第5話 現実世界での日常

 「早く起きないとおいてくよ! 全く、いつまで寝てんのよ!」


 「う、ぅぅううーーん……」


 「うーんじゃない! 今日は日用品とか買いに行くんでしょ!」


 頭の中に女性の声が流れてくる。


 母さんか?


 いや、母さんはこんな俺好みな声はしない。


 目を開けると、カーテンから差し込む光よりも眩しい女性の姿が目に映った。


 「ひ、姫野さん。」


 そうか、ここは現実世界か。


 異世界でインパクトの強い出来事を体験したからか頭の整理が追いついていない。


 多分悪魔を倒した後寝ちゃったんだろうなー。


 「それで、姫野さんはそんなオシャレして何処か出掛けるの?」


 姫野さんはその美しいスタイルが際立つような水色のワンピースを身に纏い、顔もうっすら化粧をしている。


 「何処に行くのって、昨日一緒に買い物行こうって言ったのあなたでしょ! もういいっ!」


 バタンっ! という扉の音と同時にに彼女は部屋から出て行ってしまった。


 買い物行くって、そんな約束……したかも。


 「今日は夜遅いから明日日用品とか買いに行こっか」


 みたいな事言った気がする。 


 ガチャっと部屋の扉を開けて姫野さんのいるリビングへと向かった。


 「ごめん姫野さん、昨日の約束忘れてて、朝から準備してくれてたのに寝坊してごめん」


 誠心誠意謝った。しかし、


 「もう無理、約束破る人嫌い。買い物も1人で行ってきて」


 そう言われた。


 とはいえ悪いのはどう考えても自分なので頷くことしかできなかった。


 部屋に戻り、ベッドに腰掛けると同時に姫野さんの言葉が頭の中で繰り返される。


 約束破る人嫌い、嫌い、嫌い、嫌い……


 あぁ、一目惚れした相手に嫌いって言われるのこんなに傷つくんだ。


 1人で行くか……


 「いってきます。」


 準備をして、玄関までたどり着いた俺はそう一言発したのだが、返事はない。


 あぁ、怒らせちゃった。


 まだ出会って2日。機嫌のなおし方なんて知らない。


 「はぁぁぁ……」


 ため息もついてしまう。


 せっかく仲良くなれたと思ったのに!


 俺のバカ!!


 「とりあえず買い物だけ済ませちゃうか」


 もう何を考えてもしょうがないので必要なものを買いにショッピングモールへと足を運んだ。


 2人分の皿やコップ。


 調理用のフライパンやまな板。


 買うものは生活必需品だ。


 安くていいものを買ってやる!


 そう心に決めお目当てのお店に向かおうと思い、ショッピングモールを1人で歩いているが、


 「道に迷った……」


 初めてくる大型のショッピングモールな上、大の方向音痴な俺が1人で歩いているんだ。


 当然か、と思いながら案内掲示板を見つめていると、


 「ちょっと君〜、今時間ある?」


 「は、はい?」


 声のする方へ顔を向けると、綺麗なお姉さん2人組が俺を見上げていた。


 「もし暇ならお姉さんたちと一緒にどこか行かない?」


 まじか、と心の中で思った。


 こういう逆ナンパって漫画かラノベの世界でしかあり得ないと思ってた。


 かといって大して興味もない。


 「ご、ごめんなさい、忙しいんで」


 こういうのはきっぱり断った方がいいとなんかのアニメで言っていたような気がする。


 「え〜、そうなの〜、ざんねーん」


 少し悲しそうな顔で引き返していく彼女たちを見ると、少しだけ胸が痛む気もするがしょうがない。


 あっ、道だけ聞けばよかった。


 誰かに聞くのは、人見知り&コミュ症の陰キャには無理な話だ。


 うーーん、と考え込んでいると、


 「ちょっと君〜、今時間あるー?」


 と声をかけられた。


 また逆ナンパかと思い振り返ってみると、


 「えっ、おじさん……」


 そこには黒いスーツを着こなし、眼鏡をかけた細身の男性が俺を見上げていた。


 ナンパではなさそうだ。


 「私、こういうものです。」


 そういって渡されたのは名刺だった。


 【サンライツ芸能事務所】


 1番上にはそう書いてある。


 「サンライツ芸能事務所!?」


 日本で知らない人は居ないくらい有名な芸能事務所だぞ!?


 そんな人がなんで俺なんかに声をかけたんだ?


 「改めまして、サンライツ芸能事務所役員、本田雅史ほんだまさしといいます、単刀直入に申し上げますと、あなたをスカウトするため声をかけさせていただきました。」


 一瞬何が何だか分からなかった。


 スカウト? 俺のことか? なぜ? なんの取り柄もないごくごく普通の一般人の俺が?


 「え、えーっと……」


 「あぁ、すいません、なんのスカウトか言っていませんでしたね。私はあなたをサンライツ芸能事務所のモデル兼俳優として活動してもらいたく声をかけさせて頂きました。」


 モデル? 俳優?


 「大変ありがたい話ですが、俺にそんな大層な事できませんよ。俺はモデルさんみたいにカッコ良くもないし、なんの取り柄もない一般人ですから。」


 俺がそう言うと、相手の男性は不思議そうに俺の顔を見上げてきた。


 「あなた、自分のカッコよさ自覚してものを言っているんですか? あなたはそこら辺のモデルや俳優よりよっぽど華があります。ほら、辺りを見渡してください。」


 そう言われて辺りを見渡すと、沢山の人が俺の方を見てヒソヒソ話している。


 人の視線が嫌いだ。


 今まで散々受けてきた俺の髪色をバカにするような視線。


 俺の脳裏に刻まれている嫌な思い出。


 だが、今日の視線はあまり嫌な感じがしない。


 いつものようなクスクスっという笑い声も聞こえなければ、揶揄われることもない。


 「この視線は、なんなんでしょう?」


 「あなた、面白いですね! この視線はあなたの魅力が作り出したものですよ! あなたは顔はもちろん、何と言えばいいでしょうか、纏っているオーラが違うような気がするんです!」


 纏っているオーラ


 その言葉を聞いた途端、異世界での出来事を思い出した。


 獲得したスキル


 たしか【氣】と言ったか、何か関係があるのかもしれない。


 「今すぐ答えを出さなくてもいいのでもし気になったら今お渡しした名刺に書いてある番号に電話してください。それでは失礼します」


 男性はどこかへ行ってしまった。


 モデル&俳優。


 俺に務まるかは分からないが、高校デビューと共に始めるのもいいかもしれない。


 ラノベを書くという生き甲斐をなくした今、新たに挑戦する何かが必要かもしれない。


 「とりあえず買い物だけ済ませちゃうか」


 さっさと買い物を済ませて家に帰ろうとした俺は再び自分が犯した過ちに気付いた、


 「道聞くの忘れた……」


 あーー! 何やってんだ俺、あぁ、彷徨いながら店探そ……


 それから家に着くまで4時間かかった


 「ただいまー」


 「おかえりー」


 俺の言葉に姫野さんが応えてくれた!


 姫野さんがリビングの方からスリッパの音をパタパタとたてながら玄関の方へとやってくる。


 その顔はどこか申し訳なさそうな気がする。


 「朝はちょっと、強く言いすぎた。荷物たくさんあるのに1人で行かせてごめん」


 「いや、謝るのはこっちだよ。約束破ってごめん」


 家に帰るまでの道のりはどうやって姫野さんと仲直りしようとばかり考えていた。


 でも、姫野さんから謝ってきてくれた。


 正直嬉しい


 姫野さんにはちょっとでも満足してもらいたい!


 今日という1日が楽しかったと思わせたい!


 「よーし! 新しいお皿とか調理器具とか買ってきたから美味しい料理使っちゃうぞー!」


 「私も手伝うー」


 「じゃあ一緒に作ろう!」


 それから料理を始めたのだが、


 「ちょ、ちょっと、姫野さん!? それ塩じゃなくて砂糖!!」


 「姫野さん! それこっちじゃなくてこっち!」

  

 「ちょっ、めちゃくちゃ飛び散ってる!」


 姫野さんは絶望的に料理ができず、結局ソファーで待っててもらうことにした。


 「うーーん! 美味しい!!」


 料理を済ませ、食卓についた俺たちは早速、今日の献立であるハンバーグとトマトスープを口にした。


 姫野さんは昨日と同じでとても食べっぷりがよく、料理を作った身としてはとても気持ちが良い。


 「ちょっと、何見てるのよ」


 「あぁ、ごめん」


 じっと見てたのがバレてしまった。


 確かに食べてるところをじっと見られたら嫌だもんな、怒られてもしょうがない。


 「そういえば、買い物随分と時間かかったんだね、何してたの?」


 「え?」


 ここで道に迷ってたなんて言ったらダサいと思われないか?


 何か、他に理由が…………あっ!


 「実は、芸能事務所からスカウトされて……」


 それから俺は今日の出来事を事細かに話した。


 もちろん道に迷ったことは言っていないが。


 「えー! サンライツ芸能事務所!? 凄いじゃない! それで、どうするの?」


 「どうするって、何が?」


 「芸能活動、するの?」


 「正直、迷ってる。やってみたい気持ちはあるけど、俺にモデルとか俳優が務まるか……」


 これは本音だ。


 今まで散々見た目をバカにされてきた。


 髪が白いだけで、


 「老人」だの「変人」だの言われてきた。


 俺は自分の見た目にコンプレックスを持っている。


 「何弱気なこと言ってんのよ、できるか不安ならできるように努力すればいいじゃない!」

 

 「確かにそうだけど……」


 「安心して、私が1人目のファンになってあげる! 応援してるよ!」


 あぁ、凄い、姫野さんの言葉、安心する。


 俺ならできる、俺だからできる、そう言ってくれてる気がする。


 ここまで言われて断るほど、俺は廃っていない。


 「ありがとう、俺、頑張ってみるよ!」


 食器を片付けた後、サンライツ芸能事務所に電話をして正式に契約をした。


 大手ということもあり、契約はスムーズに終わり、俺にはマネージャーがつくという。


 家事をひと段落済ませた俺は湯船に浸かってこれからのことを考えている。


 「これから大変になりそうだなぁ、マネージャーかー、美人なお姉さんだったらいいなぁ!」


 不思議だ、今は不安よりも楽しみの方が上回っている。


 もう少しで高校生。


 この世界で良い人生を謳歌するため、異世界では戦わなくてはならない。


 異世界で俺が強くならなければ、この世界が滅びてしまう。


 龍雷たちの歳から考えると猶予はあと3年。


 この3年の間に魔王や魔族、モンスターの行動を制限しなくては守りたいものも守れなくなってしまう。


 限界突破とか、スキル【氣】とか、俺自身にも分からないことがある。


 とりあえず今日あっちの世界に行ったらアレを試そう。


 風呂から上がった俺は真っ先にベッドへ行き眠りについた。

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