8話。俺のことが大嫌いな剣聖の妹がデレる

「ヴァイス兄様が勝った!?」


 エレナは雷に打たれたように、全身を震わせた。


「いくらなんでも……ど、どどどやってですか!?」


 そういえば、エレナは俺が戦っている最中、気を失ってしまったんだったな。


「実は【超重量】と風魔法を組み合わせて勝ったんだ。【超重量】は……簡単に言うと、物理攻撃力を極限までアップさせることができるんだ」

「あっ、あぁあああ! ヴァイス兄様が授かったスキルが、外れスキルなハズは無いと思っていましたが……そうだったんですね!」


 エレナは大きな歓声を上げる。


「お、おぅ……」


 あれ? 今朝とまるで態度が違うな。

 エレナの目は、キラキラと尊敬に輝いている。


 エレナはヴァイスを相当、嫌っているハズだった。


 クズヴァイスの悪行のせいで、優等生のエレナまで騎士学園で肩身の狭い思いをしていたからな。

  

 ここは油断せず、しっかりこれまでのことを謝っておこう。


「……エレナにはずっと迷惑をかけてきて悪かった。これからは心を入れ替えてがんばるから、今までのことを許してくれないか?」

「そ、そのお言葉を、私は心待ちにしていました! はい、もちろんです! 今日ほど、うれしい日はありません!」


 そうか。エレナは実はずっとヴァイスが立ち直ってくれることを望んでいたのか……


 ゲーム本編でヴァイスが魔族化すると、エレナは、ためらいなく兄を叩き斬ろうとした。


『お父様を死に追いやった魔族に魂を売るなんて、許せません!』


 と、ガチで怒っていた。

 その怒りは、ヴァイスにいつか立ち直って欲しいという想いの裏返しだったのだろうな。


「ヴァイス兄様のおかげでセリカ様と、この国の平和は守られました! やはり兄様こそ【栄光なる騎士グロリアスナイツ】を継ぐに相応しいお方です!」

「俺が【栄光なる騎士グロリアスナイツ】?」


 国王陛下の右腕である最強の5人の騎士は【栄光なる騎士グロリアスナイツ】と呼ばれていた。ヴァイスの──俺の父上も、その1人だった。


「いや、俺なんかより、エレナの方が、よっぽど【栄光なる騎士グロリアスナイツ】に相応しいと思うぞ」


 ゲームでは、今回の王女襲撃事件によって、父上は命を落とし、エンディングでエレナが新たな【栄光なる騎士グロリアスナイツ】に任命されていた。

 

 エンディングスチルのエレナは、凛々しくてカッコ良かったなぁ。父と兄の死を乗り越えて、強く生きて行こうという信念が、その表情に現れていた。

 だから、本気でそう思う。

 

「そ、そんな! 謙遜なさらないでください。私など、兄様に比べたら、まだまだ、ということを痛感いたしました!」

「へっ?」


 かなり意外な言葉だった。

 エレナの方がよっぽど立派だろうに。


 あっ、でも、これならエレナを【傾国】のジゼルを倒す戦力に加えることができるんじゃないか?

 勇者パーティの主戦力だったエレナと協力し合えれば、勝率は一気に跳ね上がる。


 さっそく、勧誘してみることにした。


「とにかく、エレナを助けられて良かった。これからは、2人でセリカを守っていこうな!」

「はい! ……えっ? な、なぜセリカ様を呼び捨てに!?」


 エレナは目を白黒させた。


「それはね。私とヴァイス君が、そういう仲になったからよ。これから一緒に暮らしていくのよね!」

「…… え?」


 はしゃぐセリカに、エレナは訳がわからないといった顔をする。


 共に戦う味方を得たおかげか、セリカはテンションが上がりっぱなしだった。


「そう。俺はセリカの従者として、一緒に暮らしていくことになったんだ」

「うわ! うれしいぃいいッ!」


 セリカが大喜びで、俺に抱擁してくる。

 うぉ!? この不意打ちは、心臓に悪いから止めて欲しい。

 ちょ、胸が腕に当たっているんですけどぉ!


「じゅ、従者ですか、なるほど……」


 エレナは腑に落ちないような顔をしていた。 

 一気に距離が詰まり過ぎだし、こんなに王女からベタベタされる従者なんて、いないだろうからな。


 俺もセリカのあまりの豹変ぶりには、困惑していた。


「ヴァイス兄様が、セリカ様のおそばにいるなら、安心ですね。後は、我が身の始末を付けるのみです」


 それから、エレナは神妙な面持ちで片膝をついた。


「セリカ様、護衛任務をまっとうできずに、誠に申し訳ありませんでした!」

「ちょ!? エレナ、どうしたの……!?」


 セリカは仰天する。


「私は致命的な判断ミスを犯しました。ガロン先輩に立ち向かったりせず、セリカ様をお連れして逃げるべきだったのです。セリカ様をお守りすると誓っておきながら……私は護衛失格です。いかようにも処分を願います!」

「お、おい、待て、エレナ。そんなことをする必要は無いだろう!?」


 俺は慌ててエレナをたしなめた。

 もし万が一、エレナが護衛の地位を剥奪されるようなことがあったら、エレナと協力してジゼルを倒す俺の計画がパァだ。


「えっ? 兄様、し、しかし……もし兄様が駆けつけてくださらなければ、王国がひっくり返るような大事件に発展していたと思います。私は責任を取らなければなりません」


 身を固くするエレナは、相当に責任を感じているようだった。


 実際にゲームでは、エレナが護衛任務に失敗したことから、王国に大きな被害が出た。

 それによって、父を失った彼女は、護衛の任も解かれ、自責の念に駆られて自殺しようとする。


 それを勇者アレンに止められて、エレナはアレンと急接近することになるのだ。

 

「セリカ、どうかエレナの失態については、俺の手柄にめんじて、お咎め無しにしてくれないか?」 

「えっ? 兄様、し、しかし……それでは周囲に示しがつきません! なにより、私はシルフィード伯爵家の名誉に泥を塗ってしまいました!」

「シルフィード伯爵家の名誉なんてどうでも良いだろ!?」


 俺はエレナの肩を掴んで叫んだ。


「一番大切なのは、セリカを守り抜くことじゃないか!? エレナは立派に戦った。だから、俺はあの場に間に合うことができたんだ! これは俺とエレナで掴み取った勝利だ。もっと胸を張れ!」


 責任感が強すぎるのが、エレナの欠点だ。

 だから、勇者アレンの代わりに、俺がしっかり釘を刺して、励ましておかねばならない。


 頼むから俺のいないところで、いきなり自殺しようとかしないでくれよ。


「俺はエレナと2人でセリカを守っていきたいんだ! 俺にはエレナが必要なんだ! これからもずっと、俺の側にいてくれ!」

「うっ……うわぁあああん!」


 エレナは俺に抱きついて号泣しだした。


 『俺にはエレナが必要なんだ!』は、ジゼルに勝つための俺の心からの叫びだったのだが……


 あれ? 予想以上に有効だった?

 エレナは、何かすごい感激しているようだった。


「エレナ……今回のあなたの処分だけど。これからは、ヴァイス君と2人で私の護衛をしてくれれば、それで良いから!」


 セリカは何か眩しいモノでも見るような目で、告げた。


「うぅううううっ! セ、セリカ様、ほ、本当にそれで、よろしいのですか?」

「大丈夫! お父様や他の人たちには、ヴァイス君だけじゃなくて、エレナも大活躍したって伝えておくから、へーきよ!」

「そうだ。事実として、エレナは護衛任務をまっとうしたんだ。誰からも文句なんか出ないさ」


 俺はエレナの頭を撫でる。


「これからは、俺と2人で力を合わせていこうな」

「あっ、あああっ! はい! お約束します! セリカ様を今後は兄様と2人でお守りしていくと! 【栄光なる騎士グロリアスナイツ】の一柱、シルフィードの名にかけて!」


 エレナは顔を輝かせて、誓いを立てた。

 セリカは、なにやら胸を打たれた様子だった。


「ヴァイス君って、とっても妹想いなんだね! 私、感動しちゃった!」

「えっ、まぁ……」


 正直、俺の破滅回避が最大の目的ではあるんだけど。


「私はヴァイス兄様となら、どんな試練だって乗り越えられる気がします! 兄様は、私の誇りです!」 


 エレナは俺に、甘えるように抱擁してきた。俺も、エレナを安心させるために抱き締め返す。


「ああっ……そうだな」


 なんだか、温かい感情が込み上げてくる。思えば、こんな人の温もりを感じたのは久しぶりだった。


 前世で俺には、家族も友人も恋人もいなかった。

 家に帰っても迎えてくれる人は誰もおらず、食事は毎日、コンビニ弁当かカップラーメンだった。


 それが突然、こんなにかわいい妹ができてしまって。しかも、その娘に、こんなに好かれているなんて、夢みたいな話じゃないか。

   

 転生してクズヴァイスになっていた時は、絶望に打ちひしがれたけど……


 大好きだった【グロリアスナイツ】の世界に転生して、美少女ヒロインたちに囲まれてるって、最高じゃないか、コレ?


「あれ……」


 安心して気が抜けたせいか、今まで感じていなかった疲労感がどっと押し寄せてきた。


 俺は怠惰な悪役貴族だったから、こんなにも動き回り、精神を擦り減らしたのは初めての経験だった。

 も、もう限界だ。

 

「悪いんだけど。俺は今日は学園を休むことにする。先生には魔族とバトったせいで、ズル休みじゃないと伝えてくれ……」


 それだけ言うと、俺はその場に膝から崩れ落ちた。


「兄様!?」

「ヴァイス君!?」


 その次の瞬間、俺は2人に抱えられながら、深い眠りに落ちていた。

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