第17話 再び洪作の推理

「これから、どうするの?

 原稿はなくなっちゃったけど」

 すでに永井は寺石荘を後にしていた。

 永井が去った後、しばらく二人とも口を開かずに、洪作はタバコをぷかぷかとふかし、哲也はじっと目をつぶって瞑想にふける様子だったが、やがて洪作が言いにくそうに哲也に問いかけたのであった。

「どうするって言われてもなあ。

 もう、どうにもならんからなあ。

 目くじら立てて永井を糾弾するのも、なんかバカバカしい気がするしなあ。

 犯人はわかったんだから、それでよしとするさ。

 今年はいさぎよく締めるよ。

 でも、プロットは俺の頭の中にちゃんと記録されてるからさ、じっくり書き直して来年また応募する。

 素晴らしい作品だったら、いつだって通用するはずだからさ」

 ふっきれたように、張りのある力強い声で哲也は言った。

「それよりさ、どうして永井さんが以前この部屋に住んでいたとわかったんだい?」

「うん、ちょっとしたきっかけからだよ。

 以前から気になっていたんだけど、セールスマンや新聞配達の勧誘なんかが来ると、大家さんは容赦なく追い払ってしまうのに、なぜ新興宗教の勧誘員である永井さんだけは、ここに入ることを許されているのかというのが疑問だった。

 で、君は知らないかもしれないけど、昨日の夜、昼間挨拶した中年の男と永井さんと大家さんが談笑している場面に出くわしたんだ。

 大家さんはその中年の男と握手して、また今度来てくださいね、というようなことを言っていたよ。

 そのあと僕は、その男が昼間僕たちに親しげにわざわざ会釈してくれたことを思い出した。

 そういったことと、この寺石荘を去ったかつての下宿生たちが、社会人になっても

 たびたび大家さんを訪ねてくるということとを考え合わせると、どうもこの恰幅のよい中年の男も、そうした連中の一人であるように思われた。

 とすれば、大家さんや中年の男と親しげに話していた永井さんは、一体どういう人物だと考えられる?

 わざわざ懐かしがって大家さんを訪れてきたあの中年の男が、なぜ永井さんと親しく話しているんだ?

 積もる話もあるだろうから大家さんと中年の男の二人きりの席になるだろうに、そこにまったくの他人が加わるなんてことは考えられない。

 だから、その場に加わっていた永井さんも、その中年の男と同じく、以前は寺石荘の住人だったに違いないと考えたんだよ。

 大家さんが永井さんを無下に追い払わずに黙認していたのも、そうした理由からだったと分かった。

 それとね、永井さんに関して一つ思い出したことがあった。

 いつか永井さんが僕の部屋に上がり込んだとき、めざとく僕の本棚に入っている本を見つけたのをきっかけに、それから話が弾んだことがあってね。

 もちろん僕の本棚にあるものといえば、推理小説だ。

 つまり永井さんは推理小説に関して、僕と対等に話せるほど詳しかったんだよ。

 そして井戸田さんと年齢が近いことを考慮すると、昨日井戸田さんが言っていた推理小説好きの友人というのは、永井さんに違いないと思った。

 これで、永井さんはこの部屋の以前の住人であり、さらに推理小説に興味をもっているということがわかった。

 これは犯人の条件に当てはまる。

 だから床下の空洞をこしらえたのも永井さんであり、彼が空洞に隠したものを取りにこの部屋に忍び込み、偶然に見つけた君の推理小説の原稿までも奪っていったのだという結論に達したんだよ。

 もちろん空洞に隠していたものまでが推理小説だとは思いもしなかったけど、もし推理小説好きである永井さんが僕たちのように、あの賞に応募しようと考えていたら、偶然見つけた君の原稿も、ライバルを一人蹴落とすために、ついでに持っていってしまうこともありうると考えた。

 それで僕はこの推理の正しさを確認するために、大家さんを訪ねた。

 そのときに永井という名前を知ったんだが、大家さんは、君が入居する前は永井さんがこの部屋の住人だったと証言してくれたよ。

 これで、めでたく証明終りというわけさ。

 そのとき大家さんには、至急永井さんに連絡を取って、ここへ呼び出してくれるように頼んでおいた。

 あとは、君が実際に目にしたとおりだ」

「なるほど、そういうことだったのか。

 いやあ、今回ばかりは感服するよ。

 原稿が戻ってこないのは残念だが、まあ仕方があるまいよ。

 よくやってくれた、ありがとう」

 それは哲也の本心であって、哲也は洪作への賞賛の言葉を惜しまなかった。

 心地好い気分を味わいながら、洪作は自分の部屋に戻った。

 その日は学校へは行かずに、洪作は例によってテレビを見たり音楽を聞いたり本を読んだりして一日を過ごした。

 寝床にもぐりこんだとき、不意に今までの一連の出来事を思い出した。

 しばらくの間、暗闇のなかで天井をぼんやりと眺めていた。

 やがて目を閉じ、静かな眠りの世界に入っていった。

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