか分かってんだろうな⁉ あ゛ん?」


「いえ。わかりません……」


 ガンッと激しめな音をたてて課長はデスクを蹴り飛ばす。これは毎度のことなので周囲の誰も驚かない。


「テメェいい加減何度言ったら分かんだよっ! テメェの作ったこのクソ資料のせいで鮫島商事のクソハゲにネチネチ嫌味を吐かれたんだからなっ」


「は、はい……すみませんでした……」


 その資料の内容は一字一句たがわずあんたの指示通りですよ、と言いたいところだったがもちろん我慢した。


 同課の全員が分かっていることなのだが、悪いのも間違っていたのも毎回言う事が違うのも全部、この課長に責任があるのは明らかである。

 怒鳴られてはいるが僕は一切間違っていないし、なんならこの磯内課長の致命的な間違いを指摘したのが僕なのは、これもまた周知の事実だったりする。

 それに対し『だったらオレにわかるように説明する責任がテメェにはあるだろうが⁉』というのがこの課長の言い草。


「テメェは謝ることしか出来ねぇのか⁉ このクソ給料泥棒がよっ‼ いいから今からさっさとこのクソ資料を直しやがれ。今すぐ今日中にだ!」


 終いには誤った指示を出した当人が謝るどころか、うちの課の唯一の女性であるビッチな上条女史と腕を組んで帰ってしまう。二人が不倫の関係にあるというのはもはや公然の秘密。



 現在時刻は定時の18時からすでに2時間過ぎた20時。僕はクソウチ課長に指示された書類を再び一から作り直す必要に迫られていた。


「ほんとクソクソ煩いんだよクソッ!」


 この資料は頭が致命的に悪い課長のせいで複雑怪奇且つ難解な内容になり作成に前回も6時間かかっていた。今回も直しとはいえほぼ同じくらいはかかる見込み。


「チクショウ……なんで僕はこんな事になってしまったのだろう?」





 まだ未来を見ていた頃、15歳の僕は希望を胸に高校の門を潜ったものだった。


 しかし、中学生時代も人見知り気質はあったのだけど、高校に入り新しい環境になかなか慣れることができなかった僕は早々に周囲から取り残される。


 僕はいわゆる陽キャの類ではないし、かといってオタクと呼ばれるほど一点特化した知識も才能も持っていない。

 故に、またたく間にボッチ道を極めることになる。週のうち学校で一言も口を利かないことなどよくあることだと言えばどの程度かわかろうもの。


 時間を持て余した僕が取った行動は勉強をすること。もともと高校には勉強をするために入学したのだから、という体の良い言い訳を活用しただけだ。


 そのお陰で僕は高校2年生のときは学年トップの成績。ただし、その他は皆無。学校行事の思い出さえ皆無と言っても過言ではない様相なのだが。

 入学当初に躓き、進級しても卑屈になって立ち上がろうともせず、なにかを変えようともしなかった結果なのだから仕方がない。本当ならリカバリーのチャンスなんていくらでもあっただろうに全部僕自ら不意にしてきた。


 ほんとうに無為な3年間を過ごしていた。


 大学も国立のそれなりにいいところに入学している。だがやはり勉強とわずかばかりのアルバイト以外は何もしなかった。華やかなキャンパスライフとは無縁も無縁。


 就職では売り手市場もあって一部上場企業に滑り込んではみたものの、やはりここでもボッチ癖が出てしまい周囲からたちまち浮いてしまう。


 そうこうしているうちに僕は仕事で重大な失敗をしてしまいその会社も辞めてしまった。報連相ほうれんそうさえマトモにできなかった陰キャな僕の落ち度なのは明確だったからという言い訳とともに。


 そこからはコロコロと坂道を転げ降りるが如く転職を繰り返す。家族とも疎遠になった。高学歴無能はただの給料泥棒だとどこに行っても罵られるのに慣れてしまう。


 そして社会に出て5年程になった僕がかろうじて引っかかったのが今の会社。事業内容も黒に近い灰色なブラック企業だった。


「あと2時間足らずで僕も27歳か……」


 誕生日を終わりの見えない残業で迎えるなんて10年前の僕は想像もしていなかっただろう。


「もう辞めよう……」


 人の人生にはリセットボタンがない。初期化もしてくれない。


「あるのは終了ボタンのみ」


 一人だけ残っていた雑然としているオフィスを出て、すれ違うのもやっとの暗く狭い雑居ビルの階段を上っていく。

 不思議と何も考えない。会社を辞めるのではなく人生そのものを終了させると決めた途端気持ちも身体も軽くなった気がしている。


 屋上に上がるには一度屋外の非常階段に出る必要がある。緑色のピクトグラムが蛍光灯の劣化で点滅しているドアを抜ければ外だ。外部からはこのドアは開かない。


「二度と戻ることはないから関係ないか……」


 気にせず非常ドアを開けて外にでる。夜風が気持ちいい。

 僕はサビだらけの鉄階段を更に上へと上っていく。



 屋上はボイラー設備や給水タンク、キュービクルなどの設備があるだけの殺風景なところだった。

 屋上の柵は簡易的な鉄柵があるだけで大人一人乗り越えるのは容易い。だたし、地面まで真っ直ぐ邪魔もなしに向かえるは、非常階段の反対側の面だけ。


 僕はゆっくりとただし確実にその方向に歩を進める。その歩みに躊躇は一切ない。


「えっ?」

 ここまで来て想定外のことが起き驚く。


 僕の向かおうとした柵のところにはまさかの先客がいたのだ。



楽しかった! 面白い! 続きが読みたいと思っていただけましたらぜひとも♥や★をよろしくお願いします。

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