少し不思議な鼻の長い生物

1/3 消えた料理

 ついに完成した。


 山なりになったソレは、黄金に輝いているかのごとく、神々しさを感じる。

 初めて作った創作料理が、ここまでうまくいくとは思わなかった。


「名付けるなら……トリニティフライドポテト!」


 私の知る限り、フライドポテトには三つの種類が存在する。細長い形のもの、太く長い形のもの、月のような形のもの。味に大きな差はないが、得られる触感に違いがある。どれも各々の良さがあるため、優劣を付けることはできない。

 そこで、一度にさまざまな食感を味わえるポテト料理を作ろうと思いついたのであった。

 友博に見せたら、きっと喜ぶに違いない。満面の笑みでヨダレを垂らす姿が、容易に想像が付く。


 イオは、鼻歌混じりに友博の部屋へと向かった。






 友博を連れて戻ると、トリニティフライドポテトが見当たらなかった。

 テーブルの上には空の白いお皿のみ、料理を載せていたはずなのに、まるで最初からなかったかのようである。


「友博。いつの間に食べたんだ?」


 思わず目を見開いた。


「食えるわけないだろ、イオに呼ばれて来たんだから」


 後頭部をかきながら、友博はひとごとのように言った。


「じゃあ……志知間しちまおさむになるな」



 この家に住んでいるのは四人しかいない。消去法で犯人は絞られる。


「呼んだかぁ~?」


 ちょうどいいタイミングで二人がやってきた。家族全員はダイニングに集まる。


「私が作ったフライドポテト、食べたか?」


 私はお皿を指差した。


「いやぁ、知らないな」


 修は首をかしげた。口元を注意深く観察したが、油の跡は一切ない。芋の臭いもしないので、ウソをついていない。


「ごそごそやってると思ってたら、そんなことしてたのね」


 志知間も同様、ポテトを食べた痕跡がない。


「どこかにしまったりとかしてなぁい? 冷蔵庫とか」


 志知間は冷蔵庫を開ける。次の瞬間、顔がぎょっとしかめっ面になった。


「ない……ないわ!」


 体を震わせながら後ろに下がり、冷蔵庫と距離を取る。


「何が?」


 一体、何がないというのか。私が先ほど見たときは、何の変哲もないただの冷蔵庫だった。

 ダイニングの空気が少し引き締まる。


「食材よ食材! 昨日お買い得だったからいっぱい買い物したのに……」

「どんなのだ?」

「いろいろよ。人参、玉ねぎ、トマト、じゃかいも、ピーマン……後は調味料もほとんど無くなってるわ」


 全て聞き覚えのある……いや、身に覚えのある食材だった。


「あぁ! それなら全部私が使ったぞ! ポテトとそれに付けるソースに」

「えっ」


 志知間は顔をさらに引きつらせて、口をポカンと開けた。






 夕食は非常に貧しいものになってしまった。

 創作料理で家のものをほとんど使いきってしまったため、主菜も副菜もない。唯一残っていた調味料の中濃ソースを、白米にかけるだけである。


「はぁ……」


 料理をするというのは、おいしいものを作ればいいというわけではない。使っていい食材を把握し、予算内で料理をする必要もある。


 どんよりとした空気が、私に大切なことを教えてくれた。


「イオまで暗くなるなよ……、次だ次! 次から気を付けろよな!」


 友博は眉を八の字にさせていた。声こそは強がっていたが、視線はどこか不安げだった。


「うん……。分かった!」


 腹の底から声をだして、後ろめたい気持ちを振り切った。心なしか胸がスッとした気がする。


「ところで、結局誰に食べられたんだろう」


 犯人は見つかっていない。あの後、ダイニングを改めて探したがポテトは行方不明のままだ。


「あの時、窓が開いてたし、外部からの仕業かもなぁ、やっぱり」


 修の目は真剣だった。

 流し台の前の窓が開いていたのは、捜索中にも出た話題だ。ポテトの臭いが充満しないように開けていたのだが、それが犯人の出入り口となってしまった可能性はある。

 というより、他に考えられない。


「でも、祭風町でそんなことするかしら? おなかが減ってたなら食べ物ぐらい分け与えてくれる人ばっかりなのに」

「それはそう。盗むにしても、もっと金目のものとかだよなぁ。そこが俺も引っかかってる」


 こういった話も捜索中に出ている。志知間と修の推理は一向に進展しなかった。


「もし犯人と会えたら、食べた感想を聞きたいな」


 トリニティフライドポテトのことを考えると、口内に唾液が分泌される。友博と一緒に食べる予定だったので、まだ自分ですら食べていない。わずかな時間で全て食べてしまうほど、おいしいものなのだろうか。気になって仕方がない。


「そういう問題か……?」


 友博のささやかな突っ込みが、イオに届くことはなかった。






 翌日、イオは台所の窓をじっと見張っていた。


 昨日来たからといって今日も来るとは限らない。だが可能性はゼロではない。警戒をされないよう、机の下にじっと隠れて、ひそかに待ち続ける。

 机の下からでもしっかりと窓が確認できる。外でジリジリと鳴く虫の声がはっきりと届いた。


 しばらくたつと、窓から不審なものが侵入してきた。


 うねうねとした長い管のような物体が、家の中に入っていく。

 先端はチューリップのつぼみのような形をしていて、目が付いているかのように部屋の中を見回していた。どんどん侵入していくクダは、一体どれほどの長さがあるのだろう、終わりの見える気配がなかった。


 さらにクダ自体の動きも鈍くなり、なかなか進まない。体がむずがゆい、もう以上待っていられない。


 隠れるのをやめて、私はクダに近づいた。特に気になる先端に顔を近づける。


「ほう……」


 よく観察すると、先端の穴からは呼吸をしていることが分かった。微かだが、空気の流れを感じる。


 その時、鼻先が先端と触れ合った。


「んぎゃあ!?」


 クダと重なった鼻が離れなくなってしまった。壁をつかんで、後方に体重をかけるが、取れる気配がしない。


「んぐ! ぐううぅっ!!」


 痛い……!


 ダメだ、ものすごい吸引力が発生していて、下手に抵抗をすると鼻がもげそうになる。


「バオオオオオォォォォォ!!」


 外から謎の声が聞こえると、クダは一気に外に戻っていく。その勢いで、私自身も外まで出てしまった。






 釣られた魚のように壁外に放り出された。背中を強く打ち付け、地面にヒビが入る。衝撃で、なんとかクダと鼻が離れた。


「ぬうう……!」


 鼻はまだヒリヒリとして、焼けたように熱かった。

 だがそんなことを気にしている場合ではない。すぐさま体勢を整えて、謎の物体の全容を確認した。


「ぞ、象?」


 生き物だった。

 その外形は動物図鑑で見た事がある。大きな耳と長い鼻を特徴とする生物だ。

 しかし、異様に丸っこい体に短い二本足、赤銅色の色合いなどといった要素が、象であることに疑いをかける。


「バオウッ!?」


 象のような生物は、驚いたリアクションをすると、鼻を収縮させて逃げていく。


「あっ! 待って!」


 イオは常備している魔法のステッキを使い、空を飛びながら謎の生物を追った。






 謎の生き物を、仮にバオちゃんと名付けよう。「バオ!」と鳴くからだ。


 バオちゃんは海辺へと進んでいった。二つしかない足を高速で動かし、砂浜を見た目からは想像を付かないスピードで駆けていく。


 砂浜の先には草木の生い茂った場所がある。周りが砂で覆われている中、めげずに草を長く伸ばしている。草むらに入ると、バオちゃんは体を隠した。草をかき分ける音は聞き取れるので、追う上では特に問題がない。


 浮遊の制限時間も過ぎてしまったので、後は歩いて追うことにした。

 茂みを抜けると、そこには洞穴があった。草でうまい具合に隠れていて、何度か通った場所であるのにも関わらず、初めてその存在を知ることとなった。


 洞穴は入口が広く、中の様子が確認できる。バオちゃんはその中にいた。


 バオちゃんの近くには、フライドポテトがあった。太く長いもの、細長いもの、月状のもの、三種類のポテトがバランス良く混ざっている。


 これはどうみても……私のだ!


「たっ……、食べてない」


 口に召さなかったのだろうか。だとしても、洞穴に残しておく理由はない。

 さらに観察すると、小鳥の姿が見えた。横に倒れていて、ピクりとも動かない。


「あぁ!」


 思わず声を上げてしまった。すると、バオちゃんに気付かれてしまった。


「バオ! バオバオ!!」


 振り向いたバオちゃんは、耳を大きく広げ、鼻を伸ばす。喉を鳴らして強く叫ぶ姿は、いかくをしているようだった。


 怒っている、これは確実に怒っている。


 あまり刺激をさせないよう、いったん洞穴から離れた。






 バオちゃんは小鳥を助けたいんだ、そうに違いない。


 洞穴内の様子から、イオは確信していた。


 トリニティフライドポテトを盗んだのも、小鳥に与えるため。しかし小鳥が食べなかったので、放置されてしまっている。


 小鳥はポテトを食べないのかもしれない。


 ならば、ポテト以外の食材を分け与えなくてはいけない……!

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