第8話 残酷な現場
「この洞窟、長くないか?」
「うん、【氣】からしてあと1キロくらいは一本道が続いてる」
もう何分も洞窟を走り続けているのに狭くてくらい一本道が絶えない。
背伸びをしたら当たりそうなほど低い天井の至る所から、水滴がポチャっポチャっと地面へと渡る。
真っ暗な道は龍雷の光魔法【ライト】で照らしているものの、10メートルも先を見渡せば暗闇が続いている。
だが、この先に人がいることは間違いない。
なるべく急いではいるが、この狭い洞窟では上手く走れない。
ピピッ!
【氣】だ、【氣】を感じる。
危険が迫ってる。殺気を感じる。
「龍雷! 前から人が来る! 多分敵!」
「わ、わかった! アイテムボックス【剣】!」
この狭い洞窟内では派手な攻撃ができない。
崩れる可能性がある。
龍雷もそれを知っているから【蒼炎刀】のような高火力の技は放てない。
「侵入者だな! 【ウォーターボール】!」
黒いローブを纏った男が前方から水の魔法を飛ばす。
「【ファイアボール】!」
龍雷が超高温の火の玉を水の魔法に当て、蒸発させて打ち消した。
龍雷は魔法の威力、精度、バトル中の判断力、どれを取ってもとても強い。
それは龍雷の脳内で常に話している勇者サンドラの影響が大きいだろう。
サンドラは体の主導権を持っていなくても龍雷に指示ができる。
龍雷とサンドラは一心同体。
常に2人の力を合わせて戦っている。
「五の剣、
龍雷は転生者だ。
日本で死んでこの世界にきた。
龍雷は日本で生きていた頃、酷い虐待を受けてきた。
それが関係しているのか、龍雷は優しい両親を強く願った。
その願いが通じてかこの世界では優しく笑顔の素敵な両親に愛情深く育てられた。
だが龍雷の両親は優しい以上に強かった。
父は【剣聖】と言って剣のスペシャリスト。
母は【魔聖】と言って魔法のスペシャリスト。
父と母に愛情深く、強く育てられた龍雷は【剣聖】と【魔聖】の技を全て使える。
今放った技は【剣聖】の十ある型の中で精度が最も高い技だ。
その技は相手の致命傷ギリギリのラインを攻めて斬り裂く。
「ぐふっ、がはっ!」
相手の男は堪らず膝をつく
「奥には何がある?」
そう龍雷が冷たく言い放つ。
黒いローブを着てる奴らは許せないか。
俺も許せない。
響を傷つけた。
そして、この先に待っている悲鳴を聞けば酷いことをしているのはわかる。
「言うわけないだろ! あの方を裏切ることは許されないんだ!」
がじっ!
と言う音と共に男が死んだ。
なぜみんな舌を噛んで死ぬ?
あの方って誰だ?
俺が書いたラノベの世界で何が起こっている?
「龍雷、先を急ごう!」
「あぁ、」
そこから走った。
1キロほど走ったところで広いスペースにでた。
あちらこちらに魔力を注ぐことで光る【魔力光】が洞窟の中を照らしている。
「っ! ぁあ、やま、と、あれ、見ろ……」
ここまで動揺している龍雷は初めて見た。
俺は龍雷の目線の先に目をやった。
「っ!! これ、は……」
その先には………………
そこで見た景色に、思わず息を呑んだ。
50はゆうに超えるであろう、痩せこけた冒険者に、行方不明になっていた王国の人々。
女子供関係なく、そこに放られている。
その暗く悲しい表情は、紛れもなく生きることを諦めた顔であった。
「くっ!!」
こんな薄暗い、希望も無い空間で苦しんでいる人が大勢居たのに……
もっと早く、もっと急いで来ることができたのではないか……
洞穴に閉じ込められている人たちには、あちこちにアザができている。
きっと、黒いローブの奴らに対抗し、虐待されたのだろう。
「た……たす、けて……」
10歳にも満たないであろう小さい女の子が、足を引きずりながら声をかけてきた。
服は所々破れており、泥だらけだ。
目の中に希望の光はなく、表情が無い。
頬には大きなあざがある。
こんな小さな女の子を……!
許せない!!
「だ、大丈夫だよ! 俺が助けるから!」
「わた、しじゃない。あの、ひと、たちを……」
女の子が指刺す方を見る……
「っーーーー!?」
衝撃で、胃液が喉元まで上がってくる。
目の前がクラクラした。
「ぅお、おぇぇ……」
隣にいた龍雷が吐き気を覚え、膝をついている。
そこには……
腹に穴を開けられて内臓を引き摺り出されている男性。
頭をかち割られて目玉が飛び出している子供。
何ヶ所も刃物で刺された跡がある女性。
首を絞められたのか、赤黒いあざができている赤子。
見るも無惨な死体が、所狭しと転がっているではないか!
瞬時に吐き気を覚える。
こんなにもおぞましい光景を見たのは初めてだ。
脳裏に焼きついて離れない。
目を背けたくなるような恐ろしい光景。
こんな空間に、この女の子はどのくらい閉じ込められていたのだろう。
「次は自分の番かも」と怯えながら、1ミリの希望すらも抱けず、どんなにしんどかっただろうか。
残酷極まりない。
考えたくもない現実。
「な、なんで、こんなこと……」
冬香の回復魔法でも、サンドラの回復魔法でも、死体は復活できない。もう治すことはできない。
「これは……誰がやったの?」
すごくすごく怒っているはずなのだが、俺の頭はずっと冷静だ。
何か、冷たい、熱い、何かが、俺の身体中に流れ込んでくる。
前世でも今までにも、一度も感じた事の無い怒りが込み上げてきた。
「奴ら全員地獄行きにしてやる」抑えられない衝動に駆られる。
「黒い、ローブの、人たち。10人、いた。」
10人?
俺らが倒したのは合計6人だ。
アイツら以外にもあと4人いるのか……
「【ラージヒール】」
龍雷が回復魔法で応急処置をする。
「これは、酷いな……」
「うん……敵はあと4人いる。絶対に殺してやる。限界突破2%」
黒いローブの男達には独特の気配が漂っている。
【氣】で暴き出してやる!
洞穴の外に1人。
少し離れたとこにもう1人。
あと2人は、近いな、どこだ?
「死ね! クソガキ!」
後ろから声が聞こえた。
音を聞く限り、剣を構えている。
あと1秒もすれば俺に刃が届くだろう。
「【氣纏】、【氣剣】!」
なんだろう、いまなら【氣】を使ってなんでもできる気がする。
今も目に見えない剣を作り出せた。
「ぐはっ!」
弱い。
「龍雷、そっちに1人いる!」
「分かった!」
龍雷の実力はとても高いので一瞬で1人の男を切り裂く。
俺の前には俺を恐れるような、怯えているような瞳で睨んで来る黒いローブの男が転がっている。
「くっ!」
今すぐにでも殺してやりたい!
ここにいる人たちの表情を見ればわかる。
コイツらがどれだけ残酷なことをしてきたか。
「お前らの目的はなんだ? 暴力を振るわれる気分はどうだ? 今感じている恐怖心は? 生きて帰れる未来が見えないだろ?」
「なんで、子供のくせに!」
何をどう譲っても、こいつらに「生きる」という選択肢はない。
「んで? 何が目的?」
誰も口を割ろうとしない。
「その、ひと、たち、魔族の復活のため、って、言ってた。あの、お方の、復活の、ためって、言ってたの。」
さっきの女の子がそう説明してくれた。
「てめぇ! なんで言いやがった! 殺してやる!」
「殺されるのはお前らだ!」
女の子に笑顔を向けた。
「教えてくれてありがとう。君は勇気があるね! 偉いぞ!」
「う、うん。」
やはり魔族か。
とりあえずまだ生きている人を王都に連れて行かないと。
洞窟の外にいた残りの黒いローブの男は回復した響達が連れてきた。
「響、ありがとう」
「う、うん」
「お前ら、何人殺したか分かってるのか?」
「「……」」
こんな奴ら生きる価値もない。
「死ね、【氣剣】」
一瞬で首を落とす。
「や、大和……」
あれ、いま俺何した?
目の前に転がる生首をみて自分のした過ちに気づく。
ひ、人をころ、した?
怒りに身を任せて……
「お、俺、あ、ぁ……」
「大和! お前は悪くない! こんな奴ら生きる価値もないって!」
「そうだぞ大和! お前が殺してなくても俺が殺してたって!」
「大和くん! 大丈夫だよ!」
素直に仲間の声に耳を傾けられない。
冷たい何かを感じながら洞窟を出た。
その後、亡くなってしまった人たちを丁寧に埋葬し、生き残った者たちを連れて森を出た。
呻き声の正体は、黒いローブの奴らから暴力を受けていた人たちの声だった……
ギルドへ戻ると早速、
「な、何ですか!? その人達!」
ギルドの職員から質問攻めに合う。
「すいません、ちょっと今は、話せそうにないです」
黒いローブの奴らの事と、必要最低限の情報だけ言い渡して、少し離れた椅子に座った。
初めて……
生まれて初めて人の死体を見た。
耳に残る断末魔の叫び……
鼻に残る死臭……
瞼の裏に焼きついて剥がれない、苦しみに悶える人々の顔……
魔族、魔王、あのお方、黒いローブ、謎の集団…………
分からないことだらけだ。
「疲れた……」
少しの休憩の後、ギルドの職員に龍雷たちが細かいことをしっかりと話してくれた。
あそこにいた誰もが、今日のことを一生、トラウマとして抱えていく事になるだろう。
「よし、切り替えよう!」
こんなことを考えていても仕方がない。
亡くなった人たちはもう戻らない。
前を向け!
もっと強くなれ!
強くなって守るんだ!
「子供には刺激が強すぎたかもね、ごめんなさい」
「いえ、貴重な体験ができました」
ギルドの職員は俺たち4人に謝罪した。
ただ、俺の中にはひたすら、冷たい何かが流れ込んで来る。
人を殺した。
罪悪感と共に快感を感じるのはなぜだ?
殺した相手がクズだからか?
俺はこれから人殺しのレッテルを貼って生きていく。
この世界では人間同士殺し合いはよくある。
俺は殺さないと思ってたのにな。
「あは、あははは……」
『限界突破3%を獲得。ステータス大幅UP。スキル【氣】の派生【冷氣】を獲得。』
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