プリンと洋館

「渋沢概念生物学……研究所」


 郊外の街を景色と見下ろす丘陵地帯。

 昼なお暗い深い森の奥にその洋館はあった。


 明治大正の華族でも住んでいそうな、ルネサンス様式の大きな屋敷だ。

 絡まった蔦と年経た煉瓦のせいだろうか。

 人里を離れた森の木々とその影のせいだろうか。

 来てはならない場所に来たような感覚がカネヒサを押し包んだ。

 彼は歴史ある神社の社殿に正対したような威容の空気を胸に吸い込んで畏怖の息を吐き出し、流れるような動きでスマホを取り出し連絡先選択をして電話を架けた。


 プルルルルッピッ


『村上だ』

「有村です。研究所に着きました」

『博士には会えたか?』

「今から門をくぐります」

『実況はいらん。結果が出たらまた架けろ。切るぞ』

「待ってください!」

『なんだ?』

「今回の事件、単に獣害か、犯人が何か凶暴な動物を共犯にしてる……ってことですよね?」

『確証はないがな』

「で、渋沢博士はそういうアレの専門家」

『そうだ』

「渋沢博士が犯人……ってことは……?」

『…………』

「部長?」

『大丈夫だ』

「正直に言ってください! 僕今から一人で会うんですよ‼︎」

『博士はこちら側の人間だよ。代々軍や警察に協力し、今も研究を続けていて、研究費は国家から出ている。そこら辺でサラリーマンを殺す動機がない。九分九厘な』

「残り一厘は……?」

『世の中に100パーセントはない。お前や俺だって、今回の犯人の可能性はゼロじゃないだろうが』

「僕視点では、僕が犯人の可能性はゼロです!」

『理屈はいい‼︎ 一つ!博士に挨拶してプリンを渡せ! 二つ!捜査資料を開示して意見を仰げ! 三つ!博士がなんと言ったか俺に報告しろ! 以上だ‼︎』ピプッ ツー………

「あっ⁉︎」


 カネヒサはスマホを睨み付けて歯を剥き出し、シィッ‼︎ と威嚇の息を剥き出した歯の隙間から吹付けた。


 そして頭上の木漏れ日を仰ぎ、息を一つ吐くと開け放たれた古びた門扉をくぐって園庭の石畳の小道を館の玄関を目指して歩き出した。


「クマとゴリラの合成怪獣が犯人だったりしないよな……」


 遠くで聞き慣れない、恐らく鳥の声が甲高く響いた。

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