2/2 誰が飲み込む? アメの行方
メロンという果物は意外と食べる機会が少ない。俺が食べるのは人生で初めてだ。
スプーンが簡単に沈んでしまうほど果肉は柔らかく、みずみずしい。口に含むと冷たくて甘い果汁が広がり、スッとした気分になる。
空調も整っていて、人間が生活するのにちょうどよい気温と湿度を常に提供してくれる。非常に快適な場所だ。
「うまいか? まぁ準高級メロンがまずいわけないんだが」
その快適さを打ち消す要素が目の前にある。憎たらしい顔でニヤニヤとしながら、
「ああ。うまいはうまい……。でもどういう風の吹き回しだ?」
富鐘は人に食べ物をおごるような人間ではない。金持ち故にケチな男なのだ。
「別に大したことじゃない、ちょっとだけ友博に頼みたいことがあるんだ。本当にちょっとしたことなんだけど」
イスの背もたれに寄りかかり、富鐘はふんぞり返る。人にものを頼む態度でないのは明らかだ。
「頼みたいのは……とあるアメを取り返してほしいんだ」
「はぁ? アメ?」
もったいぶったくせに、本当に大したことがなかった。
「ただのアメじゃないぞ。アメジストカラーで、宝石みたいで……何より、食べたら不幸になるといういわくつきなんだ!」
実にうさんくさい。確かに、この町では少し不思議なことがよく起こる。だとしてもうさんくさい。真偽すら怪しいものをなぜ取り返さなければならないのか。
「もともと僕の倉庫にあって、功太郎に食わせようとしたら変に疑われちゃって、逆に奪われちゃったんだ」
いつも腰巾着をしている富鐘だったが、
「はぁー、そりゃ大変だな、自業自得だけど」
とはいえ、アメを食べさせかけて逆恨みされるのは富鐘に問題があると思う。
「まだアイツは分かってないと思うから、なんかうまいこと言って取り返してくれよ、友博は疑わないはずだから、な?」
富鐘の声は震え気味で、顔もこわばっていた。態度は大きいが、彼は確実に助けを求めている。
「なんで俺がそんな面倒なこと……」
助けられるなら助けたい。けれど、できれば中立を維持したい。
ここで富鐘に肩入れしたら、後で力動がこっちに怒りの矛先を向けるかもしれない。考えるだけで背筋がゾワりとする。
「準高級メロン」
「……せめて超高級メロンが良かったよ」
これ以上、断るのは難しいみたいだ。やっぱり富鐘はろくでもないヤツだ。
それにしても、富鐘の話には〈何か〉が引っ掛かる。
なんだろう……うまく言葉にできないが……。
イオいわく、欽也が読んでいた本の名前は『祭風町の事件簿』と言うらしい。
人に貸すのを強く嫌がったり、読書中に話しかけたらやたら驚いたりしているので、アメのことを調べたかったのだろう。
「あった! イオちゃん、この本で合ってる?」
同じタイトルの本が歴史書物のコーナーに所蔵されていた。私は表紙を見せ、イオに確認を取った。
「うん。これだった」
またも予測通り。図書館を出た以上、アメを調べるという目的は達成しているはず。欽也は、本をわざわざ借りることはしていなかったみたいだ。
「よしっ後はどのページかだけど……」
「見てない」
「だよねぇ……。でも目次で大体分かるかも」
本は時系列順に、祭風町で確認された奇妙奇天烈な出来事が記録されていた。古いものだと数百年前、新しいものだと数年前の話が載っている。国語辞典一冊ほどの厚さに細かく文字が連なり、情報量は膨大である。
「安奈……? まだか? まだ分からねぇか?」
功太郎はそわそわと体を左右に揺らし続けている。
「そんな急かさなくても……おっ、あった」
目次内で見つけた『不幸を呼ぶアメ』という項目名。ここにあのアメのことが書いているかもしれない。
「おおっ、まんまだまんま!」
ページを開くと、図解が載っていた。木製の小箱と、中に入っている紫色のアメ。色も、形も、大きさも、ここにあるアメ及び小箱と一緒だった。
「絶対これだよ! 見て見て!」
私は見開きページを二人に見せた。
「不幸を呼ぶアメ……」
イオは口をぽかんと開けたままになっていた。
「おお! 絶対これじゃねえか! でたしたぞ安奈!」
功太郎は鼻息を荒くし、私から本を奪い取った。
「なになに……ふむ。むむむっ……」
目を右往左往させてうなっているが、本当に理解できているのか、若干心配である。
「これを食べると、不幸になるのか……」
血が上ったかのように、功太郎の頭が赤くなっていく。手先も震え、怒りがあらわになっていた。
「クソッ! 欽也の野郎! どうしてこんなことを……!」
「はは……なんでだろうね」
思わず苦笑いをした。
自分が恨まれるようなことは一切していない、と思っているらしい。おめでたい性格である。
「これを食べるとどうして不幸になるんだろう?」
イオは小箱から取り出したアメを持ち上げて、天井の光を透かす。可愛らしく首をかしげ、口をアヒルのようにとがらせた。
「ああっ……」
イオの手から、アメがするりと落ちてしまった。
アメは床に落ちたかと思うと、高く跳ね返り、どんどんと外へ向かっていく。反発力の高さは、どういう物質で構成されているのか疑いたくなるほどであった。
「待ったー!」
ころころ移動するアメをイオは追いかけた。
アメは階段を降り、出入口を飛び出す。まるでアメが意思を持っているかのようである。
それでもまだ飽き足らず、アメは道路を跳ね進める。ちょうど坂道であったため、止まることを知らない。
「ヤバいヤバい!」
私たち三人も後を追うが、挙動が素早くなかなか捕まえられない。
アメはどんどんと降りていく。そして小石にぶつかり大きく跳ねた。
運命のいたずらか、跳ねた先に友博がいた。驚いた様子で口を開け、アメはその中に飛び込んでいった。
「あぁ! 友博がぁ!!」
イオが迫真の顔で叫ぶ。ポーチから紙パックのジュースを一気に飲み干し、ステッキを振った。
「危なあああああいっ!!}
ロケットのように友博に向かって、イオは飛び出した。彼女は空を飛べる魔法のステッキを持っている。空を飛ぶ原動力はイチゴらしく、イチゴジュースを常備している。
イオはすぐにアメを追い越し、ステッキをバットのように扱った。
「おりゃあああああっ!!」
見事なフルスイングを決め、アメを空のかなたまですっ飛ばした。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「危なかったな友博」
イオは衛星のように高速でぐるぐると俺の周りをぐるぐるとし続けている。空を飛ぶ力の余力が残っているせいとはいえ、ものすごく落ち着かない。
「大丈夫友博君? 実はあれね、かくしかじかなの」
「へぇ、そんなことが……」
俺の目的はエmを取り返す、仕方なく知らないフリをする。
「欽也に食わせたかったんだが……どこいっちまったんだか」
「……そうか」
警戒していないだろうし、俺が代わりに食わせてあげる――と言って受け取る作戦だったが、この状況ではなんとも言いづらい。富鐘としても、力動が諦めてくれたならそれでいいはずだ。
「まぁあれだけ飛んじゃったら……」
戻ってこないだろうし、見つけるのも不可能だろう。これですべて丸く収まる。
だがそう思った矢先、空から飛行体が降ってきた。
太陽光が透け、ギラギラとした強い紫色が輝く、宝石のような小さな何か。
まさか……そんな偶然、いや奇跡があるのというのか!?
再びこちらに向かってくるアメは、俺たちのいる通りの塀に激突し、曲がり角の先へと飛んだ。
「ふぎゃっ!?」
何者かの声がした。当たってしまったのだろうか。
「大丈夫ですか!?」
曲がり角まで急いで行くと、そこには富鐘がいた。
多分、俺の後を付けたのだろう。
「あっ……ああ。の、んじゃ……た」
顔が青くなった富鐘は、地面に膝を突き、おなかを押さえる。
「おぉっ、これがアメの力……」
怒りに燃えていたはずの力動も、あぜんとしてしまった。
「……あぁ! そうか! そうだったんだ!」
その時、頭の隅で引っかかっていた小さなトゲが、スッと抜け落ちた。電撃が走ったかのように、体に力が入る。
「どうしたの急に」
嬢乙女は険しい顔をしていた。気付いたのは俺だけみたいだ。
「このアメは……不衛生だ! 食べたら不幸を呼ぶんじゃない、食べること自体が既に不幸なんだ!」
超初歩的な話、アメは食べ物だ。管理状態が悪ければカビや細菌が繁殖していてもおかしくない。そもそも一つのアメが語り継がれているということは……何十年前からあるもので、誰かが既に口に含んでいる可能性もある……。
あぁ、これ以上考えたくもない……。
「だすげて……」
真実がどうであれ、今更そんなことに気付いても、富鐘の不幸を元には戻せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます