2/3 長い鼻のナガハナガ
まさか、二日連続で貧しい夕食を取ることになるとは、思ってもみなかった。
昨日と同じく、中濃ソースをご飯に染み込ませて、その味をかみしめる。
ソースの甘辛さと香りは、悪いものではない。悪いものではないのだが、やっぱり二日連続であることがネックだ。ほぼソースの味のままでは、どうしても飽きる。
食卓の雰囲気は最悪だ。どんよりとした重い空気がただよい、何も言えない。
「ごめんなさい……」
イオは縮こまって反省の色を見せている。普段明るいだけに、落ち込まれると周りまで暗くなってしまう。
「なんで、こうなったんだ?」
昨日は気にしていなかった伯父も、二日連続はこたえたようで、目が普段より鋭かった。
「昨日ポテトを盗んだ犯人を見つけたんだ。そいつは、小鳥に食べさせるためにポテトをあげてたんだ。でも、小鳥は食べてなくて……、他に食べれそうなものを冷蔵庫からつい……」
それで、せっかく伯母が買い足した食材がまたもすっからかんになってしまった、というわけだ。
最初にこの話を伯母と聞いた時は、あきれて何も言えなかった。全く学習していない、昨日の今日でこれだと、この先も同じことが起きるのではないかと不安になる。
「ふぅむ……」
渋い顔をして黙り込む。怒るという感情すら通り過ぎてしまうのは、普通の反応なのかもしれない。
「で、その犯人は誰だったんだ? どこの子だ?」
少しでも空気を軌道修正しようとしたのか、伯父は犯人の話に変えた。
「いや、言葉は話せない。バオオ、って鳴くからバオちゃんって名付けた」
安直だが、生物の名前なんてそんなものだろうか。
「ほうほう、そりゃあもしかして、長~い鼻と、大きな耳があったりしなかったかい?」
伯父の言い方は、まるで具体例が思い浮かんでいるようだった。謎の生物の特徴を的確に言い当てている。あまりの的確さに、背筋が凍った。
「うん……! 知ってるのか!?」
イオの声が本調子になった。
この町では少し不思議なことがよく起こる。長年住んでいる伯父であれば、未知の生物の正体を知っていてもおかしくない。
「一応な。昔、誰かから聞いたことがある。ナガハナガってヤツだそりゃ」
「どんな生き物なんだ? ナガハナガって」
「すまん。そこまでは知らん」
伯父は半笑いをして、後頭部をかいた。
「そうか……」
イオはガッカリと肩を落とした。
「名前だけでも知ってるなんてすごいじゃない。私は聞いたこともないのに」
伯母の声をしばらくぶりに聞いた。また冷蔵庫が空になったと知った時はこの世の終わりのように絶望していたのに、今はだいぶ機嫌を取り戻している。
結局詳しいことは誰にも分からない。これ以上この話をしても、らちが明かない。
「何にせよ、自然の中で生きてるなら、自然に任せるべきじゃねぇかな。これ以上干渉しないほうがいいと思うぜ」
元をたどれば、ナガハナガとかいう生物のせいで二日連続湿っぽい夕食になっているのだ。詳細不明という点から、誰かが飼っていたなどの理由があるわけでもないはずだ。であれば、見なかったことにすればいい。それで何が起ころうともこちらに責任はない。
「…………」
うんともすんとも言わない。イオは納得がいかない様子だった。
さざ波の音が耳をなでる。
別に足を運ぶ気はなかったが、気付いたら砂浜に着いていた。普段なら直進して家に帰るというのに、どうしてここに来てしまったのだろう。
視界の先には草むらがあった。多分、昨日イオが言っていた草村だと思われる。あの中に洞穴があるらしいが、ここからじゃ判別がつかない。
まぁ、例の草むらだろうが、違っていようが、どうでもいい。そもそも別に関わる気がない。
イオのように、冷蔵庫のものを勝手に持ち出すなんてのはもってのほかだ。
とにかくこの先は家と反対方向だし、進む理由は一切ない。すぐさま戻ろうと、体の向きを変えた。
と同時に、イオの悲しそうな顔が思い浮かぶ。
昨日の夕食以降、またテンションが下がりっぱなし。朝も無言で本を読んでいて、か細い声でのあいさつぐらいしか交わしていない。
普段はウザったいほどに元気だというのに、落ち込む時はとことん落ち込むヤツだ。
「はぁ……」
進行方向を変えず、足を進めることにした。
数メートルしかなく、中に入らずとも穴の奥がはっきりと分かる。
そんな洞穴の前にはイオもいた。ちょこんと座っている姿は、草葉に隠れて気付かなかった。
「友博……?」
草を踏む音で、すぐに勘づかれた。振り返ったイオの顔は硬く、不安げであった。
「やっぱり来てくれたか! 信じてたぞ!」
しかし一瞬で劇的に変化する。俺を見た途端、イオの口が大きく開き、頬が紅色に染まった。
「やっぱりってなんだよ。たまたま通りかかっただけだし」
勘違いはしないでほしい。そういった意図の弁明だったが、イオは全く聞いている様子がない。
俺の元に来て、シャツの裾をグイグイと引っ張った。
「実は……、これ」
イオの顔が再び暗くなり、洞穴の前を指差す。
「おぉ……」
昨日、イオが置いたらしき食材が食い荒らされていて、ハエがたかっていた。
「ありゃ……、まぁそうだよな」
丸一日食べ物を外で放置して、無事なわけがない。
洞穴の中ではなく外にあるので、ナガハナガに手をつけてもらえなかったらしい。だからイオがショックを受けていたのだろう。
ただでさえ落ち込んでいる時にこの仕打ち。どう慰めようか……、いい言葉が思い浮かばない。
「ナガハナガだ」
脳内でうなっていると、イオが遠方を指差した。
「あれが……」
大きな耳と長い鼻、確かに特徴的な部分は象に近い。しかし全体のシルエットや色合いは明らかに象ではなかった。
「イオ、隠れるぞ!」
人間がいたら警戒するに違いない。身を潜めて、ナガハナガの生態を少しでも把握しようとした。
ナガハナガは洞穴に入る……かと思いきや、その前にあった食材たちに興味を持った。
「た、食べてるのか? アレを……」
草むらに隠れたおかげで相手から気付かれてはいないが、こちらも相手の様子がよく見えない。
「分からない。たで食う虫も好きずきって言葉があるぐらいだからだな。ああいうのが鉱物なのかも」
肉・野菜・魚と、主要なものがそろってはいるが状態が悪すぎる。ほとんどどの動物は好まないだろうが、未知の生物を常識に当てはめて考えるのは早計だ。
少しして、ナガハナガは洞穴に入った後、すぐにどこかへ去ってしまった。
「よし、ちょっと見てみよう」
今ならナガハナガもこちらに気付かないはずだ。
先にイオが、食材のあった場所をのぞいた。
「食べられてない……」
「う~む……」
興味は示したものの、食すまではいかなかったようだ。まぁ、手を付けるほうが不自然かもしれない。
次に洞穴の中を見てみる。昨日から何か進展はあったのだろうか。
「んんんっ!?」
洞穴にあったのは太さや形の異なるフライドポテトと、ハエの死骸、そして。
「これさ……」
小鳥のぬいぐるみだった。
「本物じゃない……」
おそらく、昨日イオが言っていた小鳥。正体がただのぬいぐるみだったとは思ってもいない事実だった。遠目から見たらしいので、見間違えるのは仕方がない。
「じゃあなんで……」
ぬいぐるみとなると、前提が崩れる。
どうしてイオの創作料理を狙ったのかだ。食べるわけでもなく、洞穴に放置している理由が謎だ。
「わかんねぇな、見当もつかん……」
洞穴に置かれたモノをただただ見つめていたその時、あることに気が付いた。
「なぁ、このハエってさ、さっきあっちにたかってたヤツじゃないか?」
俺は洞穴前の食材を指差した。
先ほどはスルーしてしまったが、よく見るとアレだけたかっていたハエが消えていたのだ。誰が消したかと言われたら、ナガハナガしかいないはず。そのナガハナガが居座っている洞穴でハエが見つかったとなれば、何がどう動いたかはだいたい想像が付く。絶対とは言えないが、状況証拠としては十分であろう。
「鳥のぬいぐるみ、ポテト、ハエ……」
イオはその場にあるものを改めてつぶやく。
けれど共通点らしい共通点は、思い浮かばない。やっぱりナガハナガの考えていることが、一切分からない。
「私のしたことは、全て間違っていたのかな……」
その場で正座をして、イオはうつむく。
顔は隠れていたが、悲しんでいることが痛いほど分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます