新人と逆境

「た、単独捜査⁉︎ 僕がですか⁉︎」


 県警刑事部・捜査一課・新人巡査、有村カネヒサは思わずそう返しながら、なんかマンガみたいなリアクションしちゃったな、と思った。


「そうだ」


 刑事部長の村上は眼鏡の奥の元々細い糸目を更に細めながら事も無げに返事した。


「無茶苦茶ですよ! 殺人事件ですよ!」

「そうだな」

「しかも管区始まって以来の凶悪事件! 犯人どころか凶器も犯行方法もダイイングメッセージも謎だらけの超難解事案じゃないですか!」

「有村。他の事件でも普通その辺最初は謎だ」

「ってか一人て! こういうのって僕を新人とかボウズとかって呼ぶベテランとペアで世代ギャップ掛け合いしながら捜査進めるもんじゃないんですか⁉︎」

「普段どんなドラマ観てるんだ?」

「一人が質問して、もう一人は証言の様子を観察するって捜査技術の授業で教わりましたけど⁉︎」

「あの授業内容を憶えてるとは。真面目だな」

「理由を教えてください理由を‼︎」

「理由は二つ」

「一つは⁉︎」

「人手不足だ」

「ひとっ……鈴木さんは⁉︎」

「デンさんは先月起きた城南の貴金属店強盗の専従だろう。仲村と伊藤もだ」

「奥村さんは⁉︎」

「尿路結石で入院したろうが。お前もコーヒーは程々にしとけよ」

「上地さんは⁉︎」

「ここだけの話、上地は辞める辞めないで今揉めててな。立場は人事預かりになってる」

「古谷さんは⁉︎」

「明後日から産休だ」

「男ですよ⁉︎」

「今は令和だぞ」

「岡部さんは⁉︎」

「捜査情報をYouTubeに動画で上げて謹慎中だ。懲戒だなありゃ」

「え⁉︎ あれ岡部さんだったんですか⁉︎」

「そーだよ。うちから全国インシデント案件が出ちまって、俺も頭が痛い」

「じゃあ……動ける人間が全然いないじゃないですか‼︎」

「お前がいるだろう有村」

「……くっ⁉︎」

「逆にお前しかいないんだ。

 安心しろ。捜査の指揮は直接俺がるし、何が起きても責任は俺が負う」

「殺人事件ですよね……?」

「ああ」

「相手は被害者の腕を斬り落とすような凶悪犯」

「傷痕はどうやら生物の噛み痕みたいでな。正確には斬り落としじゃなくて喰いちぎりだ」

「目撃者は無く、被害者の最後の言葉が空飛ぶサメ」

「解剖の結果、血中薬物は検出されなかった。コレステロールがやや高めだったがな。拳銃携帯の許可を取っといたから、装備課で受け取ってから出ろよ」

「い、いやです!」

「これは命令だ期待の新人。お前ならやれると俺が見込んだ。その信頼に応えてみせろ」

「……」

「返事はどうした」

「……了解しました」

「まずは医大の竹中先生から解剖所見の詳細を貰ってこい。その後、現場の鑑識資料だ」

「行ってきます」

「捜査担当が一人の理由のもう一つ、聞かなくていいのか?」

 溜め息をギリギリで我慢しながら、有村は投げやり気味に尋ねた。

「なんなんですか?」

「空飛ぶサメには」

 村上は彼にしては珍しく、への字口を横一文字にして答えた。

「心当たりがある」

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