第4話 魔法が使えない少年

 「大丈夫ですか?」


 まだ起きて間もない俺にそう話しかけてきたのはこの世界の主人公、東龍雷だ。


 「あれ、ここは?」


 「僕が寝泊まりしている宿です。あなたがいきなり倒れてしまったので連れてきました」


 「あ、ありがとうございます。冬香ちゃんと響君はどこ?」


 「えっ? 何で2人の名前を?」


 あ、そうだった。


 俺が相手を知っていても相手は俺のことを知らないのか。


 「えっ、あっ、戦っている最中名前を読んでいた気がしたから……」


 「あぁ、そういうことですか。あなた名前は?」


 ここで名前を言ったら日本人だとバレるだろう。


 けど、嘘を吐くよりはよほど良い。


 「西園寺、西園寺大和」


 「えっ……?」


 予想通り龍雷は言葉を失っている。


 それはそうだ、龍雷はこの世界に来る時この世界にいる日本人は龍雷含め3人しかいないと知らされていたのだから。


 「に、日本人?」


 「は、はい」


 日本から来たことは伝えたけど、この世界が俺の書いたラノベの世界だということは伝えないでおく。


 「歳はいくつ?」


 「15歳。君たちと同じだよ」


 確かこの頃の龍雷たちは俺と同い年で1週間後に【王立迷宮学園】に入学する予定だった気がする。


 「えっ? 何で俺たちの歳知ってるの!?」


 あっ、そうか、これも俺しか知らないんだった。


 「勘!」


 「ははっ! なにそれ!」


 龍雷が笑っているのを見ると嬉しいなぁ!


 俺がラノベで書いた龍雷は幼い頃虐待を受けており、笑顔は無く、いつも暗い顔をしていた。


 俺はその物語を書きながら、よく龍雷に感情移入をしてしまっていたから龍雷が笑っている姿を見るととても嬉しい!


 「龍雷、今から魔法トレーニン……おっ! 起きてたの?」


 そう話しかけてきたピンクの髪色をした青年は鳴神響だ。


 幼馴染の朝火冬香と一緒に異世界に転移させられ、異世界で生きることを決めたという設定にした。


 「俺、鳴神響! よろしくな!」


 「よ、よろしく……」

 

 響の笑顔の明るさに、思わず目を眩ましていると、


 「あら、起きたのですか?」


 ドアからもう1人入ってきた。


 俺がいる部屋は3畳あるかないかという狭い部屋で、とても俺含め4人が入るには窮屈な所なのだが、


 「よかったぁ……あっ、私は朝火冬香です!」


 と気にする様子もなく普通に会話をしている。


 「よし! 全員揃ったし、魔法の訓練しに行くか!」


 龍雷がそう切り出し、響と冬香がそれに同意した。


 「えっと、大和も一緒に来る?」


 「うん! 行く!」


 魔法の訓練、それを目の前で見たら俺も魔法を使えるようになるかも知れない。


 この世界では魔法が義務教育でひらがなを書くよりも当然のことのようにできる。


 赤子でさえも多少なりとも魔法を使える。


 しかし、俺は魔法が使えない。


 やり方は分かる。


 何てったって俺が魔法の発動条件、魔法の種類などを作り出した生みの親なのだから。


 それでも俺は、魔法が使えない……


 原因を探る良いきっかけになるかもしれない。


 そんなことを考えていると、


 「「や、や、大和ー!? に、日本人!?」」


 響と冬香が一言一句違えずに声を揃えてそう叫んだ。


 流石幼馴染だなぁ。


 「う、うん。実は俺も日本からきて……」


 それから俺は、ある日起きたら草原にいたこと、魔法が使えないことなどを話した。


 「なるほど。という事は転移? という事は俺や冬香と同じかな? それより、魔法が使えないなんて聞いたことがない。」


 龍雷は転生、響と冬香は転移してこの世界に来た。


 姿形変わらずこの世界にきた俺は転移して来たのだと思われているのだろう。


 「まぁ、分からないことだらけだけど一緒に行動したら分かることもあるはず! 訓練にいこー!」


 龍雷の言葉に皆んなで賛成する。


 「「「おーーー!!!」


 龍雷の言葉に賛成してから3時間が経っただろうか。


 俺たちは不気味な森に足を踏み入れようとしている。


 「こ、この森不気味だね……」


 「ここは、魔境だ」


 俺の呟きに対して龍雷はそう答えた。


 魔境って、俺が創った設定では相当強いモンスターしか出ない危険区域。


 王国でさえも手のつけられない森。


 そんな危険なところに、10代半ばの少年少女だけで足を踏み入れるだと!?


 この世界には魔法があり、大気中にも魔力と呼ばれるものが漂っている。


 この森はその魔力が極めて濃い場所なので魔法の訓練には最適だろう。


 だが、一般人が入ったら即死する場所だぞ……


 「大丈夫だって! 大和は俺たちが守るから! だって俺たち、仲間だろ!」


 俺の引き攣った顔を見た響が「安心しろ」と宥める。


 今の龍雷たちは相当強い。


 それは俺も分かっている。


 でも、怖い……


 自分の実力や能力すら分からない俺が行ってもいいのか?


 「奥には何か良いものがあるかもしれないぞ!」


 励ますように龍雷に言われる。


 良いものって言ったって…………あっ、確か、最深部に……


 「行くよ! 怖いけど、頑張る」


 「ふふっ、頑張ろうね!」


 「ないすー!」


 「よし! 行くか!」


 こうして魔境の中を進んで行った。


 魔境の最深部にはアレがある。


 俺が魔法を使えない原因が分かるかもしれない!


 道中たくさんの魔物と対峙したが、龍雷たちが一瞬で殲滅してしまうので恐怖を感じることもなかった。


 魔物を倒しながら奥に進むこと2時間、魔境の最深部まで来ることができた。


 確か此処にはアイツがいたな。


 注意して行かないと……


 ⦅クックック、ここまで来た人間は久しぶりだ⦆


 「レッサーデーモン……」


 全身を黒色のオーラに包み、青白い顔色の中に不気味な笑顔を浮かべている。


 体型はやや細身で体長は3メートルくらいだろうか。


 俺が描いた設定と全く同じだ。


 レッサーデーモン。


 デーモン、すなわち悪魔はこの世界では脅威とされる存在だ。


 それは魔王や魔族と肩を並べる程に。


 コイツはレッサーデーモンだ。


 名前の通り、普通の悪魔より劣っている。


 いや、劣っているというより、若い。


 悪魔は何年も生きる。


 長い年月をかけて人を喰らい、戦闘経験を積み、進化していく。


 コイツはまだ生まれて150年位の子供だ。


 だが、強いことに変わりはない。


 「れ、レッサーデーモン!? 大和、本当か?」


 「あぁ、間違いない。」


 「デーモンって、あの? 死を司る生ける屍?」

 

 まずい、皆んな混乱している。


 焦りがひしひしと感じられる。


 これじゃあ勝てるもんも勝てなくなるぞ……


 ⦅ほう、我がレッサーデーモンだと気づくか⦆


 「皆んな、俺は足手纏いでしかないけど一緒に戦うよ!」


 「大和、無理はするなよ」


 「回復は私に任せて!」


 「よし、やるぞー!」


 皆んなで士気を高め、攻撃に取り掛かる。


 「来い、蒼炎刀」


 龍雷がそう唱えると、その手には蒼く輝く炎の刀が握られる。


 蒼炎刀は龍雷が編み出した龍雷にしか使えない魔法の一つだ。


 威力も申し分ない!


 「一の太刀、蒼炎纏そうえんまとい!」


 蒼炎刀でレッサーデーモンに斬りかかると、斬られたところから蒼い炎が全身に広がっていく。


 ⦅クックック、熱いな、しかし、これでは傷一つ付かないぞ⦆


 バキッッ!!!! ドンっ!


 そう言って龍雷を蹴飛ばした。


 龍雷は10メートルほど後ろの木まで吹き飛ばされて気を失っている。


 「龍雷!? 冬香、急いで回復魔法を!」


 響がそう指示して冬香は動いた。


 「よくも龍雷をっ! スモールベア、黒爪!」


 響がそう唱えると、その手には俺がこの世界にきて初めて戦った魔物、スモールベアの爪のようなものが生えてくる。


 響は倒した相手の技や特徴を奪うことができる。


 戦えば戦うほど強くなれるのだ。


 響なら、もしかしたら、と思ったが、


 バキッ、ドスっ……


 気がついた頃には響は倒れていてその頭からは血が流れていた。


 ⦅残りはお前だけだが、1番弱そうだ。魔力は一切ない、身体能力も下の下、お前に何ができる? 戦う価値もない、今逃げたら見逃してやるよ!⦆


 「俺は……」


 俺は、何もできない。


 家に引き篭もりながら何もして来なかった。


 突然の異世界で何が何だか理解出来ない。


 そんな異世界でも、俺に仲間ができた。


 俺は何もできない、けど……


 「弱くても、何もできなくても、仲間だけは見捨てない、守ってみせる!」

 

 何でも良い、俺に力を!


 あいつらを守れるくらいの力を!


 そう強く願った時、俺の頭の中で声がした。


 『限界突破、2%に上昇。身体能力、大幅増加。スキル、【氣】を獲得。』


 頭の中で電子音のような声がした。


 限界突破? 2%? 氣?


 意味がわからない。


 俺のラノベの設定にそんなものは存在しない。


 疑問に思うことは沢山ある。


 しかし、今の状況で優先すべきことは違うだろ!


 目の前の敵から龍雷たちを守るんだ!


 こんな何の取り柄もない俺を仲間だと呼んでくれたあの3人だけはここで死んじゃ……嫌だ。


 ⦅クックック、お前に何ができる? 1人になって寂しいか? 恐怖に溺れて動けないか? せめて楽に殺してやるよ、哀れな人間!⦆


 レッサーデーモンの拳が飛んでくる。


 けど、なんだろう、


 さっきより遅く見える気がする。


 スルッ


 「えー! レッサーデーモンの攻撃避けれた!」


 攻撃を躱した俺が1番びっくりしてしまった。


 身体が軽い! 周りがよく見える! 五感が研ぎ澄まされて不思議な感覚だ。


 ⦅おまえ、なにをした……⦆


 自分でも何が起こったかよく分からない。

 

 ただ、相手の動作が遅く見える。


 何をしようとしているか、どの方向から攻撃が飛んでくるか、分かってしまうんだ。


 「これなら、勝てる!」


 相手は再び攻撃態勢に入る。


 攻撃が来る! と思った瞬間、相手の行動が全てよめた。


 左から攻撃するフェイントをかけて右から闇属性魔法【ダクト】を撃ってくる。


 その後はよろけた俺を殺しにくる。


 その一連の光景が頭の中に流れ込み、俺の意識はそれを防ぐため、相手の動きに合わせて体を動かす。


 左からの攻撃はフェイント。


 ここでパンチだ!


 右手を強く握って思いっきり殴った。


 バキッッ!!


 何か硬いものが砕けるような鈍い音がする。


 よし、倒したか!


 と思ったが、悪魔は2、3メートルほど後ろによろけただけだった。


 その光景を見ると同時に、俺の右手に激痛が走る。


 俺の右手は原型を留めていない。


 これが手かと100人に聞いても80人くらいはNOと答えるだろう。


 「ぅ、ぅ、うゎああ……ゔゔぅ……」


 痛い、痛い、痛い、痛い…………


 何故だ、相手は無傷、俺の攻撃が全て跳ね返されたかのようだ。


 跳ね返す……まさか!


 「絶対防御、か!」


 ⦅ケッケッケ、正解! 1日に1回しか使えないレッサーデーモンの特殊スキル! 喰らった攻撃を全て跳ね返す。人間にとってその傷は相当な痛手だ。⦆


 くそっ、やっぱ勝てないのか……


 いや、絶対防御は1日1回しか使えない。


 また、相手の動きをよんで、絶対に倒す!


 レッサーデーモンは俺に向かって突進してきた。


 相手をよく見て……っ、あれっ、速っ……


 ドゴッ!  ドンっ!


 あれ、おれ今、いつ飛ばされた?


 頭がクラクラする。


 死ぬのか?


 相手の動きが速く見える。


 先の行動もよめない。


 さっきまで出来ていたのに……


 ⦅まだ生きているのか、さっさと殺してやりましょう!⦆


 あぁ、ここで死ぬんだなぁ。


 やっと好きな人が出来たのに。


 やっと仲間と呼べる人が出来たのに。


 やっと陰キャ生活終われると思ったのに。


 レッサーデーモンの右腕が振り上げられる。


 「アースクエイク!」


 何処かから声がして、地面が揺れる。


 この魔法、龍雷か……


 「大和! よく耐えてくれた! 後は俺たちに任せろ!」


 「大和くん! 大丈夫? 回復魔法【ヒール】」


 あぁ、体が楽になった。


 この前より【ヒール】の質が上がっている。


 「大和ー、俺たちの為にありがとうな!」


 3人が俺とレッサーデーモンの間に立ち塞がる。


 俺にはその背中がとても大きく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る