3/3 その目的は

 私のしたことは全く意味のないものだった。


 ナガハナガの目的は分からずじまいだが、少なくとも小鳥を助けるのが目的ではない。

 いろいろな食材を置いて支援したつもりだったが、ナガハナガにとっては必要ないものだったし、家族には迷惑がかかってしまった。


 ナガハナガへの興味はうせないが、誰かに迷惑をかけたいわけではない。今、私の住処があるのだって、友博たちの好意が大前提なのだ。

 ナガハナガだって迷惑だったかもしれない。意味のない警戒をさせてしまったし、洞穴の前に食べないものを置かれ、きっと困ったはずだ。


 バカだ、本当にバカだ。どうしてすぐ周りが見えなくなってしまうのだろう。どうして深く考えず突っ走ってしまうのだろう。


「はあぁ……」


 深いため息を出すと、友博がしゃがんで肩を並べてきた。


「世の中って……分かんないことだらけだよな」


 肘を土台として頬づえをついた友博は、遠くを見たままつぶやいた。


「あのさ、帰ったら一緒に晩飯作ってみるか? おばさんもきっと驚くし」


 そしてこちらを向き、ニッコリと笑った。爽やかで、一切曇っていない顔だった。


「……友博、ありがとう」


 急に心が温かくなった。お礼を言うと胸はドキドキとしてきて、耳が熱くなった。


 その時、ナガハナガが戻ってきた。


「まただ! 隠れよう!」


 再び、草むらに身を潜めた。

 ナガハナガは鼻先にパンジーの花をくわえてながら、洞穴へと入る。

 共通点のないものを集めて、一体何をしようというのか。少しだけ前に乗り出して洞穴をのぞくが、よく見えない。


「バオオオオオオオオオ!!!」


 するとナガハナガは、これまで聞いたことのない、最大級の雄たけびを上げた。


「なんだなんだ?」


 観察すればするほど、興味がうせるどころか、膨張していく。

 我慢ができなくなり、洞穴の入口まで身を乗り出してしまった。


「おいっ、危ないって」

「大丈夫だよ」


 ナガハナガが危害を加えたことはない、きっと大丈夫だ。


 中をのぞくと、驚くべきことに、ナガハナガの集めたものが浮いていた。

 フライドポテト、小鳥のぬいぐるみ、ハエの死骸、パンジーの花。本来空気中を漂わない物たちが、ナガハナガの周囲を衛星のように回っている。


「おいおいおいおい……」


 つい先ほどまで警戒をしていた友博はどこに行ったのやら、私の真横にいた。


「バオウ!」


 ナガハナガが振り向いた。


 気付かれる……!


 すぐさま私たちは洞穴の外に身を隠す。


 どうだろう? ギリギリバレなかっただろうか? 指先の震えが止まらない。


「バオバオバオーー!!」


 ナガハナガは飛び出した。こちらには目を向けない。気にしていないようだった。


「友博、私は追うぞ」

「……俺も行くぜ」


 友博は白い歯を見せて笑い、親指を立てた。






 ナガハナガが足を止めた場所は荒野だった。ひび割れた地面に、小石がところどこに転がっている。枯草が多少あるぐらいで、緑はほとんどない。

 フライドポテト、小鳥のぬいぐるみ、ハエの死骸、パンジーの花。驚くべきことに、これらはナガハナガの周囲を漂ったまま、一緒についてきたのだった。


「バオウ! バオバオ!! バオオオオオオオオオ!!!」


 先程以上の叫びだった。空気の振動を全身で感じる。


 叫びとともに、ナガハナガが発光しはじめる。本体だけでなく、周りに漂っていた物たちも同時に発光していた。


 何が、何が起きてしまうのだろうか……?


 光はさらに輝き、ついに目視すらできなくなった。


 数秒後。


 発光が収まると、ナガハナガの姿が変わっていた。


 大きな耳は鳥の翼のようになり、長い鼻の先は開花をしたように五つに分かれている。

 代わりに、周囲にあった物たちが消えていた。


「進化……?」


 友博は口をポカンと開けたままだった。一般的な生物学で使われる意味の〈進化〉ではなく、ゲームなどで使われる意味合いに近い。特定のアイテムを用いて、別のモンスターへと姿を変える、そんな表現が正しい気がした。


「バオウオウ~!!」


 若干、ナガハナガの鳴き声が高くなった。


「バオウオウ! バオウオウ!!」


 ナガハナガは何度も力強く叫ぶ。声に連動するように、地面から草木が生えてきた。最初は芽が生え、茎となり、幹となり、私たちの周囲を覆う。


「バオウオウ! バオウオウ! バオウオウ! バオウオウ!」


 叫べば叫ぶほど、緑は生い茂っていく。すごい力だ。まるで豊穣ほうじょうの神のように、声を上げるだけで自然が活性化していく。

 あまりの凄まじさに、私たちはただ眺めているだけだった。


「バオウオウウウウウ!!」


 ナガハナガはこちらを向き、地面に鼻を突っ込んだ。これまでとは違い、逃げる気配がない。

 土はだいぶ柔らかくなっている。自分の膝も、いつのまにか沈んでいた。


「バオッ!」


 五つに分かれた鼻先を指のように使い、地面から球体状のものを取り出した。黄土色でところどころくぼみのある物体――ポテトだ。揚げられていない、生のポテト。いわば第一形態と言ってもいい。


「バ~オウ!」


 滑らかな動きで鼻を伸ばし、私の前にポテトを突き出した。


「私に、くれるのか?」


 そうとしか受け取れない。試しに手のひらを上に向けて両手を合わせ、物を受け取るしぐさを取る。すると、鼻先でつかんでいたポテトをナガハナガは離した。


「バオッ!」


 ナガハナガは穏やかな目をしたまま私の頭をなでた。柔らかく、熱を帯びていて、どこか優しい感じがして、心の奥底がほっこりと温まる。

 伸びた鼻を元に戻したナガハナガは、大きな翼を羽ばたかせ始める。重く低い音を響かせながら、浮かび始めた。

 ナガハナガは大空へ飛び立ち、次第には見えなくなってしまった。


「……きっと、それはお礼だな」


 友博は見送るように空を見続けていた。


「うん。私もそう思った」


 ナガハナガは迷惑だと思っていなかったようだ。感謝の気持ちが形になり、手元に残っている。これがこんなにも嬉しいものだとは思わなかった。


「今日はポテト料理だな! 一緒に作るって言ってくれたもんな!」


 私はポテトを友博に突き出した。


「そうだっけ?」


 友博はチラリと向けた目を細め、にんまりと口角を上げた。


「ズルいぞ友博!」


 カッと頭が熱くなり、歯に力が入った。

 一緒にやろうって……あんなに優しく言ってくれたのに……!


「くうぅ……、あの時のセリフをもう一度聞ければ……」

「冗談だよ、分かった分かったって。一緒にやろう」


 友博は私の頭をポンっと叩いた。

 意地の悪い冗談だ。まぁ、一緒に作ってくれるならそれで良い。


 しかし、別の疑問が沸き上がった。


「ところで、一個でどうやって四人分のポテト料理になるんだ?」


 片手で持てるほどの大きさ、数は一つ。これでは一人ですら物足りない。ポテト料理で四人の腹を満たすなんて夢のまた夢ではないだろうか。


「そこまでは知らん!」


 友博には、サジを投げるようにそっぽを向かれてしまった。






 ポテトを八つにカットする。

 鍋にポテトを入れ、水を浸す。

 ほどよい硬さになるまで加熱する。


「できたな!」


 これがウワサに聞く、ふかしいもという料理らしい。湯気が立ち上がり、ポテトの香りがダイニング中に広がった。


「まぁ分かんないけど、多分これでいいだろ」


 友博はうろ覚えで作ったと言っていたが、とてもそうとは思えない。


 カットされたポテトを口に入れると、舌全体が熱くなった。


「うん! うまい! 何も付けなくてもうまいぞ!」


 ホクホクとした食感と、かすかな甘み。ポテトの持つ熱が喉奥まで浸透し、気分を高揚とさせる。


「おおっ、良かった良かった」


 私を見ながら、友博はポテトをお皿に盛る。


 昨日の憂うつな気分はすっかり抜け、気分はうららかだ。


 こうして、久々に不二家は和やかな食事を一同ですることができた。

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