第21話 洪作の告白
洪作はさしたる目的もないままに早足で歩き続けた。
悲しいような悔しいような両者が混ざり合った感情が洪作の胸中を締めつけ、自然とまぶたにうっすらと涙がこみあげてくる。
二人の洪作への敵意の正体には気づいていた。
嫉妬に違いなかった。
恋愛感情や探偵的才能に関する嫉妬、その嫉妬が容赦なく自分を痛めつけている。
洪作はそう確信していた。
うつむきかげんで立心館に沿って角を曲がった洪作は、曲がりざまに向こうから歩いてきた人物と衝突してしまった。
「す、すいませんでした」
泣き顔を見られたくなくて、相手の顔をろくに確認せずにすれ違おうとした洪作は、懐かしいような、そしてずっと恋焦がれていたような柔らかな声に思わず立ち止まった。
「洪作くん、どうしたん?」
さっと視線を上げたその先に、綾葉がたたずんでいた。
心配そうな表情を浮かべた綾葉の透き通るように白くて細い右手は、洪作のシャツの袖をそっとつかんでいた。
「・・・」
洪作は何か言おうとしたが、発すべき言葉がとっさには出てこなかった。
綾葉を目にした瞬間にわき上ってきた大きな感情を的確に表現する自信がなかったのだ。
今や負の感情は跡形もなく消え去り、かつて経験したことのないうずくような喜びに全身が包まれていた。
数瞬であったかあるいは数秒であったか、綾葉から片時も目をそらすまいと見つめる洪作のそばを他人が通り過ぎていくのが、まるでモノクロのサイレント映画のスローモーションを見ているように感じられた。
洪作は必死の思いで、今自分が持て余している感情を言葉にしようと格闘した。
そして、ついに見つかった。
それは、今この瞬間にたどり着いた答えであるようにも、ずっと前から用意していた結論であるようにも思えた。
「付き合ってください、大好きです、」
「うん、わたしも」
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます