367 マルス・フランシス 1

 早朝、昨夜は良く眠れなかったキルはもそもそとベッドから起き上がる。北方民族の動向がどうしても気になり出かける前に一人で早朝飛行をしながら千里眼でチューリン近くの情勢を確かめようかと考えた。


 ロムとホドはまだ良く寝ている。


 キルは虚なまなこを擦りながら二人を起こさぬ今日に部屋を出た。


 早朝の涼しい外気で眠気も吹っ飛ぶ。首を振って頬を二度軽く叩く。


「フライ!」


 キルは太陽の方向に飛び始める。高く高く高度を取り、千里眼で遠方を見回す。


 全速力で20分ほど飛ぶと遥か東に北方民族らしい集団を発見した。


「五十キロは先かな」


 まだ小さな点にしか見えない集団を確認するためにさらに飛び続ける。


(うん? 向こうにもあるな)


 キルは別の集団も発見した。さらに北東三十キロあたりだ。


(他にもいるかもしれないな。いくつあるか確認しておこう)


 初めに発見した集団は兵士の姿まではっきり見えるまで近づいている。とは言えそれはキル側からであって、千里眼を使っていない北方民族側からではキルをみることはできないはずだ。


 キルはさらに高度を上げながら東に進む。そしてもう一つ集団を発見した。


(そういえは近くに三つの部族があると言っていたな)

 

 確かに三つ以外、他には見えない。

 

(三つの軍を相手にするということか? でも昨日の事件が原因でチューリンを目指しているなら三軍の間でなんらかの連絡処断を持っているってことか……)


 キルは急いで引き返す。ここまで三十分かかっていた。


 早朝ということもあり、ロムとホドは起きたばかりのようだ。


「キル君、どこに行っていたのじゃ? 東から飛んできたようじゃが」


 体をほぐしながら聞くロムにキルが答える。


「ちょっと気になって北方民族の位置関係を偵察に……」


「気になってか…… で?」


「百キロ近く先に一軍、その先にもう二つ、合わせて三つの軍が動いているようでした。三つの部族かな?」


「百キロじゃと……騎馬なら二時間とかからんじゃろう」


「連携して動いているかもしれません」


「まあ、マルス・フランシス様に会ってみなければ依頼の中身はわからんのじゃがな」


 ロムは焦っても仕方がないと思考を一時中止する。


「ギルドに行ってみましょうか?」


「そうじゃな」


 三人は宿屋を後にしてギルドに向かう。ギルドでコンノに連れられマルス邸へ。


 この前と同じ部屋に通されマルスと対面する。


「実はな、昨日の午後スジタイ族のスジヤム族長からの使いがやってきて、降伏するか戦うかと問うてきた」


「それで指名依頼を出したんですね」


「そうだ」


 もちろん戦うと答えたから依頼を出したのは分かる。キルは朝敵情視察をしておいて良かったと思う。


「敵はスジタイ族だから、敵の戦力は八千くらいだろう」


 余裕の笑みを浮かべるマルス・フランシスを見て不安に駆られる。


「敵の戦力はそれだけですか?」


 キルは驚いて再確認する。確かに一番近くにいた軍団は八千騎くらいだろう。


 だがその向こうにあと二つの軍団が控えていたのだ。


「とりあえずはね。この近くの北方民族はだいたい三つーー」


 マルスの話を制するようにキルは言葉を被せる。


「スジタイ族、クムタイ族、ガムタイ族!」


 マルスは驚いたようにキルを見つめる。


「そ、そう。良く知っているな」


「それでーー」


今度はキルの言葉をマルスが制して言った。


「スジタイ族を殲滅してきてくれ。昨日二万でも軽いと申していたな! 嘘とは言わせんぞ!」


 マルス・フランシスがニヤリと笑った。


「俺たちだけで? 援軍なら呼んでくれとは言ったが、俺たちだけでか?」


 キルは信じられないという目でマルスを見る。


(確かに言った。言ったのはロムだが……)


「もちろん我が軍として冒険者を雇い入れたのだが? 戦争にあたっては、冒険者や国民から兵士を募るのはいつものことだろう。君たちだけで事足りるのなら君たちだけを雇うだけだ」


 得意顔のマルス・フランシスがどうだとばかりにキル達を見据える。


 キルはやれやれという表情でロムを見た。


「わしらに丸投げとは良い根性じゃな!」


 ロムが不機嫌そうに悪態をつく。だが二万でも余裕だと言った手前断ることもできない」


「スジタイ族八千を殲滅せよという依頼でよろしいのですね!」


 キルがムッとしながら確認をする。


「そうだ。八千! 軽いだろう」


 キルが苦虫を噛み潰すように頷きながら口を開く。


「報酬はいかほどいただけるのですか? 正式な依頼ということですから八千騎分の成功報酬をいただきましょう。まあ安く見積もって八千万カーネルで手を打ちますよ。同数の上級騎兵を集めるにはその倍以上かかるでしょうから!」


「く……分かった。そう考えれば確かに安いな。成功報酬だぞ!」


「その依頼、確かにお受けしました!」


 キルが踵を返して三歩歩いて振り向く。


「クムタイ族六千、ガムタイ族一万も攻めてきているようですが、そちらは含みませんよ。そちらはご自分達で対処してください。これはビジネスなのでしょう」


 キルの言葉を聞いたマルス・フランシスがガバリと席から立ち上がり、血相を変える。


 キルは掌をひらひらさせながら立ち去っていく。


「全軍出撃の容易じゃ! コンノ!冒険者をできるだけあつめよ!」


 出ていくキル達の後ろからマルス・フランシスのあわてた声が響いた。

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