第2話 夢かうつつか

 「よし、これで全部か。」


 引っ越しの準備を終え、車に荷物を積んでいる最中ものことが頭から離れなかった。


 夢とは思えないほど五感が鮮明に働いていた。


 そして何より、夢の中で摘んだ筈の花が、目を覚ましたら目の前にあったのだ。


 やはりあれは、現実、なのか……?


 まぁ、今考えても無駄でしかない。


 3時間後にはシェアハウスする人と会うんだ。


 第一印象は良くしたいから、身なりだけでも整えよう。


 正直、人と関わるのは得意じゃない。


 喋ったり、遊んだり、交際したり……


 友達がいたこともないからどうすればいいのか分からない。


 今までずっと1人の世界に閉じこもっていたんだ。


 だから高校では年相応の生活を送って《青春》というものを味わいたい!


 シェアハウスは高校デビューの第一歩だと思う。


 初めて会った人と話し、協力して生活する。


 俺に足りないコミュ力を身につけるんだ!


 で、でも、性格の似ている男子とか、話しやすい人、優しそうな人だったらいいなー。


 そんなことを思いながら再び荷物を積んだ。


 「まだ少し時間があるわねぇ。あっ、そうだ、大和、あんたそのボサボサな髪切ってきなさい。」


 えっ、髪?


 確かにもう一年くらい切っていないし、肩くらいまで伸びていて手入れもしていない。


 これも高校デビューに必要な要素ということか!


 「分かった! 切ってくる!」


 どんな髪型にしてもらおう?


 散髪屋までの道のり、約10分。


 この時間内に髪型を決めなければ、


 美容師さんとの会話を必要最低限にするには、あらかじめ髪型を決めておいてそれを注文する。


 この行動が大切なものとなる。


 そのためには今のうちに髪型を決めなければならない。


 俺はスマホで色々な髪型を調べた。


 「よし、これだ!」


 俺に似合うであろう髪型を見つけた!


 これで会話を必要最低限に……


 「ここが、美容院!」


 外観からして、敷居の高そうな店だ。


 建物自体は落ち着く茶色。


 壁はガラス張りになっていてお店の中がうかがえる。


 その窓の前にはいくつもの観葉植物が置いてある。


 黄色っぽいものから緑のものまで様々な植物が客を出迎えてくれる。


 こんな所が地元にあったんだ。


 カランカランッ


 緊張しながら扉を開けると、


 「いらっしゃいませ!」


 若いお姉さんが出迎えてくれた。


 「あ、えっと、髪を切りに……」

 

 緊張からしどろもどろになる。


 「分かりました! こちらへどうぞ!」


 「あ、はい!」


 「お客様背がお高いですね!」


 「えっ? あ、えっと、はい、180センチあります。」


 「わぁ凄い! その髪はいつ染めたのですか?」


 「あっ、こ、れは、地毛、です。生まれた時からこの色で、」

 

 俺の髪は生まれつき《白》なのだ。

 髪だけでなく、肌の色も白い。


 ほとんどが黒髪で生まれてくる日本人の中ではとても希少らしく、小学校ではよく揶揄われたりしたものだ。


 中学校では陰キャ生活していたので、揶揄われるどころか喋ることもなかったのだけど。


 「そうなんですね! これは失礼しました!」


 「い、いえ! 大丈夫ですよ!」


 あまりに申し訳なさそうな顔で謝ってくれたので俺も少し申し訳なくなってしまった。


 それから俺は、席につき、スマホであらかじめスクショしておいた画面を見せる。


 「こ、こんな感じで!」


 と必要最低限のコミュニケーションで会話を終わらせて髪を切ってもらった。


 「はい、できました!」


 「ありがとうございます!」


 うわぁ! 凄い! 

 見るに耐えなかったボサボサ頭がこんなにサッパリするなんて!


 俺の髪は世間一般では短髪と呼ばれるほどの長さになった。


 いやぁ、本当にいいお店だったなぁ!


 頭が軽くなった!

 

 ただ、さっきから、すれ違う人達にじろじろ見られてる気がする……


 「ねぇ、あの人かっこよくない!?」


 「白髪があんなに似合うなんて!」


 「背も高いし!」


 「連絡先聞いちゃう!?」


 なんか陰口を言われてる感じがする……


 何を言っているのかよく聞こえない。


 やっぱり、この髪型、変?

 穴があれば入りたい気分だ。


 はぁぁ、家に帰ろう。


 こうして家に帰ったが、


 「いいじゃない! かっこいいわよ!」


 母に慰められた?


 「もう時間ないからさっさと行くわよ!」


 まともな会話もないまま車に乗せられた。


 確かに美容院で思ったより時間を使ってしまった。


 今から車で3時間。


 「母さん、ちょっと寝ていい?」


 久しぶりに他人と話したからか、疲れが溜まっている。


 「いいわよ。ついたら起こしてあげる。」


 「ありがとう、おやすみ。」


 そう言った俺はすぐに眠りについた。


 

 「グオォォォォ!!!」


 「う、うわぁ!」


 大きな獣のような声が目覚ましとなり、俺は急いで起き上がる。


 「あれ? ここって……」


 なんと、俺は再び、ラノベの世界に来てしまったようだ。


 ただ、前回とは違う点がある。


 そ、そ、そ、それは……


 「目の前に、モンスターがいることだ」


 「グオォォォォ!!!」


 頭の中で描いていたものよりも何十、いや、何百倍も恐怖を感じる。


 「いやだ! こっちにくるな! ゔぅ、じにだぐないよぉ〜〜……」


 あぁ、もう、無理なのか?


 もしかして異世界って、俺が考えていたよりも、ずっと、ずぅーっと、酷なものなんじゃないか?


 逃げようとしても逃げられない。


 震えと涙が止まらない……


 いや、まてよ?

 もしかすると、この世界が夢ならば、痛みも感じないのではないか?


 でも、もしも現実だとしたら、俺は死ぬのか?


 考えろ、考えろ、西園寺大和!


 お前はこの世界の産みの親だろ!


 冷静になれ!


 相手は【スモールベア】だ。


 スモールという単語がついているにも関わらず、体調は5メートルもある。


 このラノベの主人公の東龍雷が1番最初に戦った相手でもある。


 決して速くはないが一撃一撃に重みがあり、その攻撃を普通の人間がまともに喰らったら即死だろう。


 大丈夫。ちゃんと相手を理解してる。


 あいつの弱点はお腹だ。


 キャラクターデザインをする時、獰猛な熊が実はめちゃくちゃお腹弱いとかなったら面白いんじゃね? と誰も知らない、このラノベの主人公でさえ知らない要素をつけたのを覚えている。


 あいつのお腹の小学生のパンチでさえも致命傷になる程弱い。


 キャラクターデザインの時、ふざけて変な要素付け足しておいてよかったー!


 勝機が見えてきたぞ!


 「おっしゃー! 来い! 化け物!」


 「グオォォォォー!!!」


 俺の呼びかけに応えるようにこちらへ突進してくる。


 ドダッ! ドダッ! っと土が抉れる程の足音を立てて、


 よだれを垂らしながら、俺を殺しにきている。


 あぁぁぁ!!!!


 怖い、怖い、怖い、怖い……


 でも、殺やるか、殺やられるかだ!


 「うぉー!!!!」


 スモールベアが振り下ろした腕は、予想の10倍以上の速度で俺を襲ってきた。


 ザクッッ!!


 「う、ぅっ、ゔぁぁぁわ!!」


 何とか躱したかと思ったが、少しだけ右腕に掠っていた。


 右腕の肉は抉れており、今まで大した怪我を負った事がない俺からしたら死ぬほど痛く、耐え難い。


 「う、うぅ、や、やめて、ころざないでー……」


 完全不利なこの状況、戦意喪失しない人なんているのだろうか。


 あぁ、もう無理だ……ここで死ぬんだ……


 「ーーーー!」


 「ーーーーか!」


 何か、遠くの方で声が聞こえる。


 幻聴か。


 人の姿が見える。


 あれって、このラノベの主人公たちじゃないか?


 幻覚まで見えるようになっちまった……


 「冬香! その人に回復魔法を!」


 「分かったわ! 龍雷!」


 「俺の出番はー!?」


 あ、れ? 幻覚じゃない?


 「大丈夫ですか? 回復魔法【ヒール】!」


 腕が治っていく。


 「君は、冬香ちゃん……?」


 「えっ? 何で私の名前を?」


 やはりそうだ。


 この人たちはラノベの世界で中心人物として描いてきた東龍雷あずまりゅうらい、鳴神響なるかみひびき、朝火冬香あさひとうかだ。

 

 「よし! 響! いい感じに削っておいたからトドメをさせ!」


 「了解! 闇魔法【ダクト】!」


 「大丈夫ですか?」


 「え、あっ、うん、大丈夫だよ!」


 龍雷、やっぱり優しいな。


 「傷が結構深かったのであざのようなものが残ってしまいました……」


 冬香にそう言われて腕を見ると大きなあざのようなものがあった。


 痛みは感じないから大丈夫だろう。


 「大丈夫ですよ!」


 この傷を完全に治せないという事はラノベの話の中で考えると結構序盤の方だな。


 王立迷宮学園に入学する前か。


 「あなたはどこから来たんですか? こんな魔物だらけの草原で何をしていたんですか?」


 「俺は……」


 あれ? なんか眠くなってきた。


 安心して全身の力が抜けたからか?


 意識が、飛ぶ……


 それから俺は眠るように失神した。


 

 「ーーわよ!」


 なんか声が、母さんの声か?


 「もう着くわよ!」


 「うわぁぁぁ!!!!」


 あれ? ここって、日本?


 車の中で寝ていたのか。


 やっぱり夢か?


 と思い、考えるように下を向くと、


 「えっ……?」


 右腕に大きなあざが見えた。


 えっ? やっぱり、夢じゃ、ない?


 向こうの世界の体の状態が現実世界に反映されるなら、もし、向こうで魔物に殺られでもしたら、こっちでも、死……!


 「ほら、もう着いたわよ!」


 「…………。」


 「早く降りる準備しなさい!」


 「えっ? あぁ。」


 一旦考えるのは止めにしよう。


 今からシェアハウスする人と対面するんだ。


 車から荷物一式を下ろし、家の前に立つ。


 少し小さめの一軒家のようだ。


 どんな人かな……?


 ドキドキしながらチャイムを鳴らす。


 ピーンポーン


 「はーい!」


 家の中から声が聞こえた。


 


 えっ……


 俺の耳がおかしくなければ、女の人の声がしなかったか?


 混乱しているとドアがガチャっと開いて、人が出てきた。


 「いらっしゃ……は? 何で男!」


 「えっ? やっぱり女性の方……」


 相手が女性というよりももっと衝撃的な事が判明した。


 この人、


 めちゃくちゃタイプだ!


 肩まで下ろした綺麗な黒髪!


 誰もが二度見する程に整った顔!


 モデル顔負けのスタイル!


 「私、男なんて聞いてないんだけど。」


 「お、俺も、」


 まずい、緊張して言葉が出ない。


 「はぁぁ。まぁ、この家に住めなかったらあなたも困るでしょうし、シェアハウスするけど、もし変な気起こしたらタダじゃおかないから!」


 まだこちらが何も言っていないのに、すごい剣幕だ。

 この様子、相当男が嫌いだな。


 過去に何かあったのか?


 小説のネタに使うため、中学3年間、ずっと人間観察をしていたからか、俺は少し話しただけで相手の性格が大まかに分かる。


 「も、もちろん! そんな事はしないよ! それより、よろしくね!」


 「う、うん、よろしく。」


 こうして、今までとは真逆の、ハチャメチャな高校生活が始まろうとしていた。

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