第四章 モラトリアムGAME
第1話 目撃
石崎綾葉は殺人事件を目撃してしまった。
文化祭を二週間後に控えた十月中旬の日曜日の午後だったが、人生二十一回目の誕生日に一人修志館五階の生命科学部の研究室でレポートの仕上げに取り組んでいた。
一段落し多少の充実感に浸りながら帰り支度を終え、なにげなく机から目を上げたとき、南門からキャンパスの中央を貫く歩道に面した向かいの立心館の、同じく五階の光景が目に飛び込んできた。
それは、小教室の五〇三号でひとりの男が襲われている瞬間だった。
その男の首につかみかかっている獰猛な獣のような姿に、綾葉は見覚えがあった。
あれは、そう、社会学部の三回生で馬原、たしか馬原進太郎さん・・・
劣勢に立たされたもうひとりの方は、名前はわからないが、言葉を交わしたことのある顔見知りの男だった。
綾葉は、ただ呆然とごく普通の日曜日に突然飛び込んできた場面を眺めるしかなかった。
心の準備をする間もなく無理やりに見せられてしまった殺人。
人の死をまのあたりにするのは、初めての経験だった。
どれほどの時間が経過したのかはわからない。
気が付くと、綾葉は教室の扉を乱暴に開け放っていた。
とんでもない瞬間を目撃しちゃったかも。
反射的に部屋の隅に身を潜めたから、向うには見られていないはず。
それにしても、せっかくのバースデーにこんなことって・・・
明らかに自分と年齢の違わない人間が犯した殺人という忌まわしい行為に、頭の中が何だかぼうっとして混乱を極めていたが、その精神状態に体も敏感に反応したのか、普段なら絶対にしないようなこと、廊下を走り、駆け足で階段を下り、そのままの勢いで修志館を飛び出した。
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