第6話 ディスカッション②

「なるほどなあ、ふむ。

 でも、それじゃあ、犯人が物色したのは、段ボールの箱だけということになっちまう。

 他のものも物色したという可能性が生まれる説明は他にないかな…

 そうだ、じゃあ、こうは考えられないか?

 実際には段ボールを元に戻す時間が十分にあったんだが、俺が帰って来るんじゃないかと恐くなってしまって、他の物は元に戻したが段ボールだけは元に戻さないで部屋を出てしまった。

 だから俺が帰ってくる前に逃げ去ることができた」

「それは考えにくいな。

 そもそも何故物色したものを元に戻すのかという理由を考慮してみよう。

 その理由としては、物色したものを元通りにしておくことによって、何も盗まれたものはないと思わせたいということ以外に考えられないよね。

 だとしたら、犯人にしてみれば、物色したもの全てを元に戻しておかない限り、そういうふうに思わせることはできないわけだ。

 物色された形跡があるのは段ボールの箱だけだったにしろ、部屋の主は当然に何か盗まれたんじゃないかと思うからね。

 だから、君が帰ってくるんじゃないかということが気になったとしても、犯人はあの段ボールを含めて全てを元に戻しておかなければならない。

 で、犯人が物色したものを全て元に戻すことによって、何も盗まれたものはないと思わせようと意図した場合、二通りの可能性が起こりうる。

 一つは、君が帰って来る前に、全てを元に戻すことができたという場合。

 この場合は、あの五つの段ボールの箱も元の場所に戻っているはずだよね。

 だけど、実際には段ボールの箱だけは元に戻ってなかったんだから、この可能性は否定される。

 もう一つは、元に戻している途中の段階で、君が帰ってきてしまったために、あの段ボールの箱だけは元に戻せなかったという場合。

 ところが、さっきも検討した通り、その場合には、君に必ず見つかってしまったはずだよね。

 だけど、実際には、君は誰の姿も見ていないのだから、この可能性も否定される。つまり、いずれの可能性も否定されたわけさ。

 ということはね、物色したものを元に戻すことによって何も盗まれてはいないと思わせるという犯人の意図はなかったということになるよね。

 もし、そんな意図があったなら、今挙げた二つの可能性のうちのどちらかが、実際に起こってたはずだもんね。

 ということは、つまり、犯人には物色したものを元に戻すという意図はなかったわけだ。

 この場合にあてはめれば、現に元に戻されていなかったあの段ボールの箱だけを、犯人は物色したことになる」

「でもさ、そうなると、さっきも言ったように、犯人は原稿があの段ボールの箱の下にあることを知っていたことになる。

 でもオレは誰にも教えていないんだぜ」

「ところで、MGに行く時は、いつもみたいにジャージ姿で行ったのかな?」

「ああ、そうだよ、いちいち着替えるのは面倒だからね。

 ちょっとした用事で外に出る時なんかは、いつもそうだ」

「あらかじめ犯人は、君が近所にいくときはカギをかけないことぐらいは知っていたんだろうね。

 犯人はこの家を見張っていてそうした瞬間を待っていた。

 だから、犯人は君がジャージ姿で歩いて出掛けるのを見ていたに違いない。

 それならば、君がすぐに戻ってくるだろうことは予想できたはずだ。

 それを知ってて、なおかつ部屋に侵入したということは、短い時間で用が足せることを分かっていたとしか思えない。

 こういうことからも、やっぱり犯人は隠し場所を知っていたとしか考えられないんだけど・・・」

「でも、本当に誰にも教えてないんだ。

 これは確かなんだ」

「それは絶対に確かなこと?

 本当に誰にも教えてないの?」

 言下に哲也は何度も首を縦に振った。

「ああ、絶対に間違いない。

 おまえにも教えていないし、他の誰かにも教えていない」

「たとえ隠し場所を知らないとしても、あの場所にあると予想することはできないかな?」

「そりゃあ、無理だよ。

 あの部屋に隠し場所なんて無数にある。

 机の引き出しかもしれんし、本棚かもしれんし、あるいは収納箪笥の引き出しかもしれん。

 絨毯の下だってこともありうるし、押し入れの布団と布団の隙間かもしれんし、段ボール箱の中かも知れないんだぜ。

 段ボールの箱だって、五つぐらいずつ積み重ねたものが幾つかあったんだからさ。

 それなのに、押し入れの隅に積み重ねてあった段ボール箱と床板の間に挟んだなんて予想できるわけないよ」

「そうだよな、でも、とにかく、あの場所に一直線に進んだことは確かなんだし」

「でも、オレは隠し場所を誰にも教えていないし、隠し場所を予想できたはずもないんだから」

「こうなると、大きな矛盾が発生するのを認めるしかないみたいだよ。

 部屋の中が荒らされていないということは、犯人は真っ直ぐに押し入れに向かい、ためらうことなく押し入れの隅に積み重ねてあった段ボールの箱を一つずつどけ、そして一番下の段ボールの下から、原稿を見つけだしたということになる。

 つまり犯人は原稿の隠し場所を知っていたとしか思えないんだよ。

 でも、隠し場所は誰にも教えていないと言うし、誰も予想できたはずがない。

 この矛盾をどう解釈するかだね」

「まったく、わけがわからない。

 盗んだお方にお尋ね申し上げるしかないようだな」と、自棄気味に哲也は言った。


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