ガラス細工の心臓

シィータソルト

第1話

 両片思い……それは、すれ違い、平行線、とにかく二人が交わることがないことを示すこと。周囲にとってはじれったい存在である。現世には甘酸っぱい恋から苦い恋まで様々な恋愛模様がある。だが、こんな両片思いはあるだろうか?

 ある女の子の名前は琥珀こはく。運動ができて、勉強は程々にできるロングヘアな普通の高校生。恋愛は、保育園より幼馴染の翡翠ひすいに片思いしている。

 一方、ある女の子の名前はボブヘアな翡翠。勉強は大得意であるが、運動ができない。この場合のできないは運動音痴という意味ではなく、体に支障がある為できないという意味である。というのも彼女の心臓は何故かガラスでできている。それで生命維持ができているのも不思議でここまで、心臓がガラスでできているという以外では支障がなく生活できた。心臓がガラスであると、刺激で割れてしまうかもしれないからと運動は禁止され、あとは心拍数が上がることが禁止されていた。恋愛だってご法度だ。だが、翡翠も琥珀に片思いをしていた。

 恋愛の相手への募る想い、嫉妬など、正の感情も負の感情もどちらも心臓には負担がかかる。ましてや失恋なんかしたらガラスの心は壊れてしまうかもしれない。だけど、恋愛という大多数が経験することを一人の心臓がガラスという以外ただの女の子が制御できるはずもなく、近くにずっといた優しい幼馴染に恋に落ちてしまったというわけだ。

 二人は高校一年生だが、クラスは離れている。そのことにより、ドキドキの負担が軽減されている。だが、それ以外は一緒に過ごしている。登下校もお弁当の時間も放課後の部活の時間も。本当は片時も離れたくないと思っているから。

 今は、部活の時間。二人は文芸部に所属している。琥珀の運動神経の良さなら運動部でも良かったが、翡翠の心臓のことを考慮して、文芸部にした。琥珀も翡翠も恋愛小説を書いていた。それぞれへの片思いをフィクション風にして。

 部長が今度文化祭で出す皆の小説のアンソロジーを読んでいると、評論し始めた。

「皆のアンソロジー良いね~。特に、琥珀と翡翠のが良い。今回は恋愛をテーマに書いているけど、二人ともまるで本当に恋しているかのような……」

 その途端、琥珀と翡翠の顔がみるみる赤くなっていく。小説に心情をぶつけていたら見透かされてしまい、戸惑う二人。翡翠は少し息苦しくなる。琥珀はドキドキしながらも翡翠の症状に気付き、

「翡翠? 大丈夫? 少し横になって休憩しようか」

 椅子で簡易なベッドをつくり、その上に翡翠を横たわらせる。翡翠の心臓の事情は全校生徒が知っている。全校生徒どころか、日本全国の人が知っている。ネットニュースに取り上げられたからである。情報提供を呼び掛けているのだが、他に症例者がいない為、情報は一切ない。だから、治療方法も、発症要因も、ガラスの心臓で生きてられているのかも何もかもわからないのだ。

「翡翠はゆっくり休んでいていいからね~。その分、琥珀に質問しちゃおうかな~? これは実体験なのかなぁ~? んぅ~? 顔赤いけど~? 一体どこで恋人作ったのかなぁ~? それともこの女子高にいる~?」

 琥珀は汗まで噴き出してきた。うわぁ、質問攻めされてる……何て答えれば良いのだろう? ここでいると本音を言えばそれは誰だと問いただされ、誰か答えなければならない雰囲気になる。さらに馬鹿正直に答えてしまって、翡翠の負担になったらどうしよう。自分の想いをここで告げて、気持ち悪がられて大切な幼馴染のガラスの心臓を粉々にしてしまったら……と思うと怖くて言えない。恋バナすることが怖いのではない。幼馴染が壊れて死んでしまったらと思うと怖くて話す気になれない。流れていた汗は冷や汗に変わった。顔からも生気が失われた。

「あれ~? 琥珀まで具合悪い顔し始めたね~? 二人共、保健室行ってきな~? 何か私が責めたみたいで悪いことしちゃったみたいだね~」

 しょぼくれている部長を副部長が慰めている間に、琥珀は翡翠を担いで、保健室へ向かった。

「翡翠、大丈夫? 歩くスピードもっと遅くする?」

「大丈夫、それより、早く横になりたい」

「だよね、顔色が赤いもの。熱中症かな? 早く連れていかなきゃ」

 顔が赤いのは琥珀との距離が近いので心拍数が高くなっているからである。苦しいけどこの距離を保っていたい気持ちもある翡翠。たとえ、心臓が割れてしまったとしても近づいていたいと……。

 保健室に到着。琥珀がノックをし扉を開ける。

「失礼します。具合悪いので、ベッドで二人寝かせて貰えませんか?」

「あら、こんにちは。二人かー。今、ベッド一つしか開いていないのよね……」

 保健室の先生が困ったように顔に手を当てる。だけど、琥珀は意を決して、

「私と翡翠で一つのベッド使ってもいいですか? 幼馴染なので一緒に寝ることに抵抗はないので」

「!?」

 翡翠は思わず声が出そうになるのを手で抑える。保健室の先生は、

「あら~そう? じゃあ、悪いけど空きがでるまで、二人で寝ててくれるかしら? この時期だから、熱中症の子が多くてね」

「翡翠、そういうことだから、私と一緒にベッドに寝ようね」

「う、うん」

 琥珀と翡翠は空いている奥のベッドに向かい合って横たわる。二人共身長が155㎝なので、ベッドは少し広く感じる。だが、二人の距離はとても近い。

 琥珀も翡翠も互いに心拍数が上がっていることが悟られないか心配していた。幼馴染だから……幼馴染だから……と、自分に言い聞かせる二人共。幼い頃から一緒にお泊りしている仲じゃない……でも、こんなに近いと好きな人の心地よい匂いが漂ってきて心臓をそわそわさせる。普通の心臓もガラスの心臓も高鳴る。呼応するかのように。

「はぁ、はぁ」

「翡翠、苦しい? 私と寝ていると寝辛い?」

「大丈、夫……琥珀、手、繋いでくれる?」

「手!? い、いいよ」

 琥珀は手汗をスカートで拭き、翡翠の手を握る。翡翠の呼吸が落ち着いてくる。

「私が体調崩した時、よくこうして手を握ってくれたよね」

「そうだね、私にはこれくらいしかできないから」

「それでも、これが私を安心させて痛みを和らげてくれるの」

「そっか、それなら良かった。私もね、翡翠の手を握ると安心するの!」

「そう、なんだ……げほっげほっ」

「あぁ、具合悪いのに喋らせちゃってごめんね。少し寝ようか」

「うん……そうする」

 本当は起きて、好きな琥珀を見つめていたい……だけど、脆い心臓がこれ以上はと止めにかかってくる。好きだって伝えたいのに。まるで呪いにかかっているみたい。好きな人とは結ばれてはいけないという呪い。幼い頃、好きとは言い合った。だけど、それ以上の関係が結べない。幼馴染、親友、それ以上の恋人になれない。

本当は恋人同士のようにイチャイチャしたい。ここは女子高であるが、女子同士でイチャイチャしている風景など日常茶飯事だ。それが本気なのか、恋に恋している状態の延長上なのかは当人同士しかわからないが。私は本気だと考える翡翠。だが、心臓がそろそろもたない。目を瞑ることにした。

 琥珀も提案しておいてだが、翡翠を見つめていたいと思った。最初は中々目を閉じないから、二人して見つめ合っている状態であったが、翡翠が目を閉じたので、自分も閉じるかと思ったが、寝顔を見ていたい。そう思い、目を開けていることにした。やがて、翡翠からすぅすぅと寝息が聞こえた。安心して寝たようだ。寝顔も可愛いな。幼い頃から見ているけど年々愛しくなる存在。思わずキスしそうになったが、気付かれて心臓に負担がかかって割れてしまったらと思うとできない。何より、告白をまだしていない。段階を踏んで付き合いたい。だけど、告白だって負担かかるよな……。幼い頃、好きだって言い合ったけど、あれは子供同士の親友や幼馴染への気軽に言える好きだよな。恋人になるための告白ではない。翡翠にとって、恋愛は心臓に負担がかかる行為なのは確かだ。そういえば、さっき部長にからかわれた時、顔を赤くしていたけど、翡翠は誰が好きなのだろう。私だったらいいのに。勉強頑張るから、進路一緒のところがいいな。働く場所もできれば一緒がいいな。そして、ゆくゆくは一緒に住んで結婚できたらいいな。今は、異性同士と同様、同性同士も同じ結婚制度が適用されるようになっている。時代が私に追いついた!!ってニュースで見た時は喜んだっけな。これで、結婚しても病院の付き添いとか、相続の問題とか色々考えることができるもんね。何て捕らぬ狸の皮算用をしていたっけな……。考え事を巡らせているとあっという間に時間が経過していたらしく、

「二人共、部活終わりの時間だけど、帰れそう? 帰れないようだったら車で送るけど……」

 保健室の先生がカーテン越しに問いかけてくる。

「いえ、私達、学校徒歩圏内なんで! ね、翡翠? あ、まだ起こしてなかった」

「んぅ……今、何時? 琥珀どこ……?」

「私はここだよ、ごめんね不安にさせちゃって。先に起きたからベッドから出てたの」

「そう? 特にガラスの心臓の子が心配なのだけど……送らなくて平気かしら?」

「私が守りますので、ご心配なく!! お世話になりました!! ほら、翡翠行くよ!!」

「うん、琥珀。先生、お世話になりました」

「あ、荷物、部室に取りに行かなきゃ!!」

「あら、それなら、さっき、同じ部活の子が届けてくれたよ。明日、お礼言いなさい」

「本当ですか!! 明日お礼言わなきゃ。では、先生、さようなら」

「えぇ、明日も体調悪かったら無理せず休みに来なさいね」


 帰路に着く二人。相変わらず体調が優れないので、琥珀が翡翠を担いで帰っている。リュックも琥珀が前後に背負っている。真横に意識する幼馴染がいる状況が再現される。さっきは、寝て誤魔化せたけど、またぴたりと好きな人が隣にいる。二人の心臓の心拍数が上がる。普通の心臓はドキッドキッ、ガラスの心臓はピシッピシッと音を立てている。しばらく二人は黙っていたが、先に口を開いたのは翡翠だった。

「ねぇ、琥珀。今日は看病してくれてありがとう。お願いがあるの。私の家に来てくれない? 伝えたいことがあるの」

「いえいえ、どういたしまして。送るつもりだったけど、今じゃダメなことなの?」

「うん、今日なら家に誰もいないから、伝えるなら今日かなって……」

 えっ!? 何!? この感じ……!? もしかして告白される!? 何か翡翠の顔赤いし、目も潤んでいるし、そわそわしているし……と推測する琥珀。体を密着させているから体感でも直感でも感じるものがあるのだ。

「じゃあ、家に電話するから、ちょっと止まってくれる?」

「うん」

 胸あたりに手を置き深呼吸をして自分を落ち着かせている翡翠。手がぷるぷると震えながらスマホの画面をタップする琥珀。

「もしもし!? お母さん!? あのね、翡翠が体調崩して送って看病してくるから帰るの遅くなる!! 夕飯は取っておいて!! じゃあ!!」

「声上擦っていたけど、琥珀、大丈夫? 琥珀も体調悪い?」

「いや? 私は大丈夫だよ~!! さぁ、行こうか」

 再び、琥珀は翡翠を担ぎ、翡翠の家へ向かった。


「お邪魔します」

「はい、どうぞお構いなく」

よく知っている家の玄関で靴を脱ぎ、翡翠を担ぎながら階段を上がっていく。翡翠の部屋に入ると、ベッドに横たわらせる。琥珀も隅の方の空いているところに座る。

「それで……伝えたいことって?」

「うん、あのね……琥珀……琥珀は、好きな人いるの? さっき、顔赤くしてたけど……」

「え!? それなら翡翠だって顔赤くしてたじゃん!! 翡翠こそどうなの!?」

「……琥珀」

「……何?」

「ううん……琥珀のことが……好き……」

「……!? わわわ私だけじゃなかったんだ……私も……翡翠のことが好き……ねぇ、心臓の負担になっていない? 大丈夫? 息荒いよ?」

「たとえ、心臓が割れようと伝えたかったから……私達、両片思いだったんだね……もっと早くに伝えれば良かった。告白しても、大丈夫だったから……でも……」

「でも?」

「これ以上……したら……私、壊れちゃうのかな?」

「わ、私は、翡翠と両想いになれただけでも、嬉しい、よ」

 嘘だ。本当はもっと先もしたい。普通の恋人同士のようにイチャイチャしたい。

「私は、満足、できないよ……琥珀が欲しい。ダメ?」

「私だって!!……翡翠が欲しい。でもこれ以上して翡翠に何かあったらと思うと怖い……翡翠の心臓が壊れちゃったらと思うと……できないよ……」

 いつの間にか、翡翠は体を起こし、琥珀の隣に座っていた。驚く琥珀。琥珀の肩に手を置く翡翠。見つめ合う二人。

「私、後悔したくない……琥珀とキス……したい」

「翡翠……」

 二人は目を閉じ、唇を近づけ合う。重なる唇。高鳴る二つの心臓。その瞬間、パリーン!!!!! とガラスが割れる音が鳴り響いた。翡翠はベッドに倒れた。

「翡翠!? 翡翠!!」

 耳を翡翠の胸に当てる。心臓の音を聴く。そうすると、ドクッドクッと普通の心臓の動く音が聞こえる。

「翡翠の心臓が!! 普通の心臓の音を立ててる!! 治ったの!?」

 とにかく、翡翠が目を覚ますことが先決だ。トントンと腕を叩いて起こす。

「んぅ……琥珀、私……死んで……ない?」

「うん、死んでいないよ……生きている……しかも、普通の心臓の音が聞こえるよ……もしかしたらガラスの心じゃなくなったのかもしれない……」

「本当?……私、普通になれたの……?」

「うん、だって、ドクッドクッて鳴っているもの。きっと、そうだよ。聴診器で音の確認やレントゲン撮って貰えればわかると思う……!!」

「私、琥珀と恋人同士のことできるようになったのね……!! 呪いが解けたんだ」

「呪い?」

「私、一生、好きな人と恋愛ができない呪いにかかったんだと思ってた。だけど、その呪いを解くのが恋愛事だったなんて……夢見たい」

「確かに……私も翡翠に気持ち隠し続けなくちゃいけないかと思ってた。負担になるかと思って。私が呪いを解く手掛かりで良かったよ」

「琥珀、続きをしましょう……?」

「う、うん。今更だけど心臓バクバクしてきた~!!」

「わ、私だって心臓バクバク言っているよ!! 聞いたからわかるでしょ?」

「うん。改めて言わせて。好きだよ。翡翠。私の恋人になってください」

「はい、喜んで。今まで迷惑かけてごめんね。これからもかけると思うけどよろしくね?」

 二人は抱きしめ合って温もりを感じ合った。また、深い口づけを交わした。顔の傾ける角度を変えて、唇を啄み合い、舌を入れる。とろっとした唾液を交わし合い、飲み下す。

「これ以上もしちゃう……?」

「翡翠が負担にならないなら……帰りは遅くなるって言ってあるし」

「じゃあ、しよう。夜が更けない内に……」

 二人は体を重ね合った。恋焦がれていたことに、互いの心臓はキュンキュンしていた。

 翌日、検査をしたらやはり翡翠の心臓は本来の心臓になっていた。キスがガラスの心を砕けさせ、それは終わりを意味するのではなく呪いを解き、恋物語を始める手掛かりになるとは誰が想像したか。結局、ガラスの心臓が何故生まれたのか、その生態などは未知であるが、治療方法は確立され、めでたし、めでたし。



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