187 慟哭

5日間の第5階層での狩りの後で、グラたちがパリスのクランホームに帰る日がやって来た。


キルも皆んなと一緒にホームに戻ってゼペック爺さんとクッキーの様子を確かめたい。

キルは同行を申し出る。


「俺も一緒にホームに帰ってはダメですかね?」


メンバーの視線がキルに集まった。

予定ではキルはダンジョンに残るはずになっていた。


「突然何を言うの。どうかしちゃったの?」

サキが目をまん丸にして驚く。

そんな事をすれば騒ぎは大きくなるばかりだ。


姿を消して捜索の手掛かりを無くすことが大切なのに目撃情報が飛び出したらまた捜索者たちは勢いづいてしまう。


「いえ。ただゼペックさんが心配で。」


「ゼペックさんが心配ならキル君はここに隠れていないといけないよ。君が行ったらそれこそゼペックさんに迷惑がかかるから。」

グラがキルに諭すように言った。


「そう・・・ですよね。」

キルがうつむいた。


「大丈夫じゃ、わしらに任せておけ。」

ロムが胸を叩く。


そしてレスキューハンズのメンバーはパリスのクランホームに戻って行った。

キルは皆んなを見送り後悔するのだった。


(俺があんなに早く戻って来なければ、きっと今頃俺を探す事を諦めていただろうに。

どうしてあんなに帰りたくなってしまったのだろう。どうしてもっと長く隠れていなかったのだろう。)


それはホームシックというものだという事にキルは気づかなかった。


それからキルはいつものように第五階層にレベル上げに行くのだった。


キルは自分への怒りをぶつけるようにブルードラゴンを片っ端から倒していく。

キルの持つミスリルの剣はいつもより強く輝いてブルードラゴンを煙と魔石に変えていった。


(どうしてこんな事になってしまったのだろう!

スクロール職人がスクロールを売ると狙われるのか!

ならどうしたらよかったのか!クソ!

そりゃ良い気になって売ってしまったかもしれない!

それでも仕方ないだろう。やっと売れるスクロールができたんだから!)


キルは1日やり場のない怒りをモンスターにぶつけるのだった。


夜になるとキルはイライラして落ち着かない。

ゼペック爺さんとクッキーに何もなければ良いのだが。


(「ゴテを隠しているとお前達にも罪が及ぶぞ!って脅すんだって。」)

というモレノの言葉が頭から離れない。


もし俺の代わりにゼペック爺さんとクッキーが捕えられたらどうしよう・・・という思いが沸々と湧いてくる。


犯人を出頭させるためにその人の親兄弟のような親しい人間を捕まえて見せしめにする事はこの世界では一般的に行われる常套手段だ。


言わば人質を取るような感覚だ。

犯人が出頭するまで体罰が加えられたりするのもよくある事なのだ。


キルは自分のせいでそのような事が行なわれるのではないか・・・という不安に駆られているのだ。


キルは何も悪事を働いた事はないし、犯人扱いされるいわれはない。

だがゴテ(キル)に無実の罪が着せられて犯人扱いされているのは既にわかっている。


そうなるとゼペック爺さんが人質にされる可能性は決して低くないと思えるのだった。



キルの気持ちはゼペック爺さんのいるパリスの方向を向いていた。

そのためか、第3階層のいつもの野営地点にグラ達の気配を感じ取ったのだった。


今朝パリスに向かったグラ達の気配が有るのはおかしい。

だがパリスに何かがあって急遽引き返して来たという事も想定できるのだ。


まさか!という思いを抱えながらキルは第3階層の野営地に急いだ。


まさかと思った気配はやはりグラのものだった。

野営地にはレスキューハンズのメンバーが戻って来ていたのだ。


キルは走り寄って声をかけた。

「グラさん!何かあったんですか?」


グラは振り向いて突然現れたキルに驚きながら言葉に詰まった。

ロムもホドもサキもキルに気が付いて振り返る。


「キルさん」

「キル先輩」

クリスとケーナが走り寄る。


その目には哀しみの色が浮かんでいた。


エリス、ユリア、マリカ、ユミカ、モレノ、ルキアも悲しそうな顔で歩み寄る。


キルはゼペック爺さんとクッキーに何かあった事を理解した。


「キル君、落ち着いて聞いてくれ。」


「はい。大丈夫。落ち着け、大丈夫。はい。詳しく話してください。」


「ゼペックさんとクッキーちゃんが連れて行かれた。

連行されたと言ったほうが良いか。」


「うおおおおーーー」キルがさけぶ。


「落ち着いて。落ち着いて。」

グラはキルを抱きしめ押さえ込んだ。


キルの恐れていた事が現実になってしまったのだった。

キルの頬を涙が流れた。

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