第13話 仲間割れ
「まったく、美奈ちゃんもひどいな。
僕が怪しいだなんて、あんまりだよ。
なあ、そう思うだろ?」
当然哲也も同意してくれると思ったが、哲也は相手の真意を推し量ろうとするように、両目を細めて洪作の顔をじっと見据えている。
そして、深刻な表情を浮かべながら、おもむろに口を開いた。
「オレはそうは思わないね。
美奈ちゃんの言うことは、もっともだ。
おまえが本当は犯人なんじゃないのか?」
「バカいえ!
冗談じゃないよ。
なんで僕がそんなことしなきゃならないんだ?」
すこぶる心外だという様子の洪作に、なおも疑いのまざしを向けながら、
「おまえ、本当に今まで自分が疑われたことはないと思ってるの?」
「ああ、もちろんだよ」と、強く言い切る洪作を哲也は呆れた様子で見やって、
「だって、推理小説の原稿が盗まれ、その隣の部屋には推理小説の創作に関してライバルがいるんだぜ。
そしたら、そいつがまず疑われるのは当然じゃないか。
実際に、まずオレはおまえを疑った。
おまえはライバルを失脚させようと思って、オレの原稿を盗んだんじゃないかと思ったんだよ。
おまえに助けてくれと持ちかけたのは、オレがそう言ったときのおまえの反応を見たかったからだよ。
まあ、そのときの反応からじゃあ、シロに思えたんだが・・・
でも、本当におまえの仕業じゃないのか?」
「当たり前だろ。君が僕を疑ってたなんてショックだよ」
「最初は俺のことを疑っておいて、よく言うぜ。
自分だけは絶対に信用されていると思ってたのか。
本当におまえは、おおらかというか、呑気というか、そそっかしいというか、どこか大事な部分が抜けてるよ」
「だって、僕は本当に盗んでいないんだからね。
犯人は床板の下の空洞の存在を知っていた人間なんだから。君でさえ、その存在を知らなかったのに僕が知っているはずはないよ」
「そのことなんだけどさ、床下の空洞にあった物とオレの原稿との関係を逆に考えられないかなと思っているんだ」
「逆?
それはどういうこと?」
「つまりさ、犯人は床板を外そうとしてたまたま原稿を見つけたんじゃなくて、積み重ねてあった段ボール箱を退かして原稿を見付けたときに、たまたま床板の切れ目を見つけたというわけだ。
そうなると犯人は床板が外れることを知っていた人間じゃなく、原稿のありかを知っていた人間ということになる。
おまえは偶然に見付けた床板の下の空洞から、こりや儲けたとばかりに何かを取り出したんだ。
え、何を見付けたんだ?
正直に白状しろよ。
金か?
宝石か?
それとも小判か?
はたまた人間の骨か?」
「その説明は受入れがたいよ。
いいかい、押し入れの床板にはハトロン紙が敷いてあったんだよ。
今の説だと、犯人は原稿を見つけることを目的にしていたことになるんだから、ハトコン紙をめくる必要などないはずだろ?
それに今の説だと、犯人が原稿の隠し場所を知っていたことを前提にしているけど、そもそも僕は隠し場所なんか知らないんだから。
君だって、誰も知らないはずだと断言したじゃないか。
今更その大前提を崩すのかい?」
「いや、おまえなら知っているかもしれん。
俺が原稿を隠すのを、こっそりオレの部屋の引き戸を少し開けて廊下から覗いていたのかもしれない」
「そんなことしてないって。
君だって、隠すときは慎重になるだろ?
それなら、人の気配には特に敏感になるはずだよ。
わずかな隙間だろうと、僕が覗いていたら気付くと思うね」
「それなら、例えばオレの寝言を耳にしたのかもしれん。
あの家では、隣の部屋のイビキが聞こえるくらいだからな」
「君が寝言で隠し場所をもらしたのを僕が聞いたっていうこと?
アホらしい、自分の推理に都合がいいからって、いい加減なことを言わないでよ」
「まあ確かに、原稿の隠し場所をだれかが知っていたとしない限り、この説は成り立たんからな。
ひとまず、おまえが犯人だという告発は撤回するよ。
疑って悪かった、謝る。
ごめんな。
ところでさ、おまえ、五時三十分から六時まで何をしてた?」
「けっ、疑いが晴れたんじゃなかったのかよ?
アリバイなんて特にないよ。
図書館でずっと本を読んでた」
「ふん、一応それを信じてやることにするか。
とすると、これで洪作も井戸田さんもシロということか。
もちろんオレの狂言でもない。
じゃあ、一体犯人は誰なんだろうなあ?」
完全に途方に暮れたように、哲也は呟いた。
「さあね、まったく見当もつかないね」
投げやりな口調で、洪作は本心を口にした。
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