第7話 御前会議

「転生勇者をお迎えに行くことを、陛下に願い出ようと思います」

 ハインリッヒがきっぱりと告げた。

 瞬間、ロクサーヌの息は詰まった。好きにすればいい、とは思えない。むしろ。


「……とてつもなく嫌な予感がする」

「は? 何か言われましたか」

「御前会議だ。遅れてはなるまいぞ」


 ハインリッヒの問いを振り切るようにして、ロクサーヌは歩き出した。

 王女の呟きは気になったものの、刻限が迫っている。ハインリッヒもすぐに後を追った。

 玉座のの厚い両開きの扉の脇に侍した衛兵達が、二人を見てうやうやしく一礼する。


「どうぞ。既に陛下もご臨席でございます」

 粛々しゅくしゅくと扉が押し開けられる。

 ハインリッヒとロクサーヌは揃って玉座の前へ進み出た。最大限の敬意を込めてひざまずく。


「二人とも戻ったか」

 名君としての誉れが高い国王リヒテル・ハイランド三世は、忠実な臣下と愛娘まなむすめの王女とに思慮深げなまなざしを注いだ。


「はっ」

「大儀であった」

 言葉こそ形式的だが、声には真実の響きがある。ハインリッヒはいっそうかしこまった。吉報はない。その反対だ。


「陛下、この度は魔王軍に対する応戦の任をたまわりながら、あたら多数の将兵達の生命を失うばかりの結果となったこと、まことに慚愧ざんきえません。衷心ちゅうしんよりお詫び申し上げます」


「だがとにかくそなたは無事に戻ったのだ。しかも魔王軍は未だ国境の内には侵入しておらぬというではないか。つまり十分に役目を果たしたということだ。謝罪には及ばぬ」

 王の寛大さにハインリッヒは恐縮した。信頼する臣下に目を細めると、王は王女へ視線を移した。


「してロクサーヌよ、勇者殿は何処いずこにおられる。城外におとどまりいただいているのか?」

 ロクサーヌの背中がびくりと強張こわばる。


「……おりませぬ」

「どういうことだ? はっきりとわかるよう説明せよ」

「大変遺憾いかんなことながら、宮廷魔術師殿の示された村に転生せし勇者は見付からなかったということです」


 王の眉間にじわりと皺が寄った。廷臣達の間からも戸惑いの気配が生じる。誰にとっても意想外の内容だったのだろう。

 王は幾度か顎髭あごひげをしごいたのち、瞳に厳しい光を宿してロクサーヌを見つめた。


「そなたも重々承知であろうが、子供の遣いとはわけが違うぞ。手抜かりなく探したのであろうな」

「実のところ、フレイヤ・サンデルなる者は確かに存在しておりました。しかし人違いです。あれは勇者ではありません」


「つまり託宣が誤っていたと、そういうことか?」

おそれながら」

「馬鹿な!」


 宮廷魔術師ベルトランが声を上げた。ロクサーヌの告げたことは、彼にとって全く心外だったに違いない。だが御前会議のさなかである。しかも王女を馬鹿呼ばわりしたにも等しいことに気付くと、すぐに謹直な態度を取りつくろった。


「……ご無礼を致しました。どうぞお話の続きを」

 王は鷹揚おうように頷いた。特にベルトランを咎めることもなく、改めてロクサーヌに向き直る。


「託宣に告げられし者はいた。しかし勇者ではなかった――なにゆえにそう判断したのだ。根拠を申せ」

「それは、会えばわかるとしか……」

 ロクサーヌは居心地悪そうに身動みじろぎした。王の視線が険しさを増す。


「つまりそなたの勝手な決めつけに過ぎぬということか?」

 反論はできない。ロクサーヌにはあの怠け娘が勇者とはとうてい信じられない。実際に会えば誰もがそう思うはずだ。だが他に明確な根拠がないのもまた事実である。結果として王命をないがしろにしたと非難されても仕方ない。

 言葉にきゅうする王女の隣で、ハインリッヒが控えめにおもてを上げた。


「陛下、よろしいでしょうか」

「申してみよ。ただし、らちもないかばい立てなら不要であるぞ」

「王女殿下の見解は尊重いたします。ですがそれはそれとして、どうか改めて私に行かせていただけないでしょうか」


「ほう」

 王は再び顎髭をしごいた。若き近衛騎士は熱意を込めて訴えかける。

「実際に魔王軍の脅威を目の当たりにした者として、託宣の告げるところの転生せし勇者に、私自身で会ってみたいのです。そしてフレイヤ・サンデルという方が真に勇者であると、あるいは少なくともその可能性ありと見極められたならば、私が責任を持って城までお連れいたします」


 王が思考に費やした時間は短かった。

「よかろう。近衛騎士ハインリッヒ・マッカートニーに命じる。急ぎナロード村までおもむき、転生せし勇者の存在を確かめよ」

「ありがとうございます。今日中に準備を済ませ、明朝出立致します」


「頼んだぞ。ロクサーヌも異存はないな」

「……御意ぎょい

 ロクサーヌは低頭した。しかし王女が苦々しげに唇を引き結んだことに、傍にいるハインリッヒは気付いた。またあとで話をするべきだろうか。これまで王女との関係は良好だった。王国に仕える者として、できる限り今後もそうありたい。


 王は玉座の間に集う重臣達を、威厳に満ちた表情で見渡した。

「我らハイランド王国は存亡の危機にある。否、我が国だけのことではない。人の世が続くか滅びるかの、今こそまさに分かれ目なのだ。すべからく心せよ」

 皆は一斉に礼を取った。

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