3.緒
――――球体の蓋を開け、君は彼を注いだ。ボトルから溢れるのではないか、というほど注いだ。幸いにもボトルの底には穴があり、向こう側のタンクか何かに通じているようだ。彼が溢れだすことは無かった。
彼のスピーカーからはなんの音もしなくなった。君はむしろ達成感を覚えた。鍵が開いたような音がしたので、君は扉を三回ノックし、押してみる……。
やはりね、君ならそうすると思った。なぜなら僕だってそうするからね。
ああ、びっくりしたかい? 僕はびっくりしなかったよ。君はここに来るだろうって予測できていたからね。そう、僕が研究者だ。そういえば、彼は何も抵抗しなかったね……いや、できなかっただけか。機体も中身も劣化していたからねえ……大丈夫、君が何もしなくてもどうせ死んでいたさ。
さて、本題だ。君には次の研究者になってもらう。うん、とてもびっくりしているね。無理もない。君には記憶がないんだからね。だけれど君が僕の後継であることに変わりはないよ。長々と説明するのもあれだけれど……うん、説明させてもらおう。
まず第一に、君は僕のDNAから作られたコピー的存在だ。ふふ、驚いているね。君と僕は全然似ていないしね。でも他人のDNAも含まれているからそれは当たり前だろう? 必ず僕だけに似ているとは限らないからね。
ただ君に僕の記憶が引き継がれなかったのは大誤算だったよ……うん、まあいいとしよう。君の次は女の子がいいかな……うん。そう設定しておこう。
……もしかして君、まだ僕を疑ってるのかい? じゃあ考えてもみてくれよ。君の頭の中に響いていただろう?
――――僕の声がね。
ふふ、君が普通の人間なら彼を犠牲にこんなところには来ないし、そもそも彼と会うことだってないだろうよ。全ては僕の祖先たちからずっと、君の血にまで刻まれた知的好奇心のせいだろうね。
テレパシーみたいなものさ。僕と君は普通ではありえないほどに濃く繋がり合っているんだから。そのくらいの意思疎通はなぜかできてしまうというわけだ。……納得がいっていないみたいだね? うん、君はちゃんと賢いね。だってこのくだりは嘘だし。
知的好奇心の話はだいたい真実だ。でも、血の繋がりだけを理由にテレパシーが〜なんておかしな話だろう? 疑う心のある子で安心したよ――――と言うと、うん、僕は最初から疑われっぱなしで悲しいけどね。
ちなみに正解は、君のボディにちょっと細工をさせてもらった、でした~。君のほんの少し溶けてしまった身体の一部から音声を流し込んでいたわけだ。ふふ、納得したかい?
ということで、早速だが君の身体を検査させてもらう。最新型のボディがしっかりと馴染んでいるのかどうか、確かめたいんだよね。そうすることで人類も救えてしまうんだよ……というのは大げさだけれど、間違ってはいないからそう疑いの目を向けないでほしいかな。
検査と言っても簡単だ。あの機械に入ればいいだけなんだから。ほら、見てごらん。
――――君はやけにシンプルなその機械を見つめた。ふふ、どうだい? 案外良いデザインをしているだろう? ……そう不満そうな顔をしないでくれよ。もしかして君は黒のほうが好きだったりするのかな? うん、今回は白で我慢してもらおう。
さて、君はどうする? 僕を疑ってこの機械には入らない? それとも――――
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