烈火と銃声
「う……」
鼻を突くガソリンの匂い。回りっぱなしのエンジンの音。
「……はっ‼︎」
カネヒサは慌てて辺りを見回した。ヒビに覆われた窓。車は横転している。目の前に黒い何かがゆらゆらと揺れていた。
「博士‼︎」
シートベルトが仕事をしたらしく、渋沢はシートに括り付けられたような形でぐったりとして動かない。カネヒサの本能がけたたましく警鐘を連打し、彼はその焦燥に身を任せた。自分のバックルを解除し、崩れた体勢を身体をくねらせて立て直し、フロントガラスを三度蹴って出口を確保する。渋沢を抱き止める姿勢で彼女のバックルを解除し、受け止めて抱き起こす。軽い。彼女を抱え、粉々になったフロントガラスの穴からどうにか抜け出したが、直後に足が縺れて両膝を地面に付いてしまった。
「く!」
そのまま倒れ込んでしまいたい気持ちを食いしばった奥歯の軋みで先送りにし、カネヒサは立ち上がると少女を抱いたまま駆け出した。その時だ。
キュボッ
小さな音とは裏腹に爆発の熱波と衝撃はまさに殺人的だった。つんのめって倒れるカネヒサはそれでも渋沢を包み込むようにして最大限庇った。細かな砂利が身体中を叩く。背中全体からアイロンの匂いが立ち昇る。髪の毛はチリチリと音を立てたがなぜか熱いとは感じなかった。火を吹いた車は、ごーっと音を立てた。煙と砂埃が思い出したように立ち込めて、カネヒサはひとつ咳をした。
「あ……う」
「大丈夫ですか、博士」
「……状況は?」
「場所は崖下。車は炎上。六郎丸も敵のサメも近くには見えませんが……見つかるのは時間の問題でしょう。たった今、派手な目印が出来ちゃいました」
「すまない……私のミスだ」
「いいえ。民間の方を巻き込んだ僕の落ち度です。博士は隠れていてください。ここから先は」
カネヒサは渋沢を地面に横たえて、ホルスターから拳銃を抜いた。セフティを解除しスライドを引いて初弾を装填する。
「本官の領分です」
「待て。どうする気、うっ!」
渋沢は起き上がろうとしたが、肋骨の痛みがそれを阻んだ。
「分かりましたよ。今回の犯人。つまり……渋沢概念生物研究所の関係者か、年月を考慮すると関係者の関係者」
「…………」
「だから、博士は自分で始末を着けようとした」
「可能性だがな。素人が偶然アレを見つけても制御できるとは思えん」
「囮になります。隠れていてください。幸い日も落ちて辺りは真っ暗。博士は見たところ大きな外傷もなく体格も控え目だ」
「幸運の女神に全ベッドか? 犯人のターゲットは私なんだぞ」
「サメの引き受け方を教えてくれたのは博士ですよ」
カネヒサは自分の左の掌に銃口を当てた。
「よせ!」
パンッ‼︎
「っくう……思ったより、痛い」
「キミは……バカだ」
「自分でもそう思います。さよなら渋沢博士。生きて、犯人を突き止めてくださいね」
カネヒサは微笑んだ。
「待てキミ! おい!やめろ‼︎」
駆け出した新人巡査は、振り返らなかった。
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