2/3 空を飛ぶ条件
友博と
「むむむ……」
どうにかして空を飛びたい。一体どうすれば良いのか。うなっていても答えは出ない。
友博は志知間の話を疑っているようだった。実際、空を飛ぶことはできない。だが、ウソだと断定はしたくない。何か条件があると思うのだが、それが何なのかが全く分からない。
もしかしたら、もっと複雑な条件でもあるのだろうか。
「イオちゃん、そんな考え込むことないのよ」
「でも、どうすれば飛べるか……」
「何も知らない私が飛べたんだから、そんな難しいことが必要じゃないと思う」
「むむっ? ではどうやって……、心の持ちよう、というわけでもなさそうだし」
幼少期の志知間は、空を飛べることを知らずに使っていた。
「空を飛ぶのに素質とかあるのか? 志知間、使えるか?」
私はステッキを差し出した。
「ちょっと試してみるわ」
志知間は快く受け取った。じっとステッキを見つめながら、立ち上がる。
そして深く息を吸った。
「ほっ! やーっ! とうっ!」
メリハリのある動きで、横に、縦にステッキを振る。
しかし、なんの反応もしない。誰が使ったかも重要ではないようだ。
「む〜ぅむ……他にはなんだろう? 場所とかか?」
「いや〜、ずっと私はここ住みだし……」
「もっと限定的なのかも。志知間の部屋でやろう!」
今更引き返すわけにはいかない。まだまだ考えられる手段はあるはずだ。
まだ見えぬゴールに胸がカッと熱くなり、体がうずうずとした。
志知間の部屋でもうまくいかなかった。ステッキを振っても、呪文を唱えても、何も起こらない。
「他の条件……子供だったからとか?」
それでも、イオは空を飛ぶことを信じていた。諦めるにしても、なぜ空を飛べないのかをはっきりさせたかった。
「どうかしらぁ……? そういうのは何か、違う感じがするのよね」
志知間の眉間にしわが寄った。
「どうしてだ? 何か理由があるのか?」
無自覚でステッキを動かしただけなのに、年齢は無関係だと言い切れるわけがない。
きっとそこには、理由が隠されているはずだ。
「なんでだろう……どうして……」
志知間は黙り込み、アゴを左手で触りはじめた。左手以外はピクりとも動かさず、置物のようになっていた。目を細め、口を閉じ、かすかに息をする音が聞こえた。
「思い……出した!」
しばらくして、目と口が大きく開いた。
「ステッキを振ったとき、私の両親もそこにいたのよ。で、布団に家族を乗せて、ふわぁーっと公園まで行ったの」
志知間はどこか遠くを見つめるように、斜め上を向いまま話を続ける。
新しい情報が手に入る……そう思うと、心拍数が徐々に上がっていく。
「で、戻ろうとしてもう一回振ったときはダメだったのよね。代わりにお父さんが振ったらまた浮いてさ、家まで戻れたわけ」
脳裏によみがえった記憶を実況するように、状況説明をつらつらと連ねる。
「だから、場所とか人は関係ないはずなのよ」
記憶がより鮮明になった影響か、清々しい顔をしていた。
「その後はどうなったんだ?」
言葉が耳に入るたび体が熱くなる。こんな気分はめったにない。
「次の日友達に見せるため頑張ったけど全然ダメでさ、それでお母さんにも頼んだんだけど、なぜか使えなくて。結局物置に閉まったわけね」
志知間の目線は私と合い、ぎこちなくほほ笑んだ。
「ふむ、そんな事情が」
条件はより明確になったが、肝心のルールが明確にならない。
「一度しか使えない上に、その一度にも条件がつく感じかしら」
「なるほど、何か特別な条件か」
特別な何か、あの日の志知間だけが持っていた何か。第三者の自分に分かるだろうか。
これまで出た話にヒントがないか、一字一句思い返してみる。ここまで話が出て、志知間の勘違い……なんてことにはならないはず。
絶対に、何かしらの理由が潜んでいるはずだ。
「そうか! 誕生日!」
やっと気付けた。これは志知間が誕生日の時に起きた出来事だということに。あの日だけ、に限定される出来事だとしたら、これぐらいしかない。
「いやぁ誕生日って私だけだし、誕生日だからってそんな……」
言いかけた途中、志知間はプツりと糸が切れたかのように、固まった。
「ケーキ? そうだ! ケーキを食べたんだわ!」
そして、大きく手を叩いた。
ケーキ――人魚の村にいたときにも時々名前を聞いたことがある。クリームや果物を載せた甘い菓子で、人間界では誕生日にケーキを食べるという風習があったはずだ。
「ケーキか? ケーキがなんなんだ?」
しかしそれが何だと言うのか。
一切分からなかった。志知間は納得しているのに、私はできていない。共感できないことが、とても歯がゆい。
「食べ物が浮く力の源なのよ! 直前にケーキを食べてたからあの日は使えた、次の日は使えなかったのね!」
なるほど……点と点が一本の線につながったかのように頭に電撃が走った気がした。
「おお! なるほど! そんな感じがするな! 私もケーキを食べたい!」
食べ物の力で飛んでいるなら……私も空を飛べる。体中が火照ってきて、じっとしていられない。息を吐く回数も増えていく。
「まぁ、絶対じゃないけど、試せる以上は試しましょ」
「うん!」
試さなければ始まらない。ここで断る理由はなかった。
この町には商店街という、さまざまなお店の集まった場所があり、その中にケーキを売っているお店もあるらしい。
「ケーキ! ケーキ! ケッケケーキ!」
本物のケーキは見たことすらない。きっとさぞかしおいしいのだろう。
おいしいものを食べて、さらに空を飛べるなんて、最高ではないか。胸の高鳴りは加速する一方だった。
「ふふふっ……! 友博もこれぐらい素直ならいいのにねぇ……」
目の前を歩く志知間が振り返り、にんまりとえくぼを作った。
「ん? 友博がどうかしたのか?」
なぜ、急に友博のことを口にしたのか、全く分からない。頭にしこりの残る感じがした。
「ううん。ただちょっと、あの子、気難しいところがあるのよ。優しい子なんだけど、ちょっと冷めてるっていうか」
「ふむふむ、それで?」
「まぁ……なんというのかねぇ」
首をかしげたり、頭をかいたり、志知間は妙に落ち着きがなかった。
「とにかく、口には出さなくても、態度はわりと出す方だから、友博をよく見て、思いやってあげてね! って感じかしら?」
「思いやる……か……」
考えてもいなかった。確かに、私は友博をしっかり観察していない。周りのものに目を向けすぎていた。
今度会ったら、友博のほうをしっかり見てみよう。
入口に付けられたアーチ状の看板をくぐると、左右にさまざまなお店が広がっていた。日用品を売っているお店、植物を売っているお店、肉や魚を売っているお店。全てが自分の把握できるものではなく、中にはどういうお店なのかさっぱりの所もあった。
事細かに質問をしたいところだったが、ケーキを買うことを最優先したいため、何も言わなかった。
赤いイチゴが描かれた白い看板のお店で、志知間はショートケーキを買って来た。
「はい、これがケーキ」
ホール型のものを八等分したタイプのケーキだった。スポンジ記事の上にクリーム、さらにその上にイチゴが載っている。酸気を含んだ甘い香りが、嗅覚を刺激する。
舌の上に唾液がにじみ出てきた。すごい……うまそう……!
「よしっ! 食べてみよう!」
ケーキを食べたいという気持ちがどんどんと増大していった。おなかが熱い、もう我慢はできない。
「あ、いきなり全部食べるのはダメ」
口を大きく開けたところを、志知間に制された。
「ケーキのどの材料が原因か、分からないじゃない?」
「むっ……! なるほど」
本来の目的を見失うところだった。ケーキ自体が力の源とは限らない。ケーキの中の何が空を飛ばせてくれるのか、それを見極めるのが今回やるべきことだ。
反省反省……、たまったツバを飲み込んで、気持ちを切りかえる。
「まずはイチゴから。はい、あ~ん」
志知間はケーキに乗っていたイチゴを取り出し、こちらに向ける。
「あ~ん」
しっかりと、私はイチゴを口に含んだ。
「んんっ!」
舌と触れただけで甘味が広がっていく。歯で何度もかみしめると、果汁がさらに口内を包み込み、鼻の奥までその感覚が伝わってきた。
「んんーー!! んーんー!」
全身に広がる身震い。思わず声に出したくなるが、口にイチゴが入っているのでできない。口を抑えて、ぐっとこらえた。
「…………」
果肉を一粒でも口内に残さないように、奇麗に飲み込んだ。
「うん! うまい!」
「あら、それはよかった」
「まずはこれで……」
イチゴが空を飛ぶ源かどうか確かめられる。なんとなくだが、これまでより真実に近づいた気がする。本能で感じ取れている。そのせいか、これまでのチャレンジより妙に緊張する。
「そりゃあ!」
勇気を振り絞り、一振りした。
次の瞬間、イオは勢いよく空へ飛んでいった。
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