第11話 探偵活動 一日目~二日目
小説に没頭していた洪作が読み疲れて休憩していたとき、偶然耳にした隣の会話は運命の啓示であるように思えた。
馬原と呼びかけられた男、彼はウソをついている!
ということは、もしかして、彼が犯人なんじゃないか?
現実に探偵活動ができるときが到来したんだ!
そう、あの名探偵エラリー・クィーンのように。
迷うことはなかった。
洪作は、談話室をひとりで立ち去る馬原の後をこっそりつけていき、喫茶店を出たとき突然話しかけてみた。
その会話の内容に満足しながら、早足で立心館に戻ると階段で急いで四階に駆け上がった。
あれから時間は経過していたが、灰皿は幸い以前のままの状態だった。
下の吸殻の上に、もう一本の吸殻とマッチ棒が載っている。
下の吸殻はほとんど吸われていない状態だが、上の方の吸殻は根元近くまで短くなっていた。
上にのった吸殻を手に取ってみると、ちょうど銘柄の印字が始まる部分までの長さしかなく、その青いアルファベット文字が「MILD SEVEN SUPPER LIGHT」であることを読み取ると、期待感を込めた表情でひとりうなずき再び階段で一階に下りた。
そのまま立心館を出て、うっかりして貸出期限をとっくに過ぎた研究書を返却するために図書館に足を向けた。
延滞した日数分は借りることができなくなってしまうという規則を思い出し、少し憂鬱な気分になる。
図書館の自動ドアの前で、突然話しかけられた。
「スイマセン、チョット、オネガイガ、アルノデスガ」
その男は紛れもなく、先ほどエレベーターで乗り合わせた外国人だった。
「ワタシ、イマ、ホンヲ、カリレナイノデス。カワリニ、カリテキテ、クレノマセンカ」
割と流暢な日本語なので、相手の言いたいことは理解できたし同類だなと同情する気持ちもあった。
だが、普段から見知らぬ人間と話すのは大の苦手だし、ましてや外国人となればいっそうの気後れがした。
返却期間を守らないのは自業自得だろうと思い、無視して図書館へ入る。
自動扉が閉まるとき、「ソノホンガ、アルカダケデモ・・・」という未練がましい声が背後で聞こえた。
遅れた旨を丁重に謝りつつ、本をレファレンスカウンターの職員に手渡した洪作だったが、やはりペナティーを言い渡された。
何も借りずに図書館を後にすると、洪作は真っ直ぐ一人暮らしのアパートに帰った。
その夜、布団にくるまりながら明日はどうしょうかとあれこれ考えているうちに、いつのまにか眠りにおちていた。
それは、しばらく前、研究論文が最終選考に残ったことを知った以来の安らぎに満ちた深い眠りだった。
次の日。
珍しく早起きした洪作は、テレビの報道で事件のおおまかな内容を知ることはできたが、推理を組み立てるにはあまりにもデータが不足していた。
そこで、キャンパスに出かけ、図書館で各社の新聞に細かく目を通してみたもののやはり目ぼしい情報は得られない。
仕方なく洪作は、主に経営学部の授業を開講している清明館で待ち伏せを試みることにした。
登志谷が所属していた学部の教員なら、事件の詳しい内容を警察から知らされているに違いないと思ったのだ。
手当たり次第に教員と思われる人物にいきなり声をかけてみるのだが、当然のことながら、あからさまに不審がられるだけで、話し相手になってもらえない。
「人として恥を知れ!」と罵られることさえあった。
夕方まで食事抜きで出入り口にじっと立ち続けていたが、収穫はなかった。
洪作は深く打ちのめされた気持ちになり、すごすごと図書館に戻った。
ふと、一階に設けられたメディアルームでならインターネットの利用が可能であることを思い出した。
パソコンを所有していない洪作は操作の仕方を職員に教えてもらいながら、なんら期待せずに検索していくと、あっけなく求める情報にたどりついた。
それは、経営学部の学生が制作しているサイトで、教授連と懇意にしているため詳しい内容を教えてもらうことができたようだった。
洪作はなんだか拍子抜けすると同時に、今日一日の行動を振り返ると虚しさを感じずにはいられなかったが、推理に必要な手がかりがあるに違いないのだからと気を取り直し、パソコンの画面に向かう。
そこには、様々な細かい情報が書き込まれていた。
登志谷はブロンズ像の試作品を友人から手渡されとき、その友人に「この後、他学部の学生と会う予定だ」と話したが、その学生の名前は口にしなかったこと。
犯人は正面口、裏口のいずれかから逃走したことになるが、裏口は壁面の改修工事中で絶えず作業員の監視下にあり、犯行時間の少し前から凶器がゴミ箱から発見されるまで、誰も裏口を通った者はいないと証言していること。
逃走経路は正面口に絞られることになるが、それぞれ一箇所設置されているエレベーターであるか、あるいは階段であるかは不明であること。
犯行当時、立心館の中にいた人物については現在調査中であるが、ただちょうどその頃、学内の特別任用教授すなわち定年退職後に再雇用となった大ベテランの教員六名が立心館の三階でたまたま勉強会を開いていたため、当初は一応容疑者と目されていたが、全員のアリバイが確認されたことなど。
洪作は必要な部分を印刷しメディアルームを出た。
出口に向かう途中、レファレンスカウンターで、昨日出会った外国人を見かけた。
「それでは発行しますので、三千円になります」と職員に声をかけられ、ジーンズのポケットから財布を取り出すところだった。
洪作は何となく気まずい感じがして、見つからないように顔を背けながら早足で通り過ぎ図書館を後にした。
アパートに戻ると印刷した資料を何度も読み返してみたものの、そう簡単に推理の糸口が見つかるわけではなかった。
日中の行動による疲労もあり、洪作としてはいつもよりだいぶ早い時間、午後十一時には眠りについた。
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