第5話 その後の経過
事件についての報道や周囲から自然と集まってきた情報は、当然ながら馬原がほとんど知っている内容ばかりだった。
午後四時頃たまたま五〇三号室を通りかかった学生が死体を発見したこと。
発見された男の名前は登志谷康夫で、経営学部の二回生であること。
死亡時刻は午後二時三十分頃であること。
現場の床には、被害者のバックやペットボトルが転がっていたこと。
凶器と思われる巾着袋が、友学館の入口脇のゴミ箱から発見されたこと。
その巾着袋の表面が拭われた形跡があったことなど。
新しい情報も、いくつかあった。
登志谷が腕に身に付けていたアナログ時計が壊れ、午後二時二十八分で停止していたこと。
巾着袋の中身は人型のブロンズ像で、大学祭の実行委員を担当していた登志谷が、ミスコンテストの優勝者に渡す像として芸術系大学の彫刻科に所属している友人に依頼した作品の試作品であること。
また、凶器は、学内広報誌「カレッジ・ダイアリー」が覆い隠しているかのように、そのすぐ下から、巾着袋とブロンズ像が分離した状態で発見され、ブロンズ像の底部に貼られた「試作品」というインクの文字が滲んでいたこと。
その像には、登志谷とその友人の指紋のみが付着していることが確認されたこと。
馬原は事件の当事者や参考人として、警察から事情聴取を受けることはなかった。
馬原と登志谷の接点はおそらく誰にも知られてはいないはずだし、立心館のエレベーターやその他の場所に、監視カメラが設置されていないことはわかっていた。
ブロンズ像のインクの文字が滲んでいたとしても、それは、雨が降っていた数十分の間に巾着袋が捨てられたことを示すだけで、日曜日とはいえ、人の出入りがないわけではない状況では、容疑者の存在をせばめる手がかりにはならないはずだった。
もしかして誰かに自分の姿を見られたのでは、という思いが馬原の脳裏をよぎらないこともなかった。
警察は目撃者の存在を把握しているが、証拠固めのために慎重に行動しているとか、あるいは、目撃者自身が何らかの理由で今のところ口をつぐんでいるとか。
でも、まあ、そんなことはないだろう、といたって楽観的にかまえ警察の追求は特に恐れていなかったが、それよりも流藤という何か生理的に受けつけない男の存在が気がかりだった。
あの日、流藤と別れた後、まっすぐに自宅に戻ったのだが、その途中あの男の言動を冷静に振り返り気味がわるくなったのだ。
あの男、もしかして、談話室から自分の後をつけていたのではないか。
そうだ、そうに違いない。
そう結論付けたとき、もう二度と、あの男には会いたくないと思ったのだった。
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