第17話 補足

 馬原は、話の途中から気になっていたことを切り出すことにした。

「ちょっと、納得いかないね。

 だって、エレベーターで君と一緒に下りてきた男たちはどうなんだ?

 犯行現場のある五階では乗らなかったけど、もしかしたら、途中まで階段で下りて、気が変わって、エレベーターに乗り換えたってことだってないわけじゃないだろう?

 だとしたら、ゴミ箱の撤去までに間に合うはずだ」

「いいえ、彼らは、犯人ではありません」

 流藤は平然とした面持ちで切り返した。

「まず、三階で乗り込んできた外国人ですが、僕が図書館の前で、自分の代わりに本を借りてくれ、と頼まれたとき、最初は僕と同じように返却期限を延滞しているのだろうと思いました。

 けれど、その後で、目当ての本が図書館にあるかどうかだけでも確認してくれ、という意味の発言をしていたことを後から思い出したとき、僕は自分の勘違いに気づきました。

 延滞した日数分、本を借りることができないのは確かですが、なにも図書館に入れないわけじゃない。

 中に入れば、蔵書の確認はできる。

 あの外国人が、蔵書の確認すら誰かに頼まざるを得なかったとすれば、つまり彼は図書館に入館する資格すらなかったことになります。

 このことを裏付ける出来事がありました。

 後日、あるものの『発行』のために、三千円を支払おうとする姿を見かけたのです。

 大量のコピーを頼んだのでしょうか。

 でも、コピーに対し、発行、という表現は使いません。

 ごく自然に考えればいい。

 つまり、外部の人間が図書館に入館できるカードを発行するための登録料を支払うところだったのです。

 つまり、彼はこの大学の学生ではない。

 登志谷さんは、他学部の人間と会う、と話していたのですからあの外国人は犯人ではありません」

「じゃあ、四階で乗ってきた男はどうなんだ?」

「彼も違います。

 そもそも、殺人事件のすぐ下の階で煙草を吸うなんてことは心理的に考えにくいですよね。

 しかも、凶器を持ったまま慌てて逃げ出した犯人がね。

 でも、まあ、それは置いておきましょう。

 さて、あの灰皿には煙草の吸殻が二本重なって捨てられていました。

 当然ながら、二本のうち、上にあった煙草が後から捨てられたことになります。

 その煙草の吸殻は、マイルドセブンのスーパーライトでした。

 そして、エレベーターに乗り込んできた男が、そのとき口にくわえていた煙草も、同じくマイルドセブンのスーパーライトでした。

 つまり、彼はすでに一本目のマイルドセブンを吸い終え、二本目に火をつけようとしたところだったのですよ」

「でも、マイルドセブンのスーパーライトなんて、ありふれた銘柄じゃないか。

 別の人間が吸ったものかもしれないじゃないか」

 馬原は相手の弱点をついたつもりだったが、流藤はそう指摘してくれるのを待っていたとばかりに、したり顔でうなずいた。

「ああ、なるほど、確かに。

 その点については、僕は先ほどちょっと意地の悪い表現を使ってしまいました。

 下の吸殻の上には、マイルドセブンのスーパーライトに加えてマッチ棒がのっていたことも話しましたね。

 もちろん、そのマッチ棒は、上の吸殻を吸うために使用したことになります。

 なぜなら、マッチ棒が捨てられるのは煙草に火をつけた後で、さらにその後で吸殻を捨てるわけですからね。

 逆に言えば、吸殻を捨てる前にマッチ棒は捨てられるわけです。

 ですから、もし下のタバコを吸うためにマッチ棒を使用したのであれば、そのマッチ棒は、下の吸殻のさらに下に重なっているか、あるいは重なっていないとして、下の吸殻と同じ、灰皿の底面に捨てられているはずです。

 しかし、そうはなってはいませんでした。

 順番としては、まず下の吸殻が捨てられ、その後、上の煙草に火をつけるためのマッチ棒が捨てられ、最後に上の吸殻が捨てられたことになるわけですよ。

 つまりマイルドセブンのスーパーライトを吸った人物は、マッチ棒を使ったことになる。

 さて、マッチ棒を使うなんて、今時、かなり珍しいと言えるでしょうね。

 一方、あの男が、ジーンズのポケットから煙草のボックスケースを取り出す直前、ちょうど火をつけようとしているところだったことは言いましたよ。

 、でね。

 もしライターを使ったのであれば、室内である以上、火をつけるのに片手で済むはずです。

 つまり、あの男は片手でマッチ箱を持ち、もう片方の手でマッチ棒を持ち、両手を使って煙草に火をつけようとしていたのですよ。

 であれば、灰皿に残っていた上の吸殻を吸ったのも、彼に違いありません。

 煙草を根元あたりまで吸うには、まあ、三分ほど必要でしょうから、さらに犯行現場から四階への移動を考えれば、時間的に見て彼も犯人ではありえないのです」

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