第6話 大和のスキル

 「う、うぅ……」


 目を開けると、そこは悪魔と戦った森の中だった。


 今更異世界に来たことに対して驚きはしないが、悪魔と戦った時の恐怖はまだ残っている。


 状態を起こし、辺りを見渡すと、龍雷、響、冬香が3人揃って寝ている。


 その横にはもう1人の龍雷、サンドラによって首を跳ね飛ばされた悪魔の死体が転がっている。


 「うっ……」


 く、臭い。


 悪魔と言えど死体であることには変わりはない。


 腐っていくのは当然、悪臭を漂わせるのも納得だ。


 見た目もかなりグロい。


 跳ね飛ばされた首には、白目を剥いた気持ちの悪い悪魔の顔が貼り付けてあり、青紫色の血がそこら中に飛び散っている。


 それらが漂わせる空気はとても不味い。


 今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。


 いくら悪魔であっても人の形をした生物が死体となって目の前にある。


 この状況が俺の五感を刺激して吐き気を催す。


 だが、これからもこのような状況には何度も直面する。


 この世界で生きるためには身体だけでなく心も強くならなければならない。


 今日はこの世界を、いや、俺を知るためにこの森の奥に進まなければならない。


 とは言っても森の最奥地まであと数百メートルしかない。


 そこにはあるものが存在する。


 俺はそこを目指して歩き出した。


 悪魔の死体が、悔しそうな顔が頭から離れない。


 だがこの世界は弱肉強食。日和ってられない。


 最奥地への道のりはあっという間だった。

 

 【魔境】と呼ばれるこの森はどこへ行っても不気味な雰囲気、重い空気が漂っており、強力なモンスターがそこら中に蔓延っている。


 だが、その1番奥には誰もが目を奪われるほどの輝きを放つ大きな木が一本だけ立っており、その周りは神聖な空気が漂っている。


 負の空気から生まれるモンスターはこの辺りには足を踏み入れない。


 木の名前は【セイント】


 日本語訳すると聖女だ。


 この木には聖女が宿っている。


 この世界のことをなんでも知っている全知全能なキャラクター? として物語に登場させた。


 もしかしたら俺のことも知っているかもしれない。


 その望みにかけてここまでやってきた。


 確か質問をするには詠唱が必要だったな。


 セイントの表面に手を当て、唱えた。


 「我の名は大和。聖女様、貴方のお力をお貸しください。」


 その言葉を合図に俺の視界が白色に染まっていく。


 ⦅私はセイント。大和、あなたは何が知りたいのですか?⦆


 眩しすぎるほどの光の中から現れたのはセイントの正体、聖女様だ。


 綺麗な黒髪が腰まで流れており、誰もが二度見するであろう美貌。


 柔らかな笑顔に清楚な雰囲気。


 おまけに声まで可愛いときた。


 面食いの俺には堪らない最高の空間。


 「これが聖女様、これが異世界!」


 ⦅ちょっと、何を言っているのですか? 呼び出したのはあなたなんですから、早く質問しないと帰っちゃいますよ!⦆


 あぁ、そうだった。ここにきた目的を忘れるところだった。


 「俺のスキルについて教えて下さい。限界突破とか、【氣】とか!」

 

 ⦅いいでしょう。あなたの知りたいこと、すべて教えて差し上げます⦆


 聖女様はそう言うと、説明を始めた。


 その内容を要約するとこうだ。


 今生きている人間は本来の力の1%の力しか出せないようになっていると言う。


 日本人も異世界の人も、1%しか出せていない。


 どれだけ凄いスポーツ選手も、どれだけ頭のいい哲学者も、人間が本来出せる力の1%しか出せないようにつくられているのだ。


 俺の限界突破はその1%という限界を超えることができるスキルなのだという。


 俺が成長すればするほど、使える%も大きくなる。


 今の俺では2%の力でさえ5分も使えない。


 体力も経験も何もかもが足りない俺がこの世界で唯一戦えるようになる要だ。


 これからこのスキルを使いこなせるように成長しなければならない。


 スキル【氣】は、色々なことができるスキルだ。


 自分に氣を纏わせて防御に使うもよし。


 氣を弓や剣の形に型どり、攻撃に使うもよし。


 使い方は無限大。


 俺の想像力でどこまでも強くなるスキルだという。


 聖女様は俺がこの世界にきた原因は知らないという。

 

 だが、俺がこの世界で生きるために、守りたいものを守るためにはありがたい情報を沢山得た。


 俺のこれからの目標は【2%】を長い時間維持できるようにすること、それ以上の%を引き出すこと、【氣】を扱えるようにすること、この3つだ。


 「聖女様、ありがとうございます」


 ⦅いえいえ、それではまたお会いしましょう⦆


 聖女様が手を叩くと同時に俺の目の前には白く輝くセイントがあり、聖女様の姿は無くなっていた。


 「よし、龍雷たちの元へ戻ろう」


 セイントに背を向け、100mほど歩いたところでモンスターの気配を察知した。


 今までは気配など感じたこともなかった。


 多分これは【氣】の影響だろう。


 数は……3匹か。


 どのようなモンスターかまでは分からない。


 ただ、生物がいるという事だけは分かる。


 【氣】を体に纏わせたいが、やり方が分からない。


 まず【氣】の使い方が分からない。


 気配察知はオートモードでやってくれている。


 だが、俺の意識で使うことができない。


 さて、どうする?


 「グワァァォオオオオ!!!!」


 「う、ぅうああ!!」


 考え込んでいる間に背後を取られ、背中に思い切り噛みつかれた。


 狼のようなモンスターが3匹。


 「ワイルドウルフか……」


 俊敏性に優れた狼型のモンスター。


 一度狙った獲物は最後まで逃さない。


 痛みはあるが、なぜか恐怖は感じない。


 「限界突破【2%】!」


 そう唱えると同時に、身体はフワリと軽くなる。


 保って5分。


 1匹のワイルドウルフが飛び込んでくる。


 だが、その動きは簡単に目で追える。


 動きに合わせてパンチを置いておくと、ワイルドウルフの頭は派手に破裂した。


 残り2体。


 今なら【氣】を使える気がする。


 「【氣纏】!」


 全神経を後頭部の少し下辺りに集中させてそう唱えると、俺の周りを水色のオーラが纏った。


 ワイルドウルフは攻撃力があまり高くないため、このオーラを突き破って攻撃することができないようだ。


 「くっ、まだ纏うことしか出来ないか……」


 【氣】を剣にして攻撃しようと考えたがそれは出来なかった。


 経験が足りないからか……


 「必殺パーンチ、おりゃ!」


 剣を作らずとも、パンチだけで倒せた。


 「これが、限界突破と氣……」


 限界突破はパワーや俊敏力だけでなく、知能や動体視力など全てを底上げしてくれる。


 だからこそ【氣】も使えたのだと思う。


 「よし! これからもっともっと強くなるぞ!」


 「あー、大和いたー!」


 「おーい、どこ行ってたのー?」


 「無事でよかったです!」


 聖女様に会い、ワイルドウルフと戦った後、龍雷たちの元へ戻ると、全員目を覚ましていた。


 「ごめん、奥の方に何かあるのかなーって気になって」


 「危険だから一人で行っちゃ駄目だぞー! それで、何かあったか?」


 龍雷は危険だと言いながらも奥に何かあるのではないかと思っているらしく、興味深そうに質問してくる。


 「何も無かったー」


 これは嘘だ。


 だが、今龍雷たちが聖女様に会っても混乱するだけだろう。


 「そうかー、何もないのかー、じゃあ疲れたし宿に帰ろう!」


 「「「おー!」」」


 龍雷に続いて来た道のりを戻っていく。


 少し歩いたところで、響が龍雷に向かって質問する。


 「龍雷、俺らが全滅しそうになった時、雰囲気が変わってすげぇ強くなったよな、あれ何だったんだ?」


 おそらく龍雷のもう一つの人格【サンドラ】のことだろう。


 響たちは物語の終盤までその存在は知らなかったはずだ。


 「えっ、あー、えーっとー……」


 龍雷は響たちが困惑しないように秘密にしようとしているのだろう。


 勇者の人格があると知ったら今まで通りの関係ではいられないかも知れない。


 【サンドラ】が身体の主導権を握っているとき、龍雷は眠った状態になる。


 自分の知らない所で何が起きているか分からない以上、下手に口を出せば敵に回る可能性だってあり得る。


 だが、俺は知っている。


 響たちがもう一つの人格の存在を知ったとき、それごと龍雷を受け入れたこと。


 今まで通りに接してくれて仲間という意識が高くなることも。


 「龍雷、ちょっといい?」


 肩をポンポンと叩き、響たちと離れたところに呼び出す。


 「大和どうした?」


 「サンドラのこと話してもいいと思う。響たちなら受け入れてくれるよ」


 「なんでサンドラの存在知ってるんだ?」


 「さっきサンドラと話したから」


 「それで、響たちに話して見離されないと思う理由は?」


 ここでラノベではそういう展開になったからとは言えない。


 「仲間のために命を張れるいい奴らだから!」


 「確かに、それも、そうか」


 龍雷は響たちを呼んで自分のことを話した。


 「ってことなんだけど……」


 「「…………」」


 響たちは無言だ。


 「ご、ごめんやっぱ嫌だよな! 二重人格のそれも勇者の人格を持つやつなんて、あははっ……」

 

 龍雷の言葉や表情は弱々しかった。だが、


 「すげーじゃん龍雷!」


 「そうよ! すごいわ!」


 「えっ……?」


 響たちは目をキラキラさせて龍雷に迫っている。


 「あれって勇者の人格だったの!? そりゃ強いわけだ! 俺は龍雷も勇者様もどっちも大好きだぜ!」

  

 「私も! 勇者様に命を救われた! 二重人格ってことも含めて龍雷のことは大切な仲間だと思ってるよ!」


 予想通り響と冬香は龍雷を受け入れた。


 「み、みんな、ありがとぉー! 響も冬香も大和も! 俺の大切な仲間だよー!」


 龍雷は俺たち3人を抱え込むように抱きしめて泣き出してしまった。


 「わー! 龍雷暑苦しい!」

 

 「ちょっと離れてぇー!」


 「あははは」


 本当に最高な仲間だと思う。


 ラノベの世界の人として書いている時もそう思っていたが、実際会って分かった。


 俺が思っていたよりもずっとずうっといい奴らだ!


 最高の仲間だ!


 

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