報告と迎撃
漆黒の夜の森の中を疾走する二つの影があった。
一つは超音速航空機のようなフォルムの蒼き捕食者。もう一つはレトロなデザインの紅きライトバンだった。
『で、今はどこだって?』
電話口の村上刑事部長はいつにも増して不機嫌だった。
「博士の車で博士の空飛ぶサメを追跡中です」
『サメを外に出したのか⁉︎』
「こういう博士だとご存知だったんですね?」
『…………』
「事前に説明してください」
『したら信じたか?』
「そんなわけないでしょ」
『あのサメは目立ち過ぎる! やめさせて引き返せ!』
「相手は村上の坊やか? マイクをハンズフリーに」
カネヒサは博士に言われた通りにした。
「クマゴリラの事件以来だな村上」
『……博士。ご無沙汰しています』
「なぜキミが来ない?」
『私は今は刑事部長ですよ』
ピゥと博士は口笛を吹いた。
「出世したな村上巡査。いや、今の階級は警視? 警視正?」
『博士。捜査に協力的なのはありがたいのですが……まだ間に合います。アレを連れて街を走り回るのはやめてください』
「サメの嗅覚は魚類の中でも飛び抜けて鋭敏だ。こと血液に対する感受濃度の閾値は2千5百万分の1。9千リットルの水で薄めた1滴の血を嗅ぎ分ける。事件が起きたのが昨夜なら、被害者の返り血まみれになった犯人……いや、犯魚を追跡するのは六郎丸にとっては児戯に等しい」
『しかし……』
「市民からの通報には新型VR広告のデモンストレーションだとでも言っておけ。どうしても止めたければ道路を封鎖するなり機動隊をけしかけるなりするんだな」
村上は受話器の向こうで溜息をついたようだった。だが、カネヒサはその溜息にどこか温かみ……柔らかさのようなものを感じた。
『相変わらずですね。渋沢教授』
「私は許せないんだ。渋沢キチロウが皇国の興廃を背負い身命を賭して生み出した自律攻撃魚類。私の兄弟とも言うべきその悲しき生物兵器を薄汚い犯罪凶器に貶めた今回の犯人が」
『犯人……』
「どこかで長き眠りから目覚めた飛行ザメが勝手に起こした事件なら、被害者は一人じゃ済まない。彼または彼女をコントロールしてる奴がいる」
『教授は飛行ザメという特異なパワーを、教授以外が持つのを許せないのでしょう?』
「意地が悪くなったな村上」
『親しみ、と捉えてください』
「切るぞ」
『まだ話は終わってませんよ』
「飛行ザメという特異なパワーを自分以外が持つのを許せない、か」
『気に障りましたか?』
渋沢の視線が、くるりと周囲を探ったようだった。
「どうやら、犯人も同じらしい」
バスン‼︎キキキキキィッッッ!!!
「どぅわあっ⁉︎」
急ステアリングに体勢を崩したカネヒサはスマホを取り落とした。
「博士⁉︎」
「タイヤをやられた! 待ち伏せだ!」
「一度止めてください! 山道をこのまま走るのは……‼︎」
「外を見ろ!」
車と並走しながら激しく交錯する二つの影。山道の街路灯に照らされ、その二つの殺意がギラリと青く輝いた。
「飛行ザメが、二匹っ⁉︎」
「パンクさせられてすぐに止まるのはテロリストの思う壺。正解は強行突破。新人クンは警察学校の授業は寝ていたな?」
「起きてたけどそんな内容なかったですぅ‼︎」
「おっと!」
車は道を外れた。
ふわり、と身体が浮く感覚がする。
「不本意な状況だが、逆にこれは犯人にも想定外のはず」
「だからっ──」
カネヒサは抗議した。
「──言ったじゃないですかァァァァァァァァ……!!!」
カネヒサの悲鳴の尾を曳きながら、真っ赤なバンは灌木生い茂る崖をゴロゴロと転がり落ちて行った。
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