第10話 戦争

 「【蒼炎刀、七の太刀、蒼蓮爆炎斬そうれんばくえんざん】!」


 「喰らうか! 【ファイアバード、ファイアスクリーム】!」


 「ちょっとー! 2人とも傷だらけじゃない! もうやめなさい! ほら、回復してあげるから【ヒール】」


 みんなの声が聞こえる。


 そうか、やっと現実世界で眠りにつけたか。


 体の感覚的に熱も下がってる。


 それもこれも姫野さんのおかげだな。


 ゆっくりと瞼を開けると、薄汚い天井が目に映る。


 ここは龍雷たちがずっと使用している宿で、王都から少し離れたところにある。


 周りには森と草原しか見えず、泊まりに来る客も龍雷たちしかいない。


 宿主はもう歳なので死ぬまで宿を続けてくれるそうだ。


 龍雷たちは宿の外で対人型の訓練をしているのだろう。


 俺が書いていたラノベの中でも龍雷と響の闘いが徐々にヒートアップしていき、冬香に怒られると言うのがテンプレのようになっていた。

 

 「俺も参加しよーかなー」


 数日後には迷宮学園の入学試験がある。


 少しでも強くならなければならない。


 それに、この前の一件で【冷氣】という【氣】の派生スキルを得た。


 まだ使ったことがないから使ってみたい。


 俺は宿を出て龍雷たちの所へと駆けつけた。


 「おお! 大和! 体調は大丈夫か?」


 「うん、大丈夫だよ」


 「大和君、すごい熱出して倒れちゃったもんね」


 「え? そうなの?」


 「覚えてないのかよーここまで運ぶの大変だったんだぜー!」


 「あ、ありがとう」


 まさかそんなことが起きていたとは、


 「大和も訓練参加するっしょ!」


 響は当然かのように俺を輪の中に入れてくれる。


 「じゃあ参加しようかな!」


 みんなで訓練を再開しようかと考えていた瞬間、龍雷の持っているテレがなった。


 テレというのは現実世界の携帯電話のようなものだ。


 とは言っても通話以外に便利な機能はなく見た目も野球ボールくらいの大きさの黒い球だ。


 電波の代わりに魔力を用いている。


 これはギルドと冒険者との間でしか連絡が取れないので、ギルドで何かあったのだろう。


 「はい、こちら龍雷です」


 〔あぁ、龍雷くん、戦争よ! 隣国のラザニールが攻め込んできたの! 後ほんの数時間もしたら王都まで来ちゃう! 緊急指令よ! 今すぐに王都まできて、みんなと一緒に! 戦力が足りなすぎる。お願いね……〕


 その一言と共に通話は途切れる。


 戦争?


 そんなもの俺のラノベには単語すら出てこない。


 また俺の知らない所で何かが起きている。

 

 王都【クライズオリジン】をはじめとするこの国は、平和主義で戦争は好まない。


 王族であるクライズ家の人たちも温厚で良い人ばかりだ。


 間違いなく仕掛けられた側だ。


 「ここから王都まで走ったら1時間以上かかっちゃうよ!」


 「冬香は身体強化をみんなにかけて、響は鳥のスキルで飛んで、大和は限界突破して、俺はいろんなスキル使って冬香を担ぐ。これで全力出したら10分で行ける!」


 確かにその方法をフルで活用するなら普通に走る10倍くらいのスピードが出る。


 10分なら限界突破2%も耐えられるはず。


 「それでいこう!」


 俺たちは全速力で王都を目指した。


 「はぁ、はぁ、なんとか間に合ったね!」


 「はぁ、はぁ、うん!」


 全員で協力し、ものの10分で王都まで辿り着くことができた。


 「とりあえずギルドに向かおう!」


 ギルドまでの道のりでは人を1人も見かけなかった。


 全員避難が済んでいるのか。


 いつも活気付いている王都が静かなのは落ち着かない。


 ギルドの前に到着すると、そこには数々の冒険者が集まっている。


 俺たちは入り口から10メートルほど離れた所で待機することにした。


 少し待っていると、周りがガヤガヤし出した。


 「おい、あれ国王様じゃないか?」


 「え? 本当だ!」


 他の冒険者たちの声に反応して、目線の先を辿ると、そこには紛れもない、国王ハルトル・クライズが歩いている。


 ハルトルはギルドの入り口の前に立ち声を上げた。


 「今この国は攻撃されておる。国の端の方はもう攻め込まれてしまった。なるべく多くの人を救う為、一刻も早くこの戦争を終わらせたい。敵も味方も、多くの命が犠牲になるだろう。奪うか奪われるか、どっちが良いかは分かってるな。私たちは戦争になるようなことは何もしてこなかった。一方的に攻撃されている。この国には迷宮学園や唯一のダンジョンが存在する。今、この国の一番の戦力である者たちはダンジョンの中にいる。この国の総戦力の2割程しか地上にいない。だが、無謀な戦争だとは思っていない。お前たちを信じてる。以上だ。」


 長い演説の後、冒険者たちからは拍手が起こった。


 国王が言った通り、この国は戦力のほとんどをダンジョン攻略に当てている。


 ダンジョンのモンスターは狩っていかないと地上にまで被害を与えてしまうからだ。


 冒険者達の【氣】を読む限り、強い人が少ない。


 龍雷たちが1番力を有していると思う。


 そう、俺たちが前線で戦わなければこの国は負ける。


 俺はそれを龍雷たちに伝えた。


 「そうか、じゃあ頑張らないとな!」


 「そだな!」


 「うんうん!」


 「え? 何でそんなにテンション高いの? 戦争だよ、戦うんだよ? 緊張しないの?」


 これは疑問だ。


 龍雷たちは日本人で人を殺すことに抵抗があるはずだ。


 「まぁ、一種の訓練だと思えば良い。それに、前に戦った悪魔よりかは恐怖心とかないな! これは殺すか、殺されるかだ。ここは日本じゃない。俺は命の価値を平等だなんて思っちゃいない。仲間の命か、初対面の相手の命、どちらかを選べって言われたら迷わずに仲間の命を優先する。俺はこの世界にきた時大きな覚悟を決めたんだ!」


 大きな覚悟ってなんだよ……


 でも、龍雷は強いんだな。


 響と冬香もそうだ。


 「冒険者は城壁の外に出てください。あと数分で敵がきます。迎え撃ちましょう!」


 ギルド職員の声で冒険者が一斉に動く。


 城壁の外に出ると、敵の姿が見える。


 ものすごい量だ。


 敵の量はこちらの10倍程。


 俺は俺にできることをするだけだ。


 よし、戦争開始だ。


 こちらの冒険者は500程。


 対して相手の数は5000以上。


 こちらの戦力は一般の冒険者。


 対して相手は国王軍所属の騎士団。


 なぜこれだけの戦力差があるかというと、


 この国【クライズオリジン】にはダンジョンというものが存在し、多くの戦力がそこに費やされているからだ。


 ダンジョンは地下にある迷宮だ。


 例え国王に「今すぐに地上に帰ってこい」と言われても帰ってこられないだろう。


 緊急事態な為、今地上にいる冒険者を掻き集めて戦力に当てているということだ。


 しかし、勝てない戦ではない。


 龍雷たちは今の時点で相手の誰よりも強いだろう。


 勇者と共に戦う龍雷。


 相手の技をコピーできる響。


 この世界ではとても貴重な回復と付与魔法を使える冬香。


 この3人がこの戦の鍵となるだろう。


 「歳下の俺に命令されるのを嫌がる人もいるかもしれないが、俺の話を聞いてくれ!」


 龍雷が冒険者達に向かって指示を出す。


 「俺と、響と、冬香と、大和で軍の大半を潰す! 皆んなは出来れば1人で2人の相手をして欲しい! 相手は騎士団だ。魔法は得意としない! 全員で力を合わせて、勝つぞ!」


 「「「「おおーーーー!!!!」」」」


 全員の士気が上がった。


 これが龍雷の、勇者の人を引っ張る力。


 敵がどんどんと迫ってくる。


 俺たちは城壁の外の草原のような場所で迎え撃つつもりだが、誰1人として城壁を突破させない。


 相手には自分の足で走ってくる騎士や、


 馬に乗って剣を翳している騎士、


 小型のドラゴンを乗りこなして上空から迫ってくる騎士などがいる。


 何も硬い鎧を身に纏い、相当な攻撃をしなければ突破できないようになっている。


 「【氣纏】、【氣剣】!」


 俺は先の戦いで限界突破をせずとも【氣纏】、【氣剣】を扱えるようになった。


 俺は氣を察知して形造るので自然と見えてくるのだが、他の人には見えない。


 他の人からしたら、俺は丸腰なのだろう。


 【氣】を扱うには明確なイメージが必要だ。


 そこはこの世界の魔法を使う力と似ているのかもしれない。


 限界突破と共にステータスが何倍にも跳ね上がった俺には、限界突破しなくとも、並の冒険者以上の身体能力が備わっている。


 「【蒼炎嵐】!」


 龍雷が叫ぶと同時に、まだ200メートルほど離れているであろう敵軍がいる場所に蒼色の炎が竜巻のような形をして現れる。


 その攻撃に敵軍の半分が焼かれた。


 「【ファイアバード、フレイムアロー】!」


 赤く燃えたぎる炎の翼を生やした響がその羽一つ一つを炎の矢にしてドラゴンに乗った敵を撃ち落とす。


 残った敵2000程は攻撃を掻い潜り、目の前まで来た。


 「うぉらー!!」


 【氣剣】を使い、敵に斬りかかる。


 だが、斬る寸前、俺が人を殺した時の情景、あの日の光景が目に浮かぶ。


 俺はまた人を殺すのか?


 本当にそれは正解なのか?


 どうしたら良い?


 人が死ぬのが怖い。自分の手で葬ったなら尚更だ。


 「大和! 危ない!」


 冬香の声が戦地に響いた。


 ズシャっ!


 という音と同時に、両手を広げ俺の前に立ちはだかった冬香は肩から腹部にかけて敵の剣を喰らった。


 「えっ……」


 目の前で冬香が斬り伏せられた。


 俺が人殺しはいやだと躊躇ったばかりに。


 相手の命と自分の命を天秤に置いて葛藤しているうちに。


 こんなことになるくらいなら何の迷いもなく相手を殺した方がよっぽどマシだ。


 龍雷が言っていた大きな覚悟って、この事だったんだ。


 仲間が死ぬか、敵を殺すか。


 この世界では生き抜く事さえ難しい。


 この世界で仲間を守るためには、自分がどれだけ汚れようと相手を殺す。


 その覚悟が龍雷達にはあったんだ。


 俺にはなかった。

  

 だから、仲間を、この国の人達を守る事よりも相手の命を優先した。


 もちろん、誰のものであろうと命を優先するのは大事なことだ。


 だが、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの状況で同じことが言えるだろうか?


 俺も覚悟を決めなければならない。


 仲間を守るために人を己の手にかける。


 その覚悟を。


 「冬香ぁーー!!!!」


 響の声が戦地に轟く。


 足下を見ると、血に染まった服を纏っている冬香が横たわっている。


 苦しそうな顔をして意識を失っている。


 それを見た瞬間、俺の中に冷たい何かが流れ込んできた。


 【冷氣】だ。


 怒りと後悔、負の感情から生まれたのだろう。


 「【氷乱突月華ひょうらんとつげっか】!」


 頭の中に流れ込んできた技名とイメージ。


 それらを一気に放出した途端、辺り一面が緑の草原から、真っ白な雪景色となった。


 地面の至る所から氷柱のような氷の刃が突出しており、それらは見事に相手の首を貫通している。


 なぜかは分からないが味方には何一つ被害が出ていない。


 見事に俺が敵と見做したものだけを攻撃している。


 味方の冒険者は全員辺りを見渡して分かりやすく動揺している。


 俺だって動揺している。


 俺の頭に浮かんだのは氷の壁を作るだけの技だった。


 これは考察に過ぎないが、


 【冷氣】は負の感情から生まれた技だ。


 今の俺は感情が制御出来ていないから暴走してしまったのではないか?


 それよりも冬香だ。


 このままでは冬香が死んでしまう。


 「誰か、回復魔法を使える人はいませんか!?」


 龍雷の姿が見つからない。


 さっき遠くの方で戦っていたから、声が届かない所にいるのかもしれない。


 まずい……


 この世界では回復魔法を使える人がとても貴重だ。


 「はい」と回復術師が出てくるわけもなく、冬香の心音が弱くなっていく。


 「響は、回復系の何か使えないのか!?」


 「無理だ! まだその系統のモンスターは取り込んでない! 龍雷は逃げていった敵を追いかけてる!」


 そんな……


 何か冬香を救う方法はないのか!?


 俺が助ける!?


 【氣】には無限大の可能性がある。


 どうすれば冬香を助けられる!?

 

 今の冬香の容体は臓器に多数の傷があり、血をたくさん流している。


 まずは臓器の損傷を抑えなければ……


 中学校の頃、理科の先生が雑談で話していたことがある。


 臓器を−4℃に冷やすことによって細胞の損傷を抑えられると。


 一か八か。


 「【冷却】」


 全体的に冷やすと、低体温症になって逆効果だ。


 部分的に冷やす!


 血が止まり、傷の損傷が治まった。


 よし、後は血だ。


 血を流し過ぎている。


 「【氣吸】」


 手の中に吸収するイメージで!


 流れた血を集める。


 そして一気に、


 「【冷却】!」


 流れた血の中に含まれる雑菌をピンポイントで冷却させて殺す。


 「流し込めー!」


 血は戻った。


 後は傷口を塞ぐだけだ。


 いや、血を無理やりねじ込んだから、流れ出てきてしまう。


 「響! 冬香の傷口を燃やしてくれ!」


 理科でやった熱灼止血法というやつだ。


 傷口を焼いて血液を止める!


 よし! これで応急処置は出来た。


 安心して顔を上げ、目を向けた先には、


 「おーい! 大丈夫か?」


 龍雷がいた!


 「龍雷! 冬香が!」


 響が龍雷を急かして連れてくる。


 「冬香、これなら大丈夫! 俺の回復魔法で助けられる! 誰かが応急処置してくれたんだな! この応急処置がなかったら助けられなかったよ!」


 その言葉は俺を肯定してくれたようで嬉しく感じる。


 「回復魔法【ヒール】! よし、あと数分もしたら起きるだろう、大和のおかげだ! ありがと……大和? 大丈夫か?」


 あれ、龍雷が何か喋ってるのに頭に入ってこない。


 あれ、体が動かない。


 あれ、寒い。


 とにかく寒い。


 寒い、寒い、寒い寒い寒い寒い……


 意識、が……


 「大和! 大和! 大 、和 、や、ま……」


 耳が聞こえなくなってきた。


 寒いなぁ。


 俺の意識はそこで途絶えた。


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