第14話 対決
馬原は一昨日会った流藤と再び顔を合わせることになった。
午後七時をまわって夜を迎えた立心館の人影もまばらになったエントランスで、中央の太い柱にもたれかかった流藤が待ち構えていた。
まるで待ち合わせの約束をしていたかのように、馬原は流藤のもとへ歩みより正対すると話の続きを促すように黙って相手の顔を見つめた。
流藤も臆せず見つめ返してくる。
しばしの静寂。
この頃には、馬原は日常の自分を取り戻していた。
どんな切迫した気持ちがあるのかまるで理解できなかったが、執拗に追い回してくる、この孤独そうな推理小説の探偵まがいの行動に酔っているらしい目の前の男が、なんとも哀れにも思えてくるのだった。
「前置きはいりませんよね? さっそく本題に入りましょう」と流藤は快活に言い、事件の日以降、自分が見聞きしたことを詳細に語り始めた。
「さて、この前お話ししたとおり、犯人が立心館を抜け出した時間帯についてはかなり絞り込むことができました。
つまり、犯行時刻の午後二時二十八分から、ゴミ箱が撤去される午後二時三十一分五十秒までというごく短時間であることが導き出されたわけです。
では、次に、犯人の逃走経路は、どちらだったのでしょう。
つまり、エレベーターなのか、あるいは階段なのか。
僕はまず、エレベーターの可能性から考えてみることにしました。
僕もちょうど犯行が行われたころ、そのエレベーターで六階から乗り、一階に下りたところでした。
そのときは犯行現場のある五階からエレベーターに乗った人物はいませんでした。
もし犯人がエレベーターを利用したとすると、それは僕が乗る前なのか、それとも下りた後なのか?
このことを考えるにあたって、僕はエレベーターに何度も乗って時間を計ってみたのです。
途中で止まらずに上昇あるいは下降したとして、上昇・下降の区別なく、結果は次のとおりでした。
五階分の移動なら十六秒。
四階分なら十四秒。
三階分なら十二秒。
二階分なら十秒。
一階分なら七秒。
もっとも、少数点以下の秒数までは計測していませんので、この秒数にはいくらかの幅があります。
例えば五階分の移動は、十六.00秒から一六.九十九秒までの幅があるわけですが、この誤差については、今から僕が申しあげる推理には特に影響がありません。
そのことは僕の推理が進んでいくにつれて、いずれお分かりになることと思います。
そして扉の開閉については、扉が開いた後にすぐ『閉』のボタンを押したとして、七秒かかることがわかりました。
さらに、エレベーターの扉が開いた瞬間に走り出し、凶器が捨てられたゴミ箱にたどり着くまでは九秒かかることがわかりました。
これらのことは推理を進める一つの材料にはなりましたが、目の前にぶら下がっていた重要な手かがりを見落としていたため行きづまってしまったのです。
まったく、僕は間抜けでしたよ。
それが何か、おわかりですか?」
馬原は何の反応も示さなかったが、一向に構う様子もなく流藤は続けた。
「それは、音、なんですよ。
昨日僕は、ここ立心館の一階ホールにいました。
時刻はちょうど午後二時三十分。
そのときに、ある音が高らかに鳴り響いたのです。
もったいぶった言い方をしましたが、もうお分かりですよね?
そう、それは授業の終わりを告げるチャイムの音だったのです。
もちろんチャイムは平日、休日に関わらず、定刻に鳴るようになっています。
僕はあの事件が起こった日も、六階でエレベーターのボタンに触れた瞬間、チャイムの音が鳴り始めたことをようやく思い出したのです。
その時刻はきっかり午後二時三十分00秒だった。
これで、僕の推理は大きく前進することができました」
「なんで?
それがわかったからって、エレベーターに監視カメラがあったわけじゃないんだから、あの時間帯に誰が乗っていたかわからない。
容疑者を限定することなんて、できるはずがない」
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