4/4 時間犯罪者の目的
本当に、イオは怪しげな男と一緒にいた。
全身を銀のレザースーツで覆い、頭には触覚のようなものが伸びた変な帽子を被っている。この怪しさは、ものすごく未来人っぽい。
駅前にある古びた券売機の前で、イオと男は不審な動きをしていた。
「あの人……」
「ああ、タイムトラベラーだ」
麦わら帽子をまたもゴーグルに戻し、クロノさんは答えた。未来人の区別にも使えるらしい。かなり汎用性のある道具だ。
「なら遠慮はいらねぇな」
相手は時間をこえてやってきた誘拐犯、迷ったり戸惑ったりしている時間はない。
ここでイオに万が一のことがあってはいけない。
内底からみなぎる力を脚に集約し、全力で駆けた。
勢いを付けたまま、銀のレザースーツを来た男に突撃した。
「ぬごおおぉ!?」
男は数メートルほど飛ばされた。
「ど、どうしたんだ!?」
はたから見れば、男が勝手に宙に浮いて後方で飛んだようにしか見えない。イオが目をぎょっと開くのも無理はない。
「近寄るなイオ!」
俺はイオの動きを制するよう、強く声を発した。
「友博? どこだ? どこにいるんだ?」
声だけでしっかり識別してくれた。
不安そうにキョロキョロしている中、俺はイオの手を握った。
「ここだ! 見えないと思うけど、ちゃんとここにいる!」
あくまで体が服ごと見えないだけで、肉体自体はちゃんとある。イオの温もりが手を通じて感じられた。
「おぉ、ほんとだ!」
イオは握られなかった方の手を、俺の手の上に置いた。そして安心した表情で口角を上げた。
俺の手である保証はないのだが……もしかしたら手を触った時の感触を事細かに覚えていたのかもしれない。
「いでで……、ったくよー、誰だってんだぁ!? 邪魔すんのはよぉ!」
地面に倒れていた男が起き上がった。小物臭いセリフで悪態を付く姿は、実に醜い。
「ヒスフェンダーだ!」
イオと男の間に挟まるように、クロノさんが来た。黒いレザースーツに機能満載のゴーグル、未来人のスタイルに戻っている。
「貴様、未来人だな。航時法違反により逮捕する!」
聞き慣れない単語がポンポンと出てくる。急に近寄りがたい雰囲気が湧いてきた。
「ケッ! バレないと思ったんだけどな」
全身がギラギラとした格好で言われても、説得力がない。よほど見た目に無頓着なのか。
「でも俺は捕まる訳にはいかない……この時代で、この時代で……」
男の息が荒くなっていく。相手の張り詰めた表情には、こちらも息を飲む。
「映画館デートしてみせるんだあーー!!」
「……は?」
気張っていた神経がプツりと切れ、ガクンと肩が落ちた。
バカだ。バカに違いない。
そんな理由で過去に来ないで欲しい。
「その子はやっっっと一緒に映画を見てくれるって言った子なんだ!! ナンパに成功したってのに、映画を見ないで捕まってたまるか!!」
足を大きく開き、血眼で怒鳴る。その熱量は凄まじいものを感じた。
「本当か? イオ」
デートのために時間犯罪を起こすなんて信じられない。
何かの冗談だと思い、確認を取ってみる。
「ああ。すごい面白そうな映画だろ?」
イオが見せたのは『カップルで見るのにちょうどいい恋愛映画・ザ・ムービー』のチケットだった。
なぜこの映画を誘ったのか、なぜこの映画を面白そうと感じたのか、理解が追い付かず、頭が少しクラクラする。
「でもこれで切符を買えなかったんだ」
指を差したのは券売機。悲しい事に、祭風駅の券売機は小銭にしか対応していない。イオの持っている千円札は、この場ではただの紙切れに等しかった。
「マジかよ……誘拐じゃなかったなんて、まぁいいか」
気が抜けてしまったが、本当なら別に悪い事ではない。誘拐犯じゃなかったのはむしろ良いことなのだ。
「貴様……なんてことを……!」
しかしクロノさんは全く違う反応を見せていた。
「ナンパだと……! 絶対に許さん!!」
全身を震わせ、鬼の形相で男をにらむ。
「え? なんで?」
誘拐の可能性を危惧していた時より、明らかに怒りをあらわにしている。
「言え! この時代に来てから一体何人の女性に声をかけた!」
「覚えてない、まぁ軽く十人は超えてたかな。下手すりゃ二十だ!」
男はなぜか自信満々で話す。心が折れなかったという意味では、自慢しても良いかもしれない。
「なんと……! くうぅ……」
がく然とし、クロノさんは地面に手を付いた。
「どうしたんですか、クロノさん……」
いくらなんでも反応がオーバーすぎる。一体、彼女はどういう心境なのだろうか。
「……が」
クロノさんは聞き取れない声量で、ぼそりとつぶやいた。そして深く息を吸って、胸を膨らませた。
「後処理が、大変でしょうがああああああああああああ!!!」
顔を地面に向けたまま、荒々しい怒鳴り声を叫んだ。
別の時代との干渉は最小限にしなくてはいけない。新たな歴史のゆがみを生まないという理由があるからだ。
仮に多干渉してしまったらどうするか? その場合は相手の記憶を消して無理やりゆがみを食い止めるらしい。
「はあぁ……」
タイムトラベルをした男を捕まえたのにも関わらず、クロノさんがため息をついている。
「こいつが約二十人、私が声をかけた分が十一人、それでばんそうこうとフランスパンも……」
すぐ忘れるような関わりなら記憶を消す必要はない。しかし男は全身銀色のレザースーツ、クロノさんは鼻にばんそうこうと、それぞれ印象が強い姿で聞いてしまっている。記憶を消す対象があまりにも多い。
「強制送還!」
クロノさんのゴーグルから謎の光線が出て、男は消滅してしまった。
「さて、後は君の体だが……」
男を捕まえても体は透明なまま。戻る方法は、どこかでさまよっている俺を見つけるしかない。
「状況を考えたら、駅でたむろっているはずなんですけどね」
「友博がいたぞ! ここ!」
イオが駅の曲がり角の先を指す。
「マジか……マジだ!」
影に隠れ、俺は壁に寄りかかっていた。通信機能が阻害されたはずのスマホをポチポチと弄っている。過去の写真でも眺めているのだろうか。
「少し触れてくれ。それで元に戻るはずだ」
「はい」
クロノさんに言われた通り、指先を目の前の俺の額に軽く当ててみた。
すると目の前の俺は吸い込まれるように体にまとわりついた。触れた指先から順に、皮が水源から下流に流れるように、透明だった表皮に色がついていく。肌の色には懐かしさすら感じられた。
「戻った……戻ったぞおおおおお!!」
「良かった。これでまずは一件落着だな」
クロノさんは、穏やかな笑顔を見せた。俺も達成感で胸がいっぱいだった。
「後処理は全て私がやる。君の記憶は最後に消させてもらう」
記憶が消える――この間の出会い、行動、思考、全てがなかったことになる。短い時間でも名残惜しさを感じた。
「だからそれまでの間、何事もなかったように過ごしてほしい。変な感じかもしれないが、鍵を探していてくれ」
「確かに変な感じですけど、協力します。あなたの……そして俺たちの未来のために」
けれど全ては未来のため。俺はクロノさんに笑顔で親指を立てた。
ピピピ……。ピピピ……。
規則的な電子音が耳元で響く。
朝か……。意識が目覚めていても、体が動こうとしない。
言われた通り夕方まで富鐘を待ち、結果的には何の進展もない一日となってしまった。
当然バイト代も出ず、肉体的、精神的な疲れは一晩寝ても取れなかった。
そういえば、クロノさんとまた会ってもいない。
記憶を消さなくても問題ないと認められたのだろうか? 結果の報告すら受けていないので、真相は分からない。
こちらからコンタクトを取る手段もないため、少しモヤモヤが残る。
「あぁ~、つれぇ……」
今日は平日、学校がある。
重いまぶたをなんとかして開けて、体を起こした。
「…………」
辺り一面に空が広がっている。まだ寝ぼけているみたいだ。
目を擦って、再び目を開ける。
「……なにこれ」
そこは知らない場所、いや知らない世界だった。
壁や床、天井、机、棚、その他の様々な物が透明で、その奥がはっきりと見える。まるで全てがガラスでできたように透け、光を反射している。色が付いているのは、本などの一部の小物のみである。
「うわあっ!?」
透けているのは服もだった。完全な透明ではないものの、半透明で肌が透けている。
「どーなっとんじゃこりゃ……」
あまりの小恥ずかしさに、心拍数が上がり、頭が熱くなった。
「友博―! どうなってしまったんだ!? 朝起きたら変になってるぞ!」
変化に困惑していたのは俺だけではなかったようで、イオがドアを突き破るように部屋に入ってきた。
当然、服も半透明である。髪の毛でうまく隠れてはいるものの、体のラインがはっきりと確認できた。
「イオッ!? 隠せ隠せ!」
さらに頭がのぼせるように熱くなり、とっさに目を逸らした。
「何をどうやって!?」
「あああぁぁ……!! 悪かった! 隠すな!」
イオは慌てているようで結構冷静だった。これ以上この話をしたくないので、隠してもらうことを諦める。
「とにかく俺に聞かれても分からん、なんでこんなことになったかなんて……」
状況が全く飲み込めていない。昨日の出来事が関係していそうだが、だとしてもこんな別世界みたいになってしまうのだろうか。
ミシッ。
天井から何かのつぶれるような音が聞こえた。
ドゴゴゴゴゴ!! ゴオオオオオ!!
天井にヒビが入り、その隙間からどす黒い空間が垣間見えた。激しい音と共にヒビがどんどん大きくなっていく。
「なんだなんだ……」
パラパラと天井の欠片が落ちていく。
ドジュウウウウウ!!
黒い空間が円形になったかと思うと、そこから三人の女性が降り立った。三人とも、パワードスーツのようなものを着こんでいる。
「随分と、派手に変えてしまったみたいねぇ」
中央に立つ人からは妖艶な女性の声がした。ぶっそうな見た目とは対照的である。
「すみません……」
申し訳なさそうに謝ったのは……クロノさんの声だ。
「まーまー、誰でも最初はこれぐらいやっちゃうもんでやんす」
最後に右端からは、妙な語尾をつける女性の声がした。
この世界も、歴史のゆがみのせいだというのか? 意味が分からない。
「さぁ、今度こそ、元の歴史に戻しましょ?」
どうやって……?
友博の心の中のツッコミが、彼女たちに届くことはなかった。
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