少し不思議なマチ

1/5 突然!? UFO襲来

 この町では少し不思議なことがよく起こる。


「なっ……、なんじゃありゃあ……!?」


 心地よいそよ風に吹かれ、青々とした空を見上げた時、黄金の物体が目に入った。

 半球と円が連なった、まるで麦わら帽子のようなその物体は、一度視界に入ると見逃すことができない。

 じわじわと高度を下げて、屋根の近くまで降りた物体は、円の中心から白い光線のようなものを打ち出した。


「あぁーーー!!」


 光線は木造建築全体を包み込むように広がり、光は一瞬で消えたが、その代償としてドス黒い煙がモクモクと立ち続けた。


「友博、何が起きたんだ?」


 隣で浮いているイオも、異変に気付いたようである。


「俺だって……俺だって知りたいよ……」


 黄金の物体は、降りる時とは対照的に素早く空に再浮上し、瞬たく間に見失ってしまった。






 扉を引くと、中は薄暗かった。明かりが一切ついていない。

 いつも自分たちが家に帰る頃は、必ず伯母が家にいるはずだ。玄関先の廊下はまだしも、リビングへと続く扉から光が漏れていないのはおかしい。


志知間しちま! どこだ?」


 気になるのは伯母の安否だ。これはイオも同じだったようで、すぐに声を上げた。

 最悪の事態も考慮しておかなくてはいけない……と、思っていたのだが、伯母がすぐさま玄関までやってきた。


「あらあら! 友博とイオちゃん、良かったぁ〜帰ってきてくれて」


 外傷は見られず、大事に至っている様子はない。とりあえずこの点は一安心だ。


「伯母さん、何があったんだ?」

「私も分からないわよ、ただ突然電気が消えちゃってさぁ……」


 中からも特に分からないようだ。本当にただ未確認飛行物体がこの家を襲撃したことになる。これまでも不思議なことは多々体験してきたが、今回ほど理由も目的も不明なのは初めてだ。


「私、ちょうど目撃した。上からUFOがビーム撃って来た」

「まぁ、そのせいかしら。はぁ……」


 UFO自体を驚くことはなく、伯母は頬に手を当ててため息をついた。


「どーすりゃいいんだ……、とにかくまずは電気屋呼ばないと」


 明かりがなければまともに生活もできない、修理が先決だ。電気屋の番号は前に登録した覚えがある。スマホを取り出して、電話を掛けようとした。


「ゲッ……ワイファイも死んでる……!」


 しかし、いつもなら家にさえ行けば使える通信が、電気系統を壊された影響で使えなかった。


「水も出ないぞー!」


 いつの間に移動したのやら、イオの声が洗面所から聞こえた。


 水も使えないとなると……、相当ヤバいことになってしまった……!






 太陽はまだ完全に沈んでおらず、空は灰色となっている。しかしカーテンを全て開けても室内に十分な明かりは届かない。

 不足している光はロウソクで補う。こぢんまりした一点から広がる光は、どこか哀愁を感じられた。こんな生活は人生で初めてだ。


「ガスは辛うじて使えて良かったわぁ」


 食卓に並ぶのは食パンと焼き魚のみ。暗くならないうちに済ませておこうという理由で早めの夕食となっている。


「はぁ……」


 ため息を吐かずにいられない。


「そんな落ち込むことはない。一週間すれば直るって電気屋のオヤジも言ってたんだろ?」


 電気屋には自らの足を使って尋ね、事情を説明した。業者に電気関係を見てもらったところ、故障箇所とその内容の特定にある程度かかるという返答を受けた。

 帰ってきた伯父はその話を聞き、直る見込みがありそうなら良いと笑っていた。


「一週間は最低で、もっとかかる可能性もあるの」


 そもそも、こんな生活一日でもしたくない。笑って済ませられる神経が、今回ばかりは本当に分からない。これは寛容ではなくただの能天気だ。


「ま、無理もないわ。友博はこういうの初めてだし」


 UFOに家の機能を停止させられるのが初めてじゃない方がおかしい。この町の不思議なことにも慣れてきたと思ったが、まだまだ納得いかないことも出てくる。


「ってか、電気と水道が死んでるんだろ? 風呂とかどーすんだ?」


 電気と水道が止まった被害は計り知れない。田舎町だろうがこれらへの依存は相当なはずだ。


「それなら嬢乙女じょおとめさんのところを借りればいいじゃない」

「はっ……はぁ!?」


 あまりにも納得ができず、聞き返してしまった。人の家の風呂に入るなんて……しかも女子の家、気まずいったらありゃしない。


「じゃあ入らないの? 一週間」


 伯母は眉間にしわを寄せた。


「それは……」


 風呂に入らないのは嫌だ。こんなことがあったせいで汗はかいているし、毎日のルーティンである以上可能な限り入りたい。


「この辺りに銭湯があればいいんだけどねぇ。まぁ、断られることはないでしょ」


 この町には銭湯がない。いや、もともと住んでいた場所にもあったか定かではないが、他人の家の風呂を借りるなんてことはまずしない。


「嬢乙女の家の風呂、行ったことないぞ! 行こう行こう! 食べたらすぐ行こう!」


 イオは逆に、初めての場所での入浴を楽しみにしていた。鼻歌を交えて俺の服を引っ張る。


「相変わらずだな……」


 この状況で前向きに考えられるのは、心底羨ましい。






 嬢乙女家は同じ木造建築の建物だが、心なしか不二家より格式が高そうに見える。漆塗りされた屋根は気品があり、庭にもいくつかの種類の花が植えられていて、彩りがある。隣の芝生は青く見える、というヤツかもしれない。


「はいはーい」


 チャイムを鳴らして出たのは嬢乙女じょおとめ安奈あんな――クラスメイトの一人だった。黒い髪の毛がじっとりと一つの束となり、艶やかに照っている。タオル地のパジャマを着ている上、全体から妙な熱っぽさも感じる。


 どう見ても風呂上がりだ。他人の家の風呂を借りるというだけでも恥ずかしいというのに、同級生の、風呂上がり……。


 肌がキュっと引き締まり、胸の奥が熱くなる。


「友博君、どうしたの夜に」


 嬢乙女は目をきょとんとさせたまま首をかしげた。


「いや、ほんとごめん、こんな夜にさ。えっとさ……そのぉ……」


 ブツブツと、言葉にならない言葉しか出てこない。もじもじしていても話が進展しないことは分かっているのに、実行に移せない。

 よどんだ気持ちを晴らすため、一度深呼吸をした。


「ちょっと今さ、ウチの風呂が使えなくて、おばさんが入るなら隣のを借りろって言うんだよね……」


 肩は勝手に縮こまり、唇の震えは止まらない。それでもなんとか目的を伝えることができた。


「でも、やだよな。自分の風呂に他人が入るのなんて……」


 同じクラスの異性が同じ湯船に浸るなんて、嫌に決まっている。恐る恐る顔色をうかがう。


「何で? 別にいいよ。何か困ることある?」


 嬢乙女は表情一つ変えずに返答した。


「えっ……あぁ、そう……。そうなんだ……」


 意外な反応に視線がさまよい、そっぽを向いてしまった。


「いいのかよぉ……」


 聞こえないぐらいの小声が気付いたら口から出ていた。そうはならないだろ、と強くツッコミたくなった。


「なぁ、入浴剤入れていいか?」


 もう一人、気にしていない女がいる。イオは入浴剤を顔の横に添え、口角を上げた。唇をかみしめ、鼻から出入りする空気もほんのわずかに激しくなっている。


「気にしろよ……!」


 こっちはお風呂を借りる身だ。そんな勝手なことはするものじゃない。胃袋からキリキリとした痛みが湧いてくる。


「全然オッケー」


 親指と人差し指で輪っかを作り、嬢乙女は承諾。イオに釣られるかのように、ニッコリと純白の歯を見せて笑った。


「いいのかよ!」


 ついに大きく声が出てしまった。たまったものが吐き出され、胸がポッカリと空になった気分だ。


「あ、でも変な毛とか浮いてたらごめんね」


 両手を合わせてしたウインクには、恥ずかしさの欠片も感じらない。


「気にしろよおおおぉぉ!!」


 ダメだ……。価値観が根本的に違う……!


 今日一日で一番大きな声が、友博から飛び出した。






 祭風町とは根本的にソリが合わない。


 これまで何度も摩訶不思議なモノに振り回され、何度も心に芽生えた感情だが、今日はより一層強く感じた。


 そこで決心した。町から出て行こう。もともと高校卒業後には去る予定だったし、特に未練はない。

 ネットバンキングでこまめにためた貯金だってある。現金も多少はあるし、今出て行っても生活はできるはずだ。


 風呂に上がってから荷作りを急いて行き、夜中みんなが寝静まった頃、こっそりと玄関の戸を開けた。

 街灯はなく、消灯済みのため家から光が漏れることもない。虫の声すら聞こえず、活気とは無縁の場所となっていた。


 完全な暗闇を歩くのは危険である。スマホの電源を入れて、その光を懐中電灯代わりにした。普段は気にも留めないほどの光がぶわっと広がり、塀や建物がギリギリ認識できる程度に視界は良好になった。


 まずは町を出るのが目標である。電車はとっくに終電を過ぎているが、線路沿いの道を歩けば次の町にいけるはずだ。朝になったら始発で最寄り駅の電車に乗り、一気に遠くまで行く計画だ。計画と言っても、急造で考えたものだが。


 しばらく歩いていると、自分のスマホとは別に、光を発しているものが目に入った。


「なんだ……?」


 思わず声が漏れる。自分以外にも外に出歩いている人間がいるのか?


 信じられない……というより、信じがたい。


 一歩下がろうとしたが、足が固まって動かない。そんなことを知る由もなく、得体の知れない存在は、容赦なく近づいてくる。


 物体は一見、車のような見た目をしているが、タイヤが付いていないし、ドアらしきものも見当たらない。言うならば、空飛ぶ未来の車だ。

 車の上半分が下側に格納され、運転手が顔を出した。内装は普通の車に近い。

 運転手は深く帽子を被っていて、目元が見えない。しかし、口元をニヤりとしているのだけは確認できた。


「おめでとうございます。あなたはゲンキョウタウンへ行く権利が与えられました」


 運転手は立ち上がり、頭を下げた。


 その不気味さに、俺はただ体を震えさせるばかりだった。

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