3/3 ボール争奪戦

 険しい表情で友博は、イオから機械的なボールを奪った。


「俺はこの後フランクフルトを食べる」


 実験だ。

 外にフランクフルトを売っているお店があったが、普通は俺自身が能動的に動かないと実際に口にすることはない。しかし、もしこのボールが本当に言った通りになるのなら、話は変わる。


 さぁどうなる? 何かが起こるのか……?


 クイズすごろくの決着が付き、人々は外へと掃けていく。

 そんな中、こちらに向かってくる人物が一人だけいた。嬢乙女だ、両手にフランクフルトを持って小走りをしていた。


「おわああっ!?」


 床の出っ張りにつまずく嬢乙女。フランクフルトが手放されてしまい、宙を舞う。


「あふぃっ……!」


 思わず口を開けて声が漏れた。開いた口に、すっぽりと二本のフランクフルトが、奇麗に収まった。


「ああっ、ごめん!」

「ほんほほは……」


 本物だ……。


 もう偶然が重なっただけとは思えない。この球体は本当に言ったことが実現する力がある。

 どういう仕掛けなのだろうか? 解明できるとは思っていなかったが、再び球体を観察した。

 精密機械のような細かな模様の金属製っぽい球体、上部にはデジタル数字で4と書かれている。


 4と書かれている……?


 確か、トイレで見た時の数字は9だった。カウントダウンか? だとしたら一体どういうカラクリだ?


「ずるいぞ友博!」


 いつの間にか、イオがムスっとした顔で近くまで来ていた。


「ボール急に奪って、フランクフルトまで……!」


 イオは球体を力ずくで引っ張り、強引に俺の手から奪い取った。


「フガアッッ!!」


 だがそのおかげで手の空いたため、口に入ったフランクフルトを取り出せた。両手に一本ずつ抱えながら、新鮮な空気を口から取り込む。


「それは悪かった。フランクフルトも、後で買ってやるから」

「今すぐ食べたい!」


 異様な執着だ。ギリギリとした目つきで眺望している。その迫力に、思わず後ずさりしてしまう。


「そんなわがまま……どわあああっ!?」


 後ろを見ずに下がっていたら、何かにつまずいた。

 重力の方向のまま体は床に引き寄せられる。背中を打って倒れそうになったところを、とっさに受け身を取る。


 手放したフランクフルトは宙に舞い、イオの元に向かって落ちていった。

 

「んんーーっ!! んまんま!」


 やはり何でも願いがかなうボールみたいだ……。


「んん?」


 俺はあることに気付いた。


 球体のデジタル数字が3になっている。これまで俺が二つ、イオが三つ、望みを唱えた。俺の知らないところで、さらにイオが一回何かしらの望み――例えば、俺と再会したいなどという望み――を言っていたとしたら、数字のつじつまは合う。


 もしかしたら、デジタル数字は残りのかなえられる望みの数なのではないだろうか?


「すごい偶然ねぇ。でもフランクフルト食べれて良かったね」

「うん!」


 嬢乙女とイオは、まだ偶然を疑う様子がなかった。


「イオ……ちょっとこっち来てくれ」


 予言できる球体の存在は、公言すべきことではないだろう。まずは二人きりで話し合うことにした。






 町会館の裏は、やはり人がいない。


 ふとした言葉で誤爆しないように、球体は地面に置いて、イオに球体について説明をした。


「えぇ!? すっごい力じゃないか! 何でもかなうのか?」


 感激した様子でイオは目を見開き、口を大きく開く。


「そうだ。すごい力だ。だがどこまで思い通りになるか分からないし、何か代償を払う可能性もある」

「確かに……」


 アゴに手を当てるイオ。顔をしかめながら、球体をじっと見つめる。


「じゃあまずは説明書がほしいって望めばいいんだな!」


 少しすると、ポンッと手を叩いて、自慢げな顔で俺に目を向けた。


「へぇ?」


 最初は、何を言っているのか理解ができなかった。頭は真っ白のまま、思考が回らない。


「このボールの説明書を私は手に入れる!」


 置いてあった球体に手を添えて、イオは意気揚々と叫んだ。


「とんちを働かせろとは言ってない!!」


 イオの手を離させたが、手遅れだった。既に球体から一枚の紙が噴射されてしまった。

 宙に舞った紙を、地面に落ちる前にイオが拾った。


「予言ボール簡易説明書。だって」


 これまで一番、身もフタもない願いのかない方だ。こればかりは、偶然と呼ぶのは難しい。


「俺にも読ませてくれ」


 イオと顔を並べ、一緒に説明書を読み始めた。


 球体の名前は『予言ボール』。予言ボールを持って予言をすると、それが絶対に実現するという。

 ただしいくつか注意すべき点がある。一つ目は、かなえられるのはあくまで未来の出来事のみ、過去の改変はできない。二つ目は回数制限があり、どんなに願いの大きさに関わらず、10個までしか願いをかなえられない、残り回数はボール上部で確認できる。


「やっぱりだ……」


 二つの目の文章を見て、ニヤリと笑みがこぼれた。

 やはり俺の予想通り、回数制限付きで願いをかなえられるボールだったようだ。

 これをイオに渡したら、小さなことで全ての願いを使われそうだ……そんな心配が心によぎった。


「な? むやみやたらに願いをかなえていいものじゃないんだ」

「じゃあ、そういう友博はどういう願いをかなえるつもり?」

「えぇ? そりゃあ……」


 言葉が出なかった。


 回数が限られていることを考えると悩む。

 真っ先に思い浮かぶのは億万長者になる願いだ。大金を得られたらこの町で居候する理由も無くなるし、その後の人生もバラ色だろう。


 しかし、金というのはいささか平凡である。もっと有効活用できそうな願いがありそうだ。定番は願いの回数を増やす願いだが、いざ自分が願える立場になると、実現できるのか? 何か不具合でも起きるのではないか? といった不安がよぎる。


「何もないなら、私がやってもいいじゃないか」


 黙っていると、イオが再びボールに手を置いていた。


「違うって! 慎重に考えてるの! イオも本当に必要な願いかしっかり考えてやらなきゃダメ!」


 背中に悪寒が走った。これ以上安易な願いで残り回数を消費されては困る。彼女の両手首をガッツリとつかみ、ブロックした。


「友博だってフランクフルト食べたいって願ったじゃないか」


 イオは頬を膨らませた。力が強く、手をボールからはがせない。


「あれはただの実験だし……。危なっかしいから、とにかく触っちゃダメ!」


 退くつもりがないのなら、こちらも強引な手段を取らざるを得ない。ボールのほうを手に取り、素早く引いて体に密着させた。


「ずるい!」


 突然腹に重い衝撃が加わった。胃袋の中身が逆流したかのように胸が熱くなり、しびれるような痛みが広がる。

 これをイオの頭突きと認識するのに、ほんの少しだけ時間がかかった。

 その隙を突かれ、ボールを引っ張られた。体重を乗せて後方に引かれたら、ひとたまりもない。体ごと持っていかれた。


「ずるくない!」


 とはいえ俺も負けてはいられない。爪を立てグッと腕を引けばまだ対抗できる。


「ずるい!」


 再びイオが引っ張る。

 その後も、友博が引っ張り、イオが引っ張り、決着の付かない、いたちごっこが続く。争いはヒートアップし、お互い体重をかけてボールを自分のものにしようと奮闘。ただの体重勝負だとイオが有利だが、膝で歩いている性質上バランスが取りづらく、戦いは五分五分である。


「ぐぬぬ……」


 綱引きの要領で後方に重心を置いているが、この方法にも限界がある。手の感覚も徐々に鈍くなってきている。

 このままじゃイオに押されるのがオチだ。


 クソッ……どうしたらいいか全く思い浮かばない……!


 その時、自分に反発していた力が急に消え去った。


「どわあああああっ!?」


 力のつり合いが崩れ、後方へと吹き飛ぶ。尻もちを付き、しびれるような痛みが全身に走る。

 だが、その痛みを一瞬で忘れ去ってしまうほど、目の前には衝撃的なものが映っていた。


「割れてる……」


 なんと、ボールが二つに分かれてしまった。Uの字を描くように半分になり、中の精密機械があらわになっている。


 残りの半分はイオの手元。何が起きたか理解できていないのか、きょとんとした顔をしていた。


「…………」


 イオは無言のまま、放置された説明書のほうに向かっていった。死んだような目をしながら、紙に書かれていた文字を読む。


「注意点その三、予言ボールは壊れやすいので投げたり引っ張ったりしてはいけない……だって」


 俺たちは初歩的なことを忘れていた。最後まで説明書を読んでいなかったのだ。


 要するに、危なっかしいことをしていたのは、俺のほうだった。


「バカだ……」


 あまりの情けなさに、体から気力が抜けていく。


 バカだ。バカだバカだ。俺はバカだ。


 一筋の涙が、友博の頬を走った。






 その後、予言ボールを壊したショックを引きずりながら、友博は家に直帰した。

 日付が変わっても、反省は尽きない。

 今の気分を反映しかような黒い雲が空を覆い、ポツポツと小雨が降り注ぐ。


 重い足取りの中、なんとか教室までたどり着いた。


「おはよううんこマン!」


 入るや否や、力動が気味の悪い笑顔とともに話しかけてきた。


 あぁ……、約束のことを完全に忘れていた。

 いつの間にか、完全に頭から抜けていたが、トイレを短く済ませる必要があった。


「昨日は随分と腸の調子が良かったみてぇだな!」


 額が重なるほどの至近距離で、力動はにらみを利かせる。


「うんこマンはちゃんと景品引き替えたか? 第二ラウンドでは長須賀啓治が勝ったんだぞ?」


 背後にはいつの間にか富鐘がいて、俺の肩を叩いた。


「……はぁ」


 ただでさえ胸が重くなっているのに、余計な負荷もかかるようになってしまった。


 やっとかなえたい願いを見つけたが、手遅れだった。

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