第9話 入城
馬はこれが初めてだというにもかかわらず、フレイヤの騎乗はなかなか見事なものだった。余分な力みがなく、腰が自然と
少し練習すれば、すぐにも一流の騎士に匹敵する乗り手になれそうだ。ハインリッヒはつくづくと感じ入った。さすがは勇者の転生だけのことはある。
やたらと休みたがるのが玉に
数日を経て、一行は都へと入った。堅固にして豪壮なグラール城は、初めて見る者の度肝を抜く。フレイヤもまた例外ではなかった。
「すごーい、おっきなおうちだなぁ」
そびえ立つ天守を前に、かくんと首を上に傾ける。
「いや家ではなく」
城だ。突っ込むべきかとハインリッヒは刹那迷ったが、国王の住居であるには違いない。そっと口を閉じる。
従者達に先導させて、騎乗のまま城門へ向かった。
「……あのー、マッカートニーさん」
勇者の転生ことフレイヤ・サンデルの声は少しく掠れていた。重圧に喉を締め付けられているとでもいったふうだ。恐るべき力を振るう魔王と、その率いる軍勢と
「どうした、サンデル殿」
ハインリッヒは努めて柔らかい調子で応じた。幾らかなりと少女の緊張をほぐせたらいいと願う。
「もし心に懸かることがあるなら、遠慮なく言ってくれ。私にできる限りのことはすると約束しよう」
「本当に?」
フレイヤがすがるような瞳を向ける。ハインリッヒは力を込めて頷いた。この少女を支えるのは騎士としての義務だ。そして自ら望むところでもある。
フレイヤはきらきらした笑顔を浮かべた。
「そしたら、ちゃんとしたごはんが食べたいな。干し肉とかじゃなくて、できたてほかほかのがいい」
「……用意させよう」
ハインリッヒの腰には剣が吊り下がっていた。かつて魔物を斬り倒したこともある
フレイヤにとって剣士と料理人とではいったいどちらが価値があるのだろう。
王城の一室をあてがわれたフレイヤは、希望した通り調理してすぐの食事を供された。まさしく破格の待遇である。目下のところ、フレイヤは地位も功績もないただの庶民の小娘に過ぎない。これで不満を述べるようならばちが当たるというものだ。
「んー、ちょっと物足りないかも」
フレイヤはお腹をさすった。せいぜい六分目ぐらいである。ちょっと甘いものでもつまめたらいいのだけど。親切な騎士さんにお願いしてみようか。
とはいえ一応
「サンデル殿、失礼する」
よく響くノックの音に続き、ハインリッヒが姿を見せた。先程までの旅装から、よりきっちりとした服に着替えている。あとで迎えにくると言っていたから、フレイヤは特にどうとも思わなかったものの、近衛騎士自らが案内役など普通はしない。
部屋に足を踏み入れたハインリッヒは、ふとフレイヤの口元に目を留めた。
「む、ソースが」
手を伸ばし、だが途中で身を強張らせる。まさか己の指先で拭うわけにはいかない。
「左の口の脇だ。ソースがついている」
「んー?」
フレイヤの桃色の舌がにゅっと突き出す。器用に動いて肉汁のソースを舐め取った。当然ナプキンを使うものと思っていたハインリッヒは、少なからざる衝撃を受けた。だがおもむろに咳払いを一つ。素知らぬ態度を繕う。
「これより陛下に謁見する。国王の御前だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「国王の御膳!?」
フレイヤの声が弾んだ。胸ならぬお腹が高鳴る。つまりさっきの料理は前菜に過ぎなかったのだ。国王といえば国で一番偉い人だ。さぞかし素敵なメインディッシュが待っているに違いない。
「だいじょーぶ、任せて」
自信を持って請け合う。食べ残すような失礼は絶対しないし、がっついてこぼしたりしないようにできるだけ気を付ける。騎士さんには安心してもらいたい。
ハインリッヒはなぜか不安を覚えた。ふるふると首を振る。本人が大丈夫だと言っているのだ。信じよう。それに王は賢明なだけでなく、度量も広いお方だ。万一多少の無礼があってもお許しくださる。
「良し。では参ろう」
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