少し不思議なボール
1/3 一年に一度のクイズダービー祭り
今日の学校はいつも以上に騒がしい。
隅から隅まで届く雑音は、寝起きの頭を無理やりかき回されるようで、不愉快である。
「今年もジャガーが出るんだって!」
「それほんとー? 去年引退宣言したってのに」
断片的に耳に入る内容では、何の話をしているかは不明だ。仮に分かったからといって話に入るわけではないのだが。
「ふわぁ……」
朝の会が始まるまで居眠りするつもりだったが難しい。頬づえをついて目を閉じるが、心が休まる気配がない。
「おっ、もしかして友博、ダービーが楽しみで寝れなかったのか?」
野太い声が鼓膜に伝わる。
「いや?」
ダービー? もちろん知る由もない。
「ん? 違うのか?」
「そもそも知らないんじゃない~? 転校生だし」
「祭風町最大のイベント、クイズダービー祭りが今晩あるんだよ」
「うん、知らない」
説明を受けても、食指は全く動かない。そもそもこっちは町自体に対して関心がない。せいぜい自分の生活圏のことだけで、祭りごとなんて心底どうでもいい。
「クイズの優勝者を予想して、当てた人には豪華賞品が当たるんだ。面白そうだろ?」
すごく面白そうだ、今すぐにでも参加したい。
なんてみじんも思わなかった。それより今の話が賭け事にしか聞こえないが、高校生が参加して良いのだろうか。
「そうだね……。でも今日はちょっと」
こういった誘いは、作り笑いとともに断るのが一番だ。多少の付き合いならともかく、祭りなんて何時間も拘束されるに決まっている、行きたくない。
「……イオか?」
普段ならこれで断れるのだが、今回は違った。力動が鋭い目つきで鋭くにらんできた。
「おぉうん!? 男同士の友情より、女を選ぶってえのか!」
真っ赤になった顔がぶつかりそうなほど接近してくる。
こっちは単に面倒くさいから断っているのに、イオにうつつを抜かしているから断ったと思われている。イオの存在が周知された弊害といえる。
「でえええ……! 違う違う!」
心臓の鼓動が活発に動き、体が妙に熱くなる。俺は反射的に両手を振った。
「分かったよ! そこまで言うなら行くって!」
そんな風に誤解されるぐらいなら祭りに参加するほうがマシだ。
「へえ、友博君も行くんだ」
力動と富鐘の間に割り込み、やや強引に会話に入ってきたのは、
「まぁ、結果的に」
「じゃあイオちゃん連れて来てほしいな。私、イオちゃんと一緒にお祭り楽しみたいから」
嬢乙女はゆるやかなほほ笑み、首をチョコンとかしげる。
「ああ、はい……」
成り行きでこれもまた承諾してしまった。嬢乙女は、なんとなく頼まれたら断りづらい空気を出してくるから油断ならない。
「はぁ……」
イオがいなかったら、力動は何も言わなかったし、きっとうまく断れた。嬢乙女だって、イオを連れてほしいとならなかったはずだ。
友博は、やるせない気持ちをイオに責任転嫁して平常を保とうとしていた。
この町は田舎だ。
娯楽施設はろくにないし、携帯電話の電波もちゃんと通っていない。
クイズダービー祭りの会場となる町会館も、耐震性能が基準を満たしているのか不安になるほどくたびれている。
それでも町には多くの人が住んでいる、想像以上に。
「こんなにいたのか……」
町会館の前には人だかりができ、周りでは露店がいくつも開かれていて、これまた老若男女がにぎわっている。
一体どこからこの人たちは湧いて出たのだろうか。普段の通学路では、同じ学校に通う人間としか出会わないというのに、過疎地という認識を改める必要があるかもしれない。
「これがお祭りか! 楽しそうだな!」
イオは口角を上げ、あたりをキョロキョロと眺めていた。
「まぁ、イオは楽しんでいってくれよ」
昔から人混みが苦手だ。こういってみんなでワイワイするような環境にいると、頭がガンガンとしてくる。楽しもうとしても楽しめない。
待ち合わせ場所のベンチには、既に力動と富鐘がいて、嬢乙女と談笑していた。
「おおっ! 逃げなかったな!」
俺を見つけた力動は小走りで近づいてきて、ドシン、と肩を強く叩かれた。重々しい衝撃が奥まで届く。
「早く来い!」
力動に引っ張られる形で、ベンチに到着した。
「わぁ、ほんとにイオちゃん来たねぇ」
目線を合わせるため、嬢乙女はしゃがんだ。
「イオちゃんはここのルール分かる?」
「分からない」
もちろん、イオも祭りの参加は初めてだ。俺も朝に富鐘から聞いた以上のことは知らないので、教えようがない。
「会場内で、クイズ大会やってるの。今は事前予想中だから、誰がいいかこの中から選んであそこで予想チケットを買うの」
嬢乙女が冊子を取り出し、遠方を指差す。先には券売機のようなものがあり、人が群がっている。
聞けば聞くほどギャンブルにしか見えないのだが、本当に本当に良いのだろうか。
「
彼女は冊子を閉じてイオの手を握った。
「うん!」
元気な声とともに、イオは人混みの中に消えてしまった。
「……俺も買えばいいの? 知らなくてお金持ってないけど」
そう言うと、富鐘は不敵な笑みを浮かべた。
「言うと思ったよ。友博ってそういうところあるから」
ケチと言いたいのだろうか。確かに無駄な浪費を避けたくてわざわざ財布を家に置いてきたが、そんな風に思われるのは何か嫌だ。
「だからもう買っておいた! 僕たちが応援するのはただ一人!
富鐘は高らかに三枚の赤いチケットを掲げる。
仮にもダービーなのに、勝手に決められてどう楽しめと……。
屋台が室外なのに対し、祭りの肝であるクイズダービーは室内で行われている。会館内のホールの壇上で、四人の解答者が競うようだ。観覧者は基本立ち見で、自由に出たり入ったりできる。
外のにぎわいと比べると人が少ない。ダービーそのものより、祭りの雰囲気を楽しむために来ている人が多いみたいだ。
「ホラホラ、あれが長須賀啓治だ!」
力動は、右端にいる男性を指差した。
配布された冊子によると、長須賀啓治は元レスラーらしく、筋肉質な見た目がそれを物語っている。他の解答者は元ミュージシャンのジャガー・サン、元マジシャンのミスまりあ、元芸人のスマネットさみだれ。
それにしても、長須賀啓治以外の三人が白塗り化粧をしているが、キャラが被っていることを誰も言及できなかったのだろうか。
壇上には他に司会者とアシスタントがおり、解答者の自己紹介を兼ねた簡単なトークを広げている。
内容は、右から入った話がそのまま左に抜ける程度のもので、頭がうつらうつらとしてくる。
「何ボヤっとしてんだ! ちゃんとルール確認したか!?」
力動が背中を叩いてきた。なんとありがた迷惑だろうか。
「えぇ? わかったよ……」
仕方なく、冊子に書かれたゲームのルールを読む。
流し見をすると、クイズに答えた人がサイコロを振り、すごろくのゴールを目指すというものだった。
ホールの壁にかけられたスクリーンに、丸いマスが書かれたすごろくが表示されている。各マスには『?』のマークがあり、実際に止まるまでどんな効果があるか分からないらしい。
「クイズとすごろくが合体してるわけか」
「そうそう! お、始まるみたいだぞ!」
「では問題!」
やっと最初の問題が始まった。
「なぞなぞです。サイを見つけたときに飲みたくなるものってな~んだ?」
アナウンサーが問題文を読み上げる。その内容に思わず眉間にしわが寄った。
そういう方向性のクイズなのか……? 思っていたのと全然違う。
「そんなの人それぞれだろ?」
長須賀啓治が解答ボタンを押さず、ただただ不満を漏らす。
「いやいや……これはなぞなぞですから」
誰も早押しボタンを押さない。なぞなぞだし、サイのつく飲み物を考えたらすぐに答えにたどり着けそうなものだが、四人ともうなるばかりであった。
「サイを見つけたら指を差してあーっ! ってなりますよね」
「そしたら思わず口に出しまうんですよ。ナントかだー! って」
見かねた司会者とアシスタントがヒント……というよりほぼほぼ答えを教えている。いいのか? 本当にそれでいいのか!?
頭の中にグルグルと、いろいろな思考がごちゃ混ぜになる。
ピンポーン、とボタンを押した音がやっと聞こえた。
「はいきましたまりあさん!」
「サイだー?」
「はい正解!」
遅い、遅すぎる。
心なしか、やっと正解が出たことを解答者より司会者側が喜んでいる気がする。
「ではサイコロをお願いします」
スクリーンにはミスターまりあの手元が映される。サイコロを振ると、4の目が出た。
「さぁ4が出ました! 1、2、3、4! 止まったマスは?」
画面はすごろくに戻り、隠れていたマス目の内容が明かされる。『場所交換』と書かれていた。
「あぁー! 場所交換! 一位の人は四位と入れ替えです!」
「年齢順でプラネットさみだれさんと交代になりますね」
あまりの理不尽さに、開いた口がふさがらなかった。
これではほとんど運で勝敗が決まってしまうし、結果が出るのに相当な時間がかかりそうだ。
「俺……、ちょっとトイレ」
テレビでまどろみながら見るならともかく、白熱して賭けをするような代物ではない。
俺は退席を決意した。
「えぇ? まだ始まったばかりなのに」
後ずさりしようとする矢先、富鐘が冷やかな目を向けてきた。
ヤバい……。首筋に鳥肌が立った。
「もしかして、逃げるんじゃないだろうな!? 興味無さそうな顔してるぞぉ!?」
眉間にしわを寄せた力動は、肩を上げて、大きな体をより巨大に見せてくる。
「ないない! そんなことないって」
いかくをされた小動物の気分だ。ゾワりと背中に悪寒が走る。
察しの良さを優しさに置換してくれたら、さぞ助かるというのに……実にもどかしい。
「もし戻ってこなかったら明日からおまえのあだ名うんこマンだからな!」
「えぇ……。やだよ」
小学生か、いや小学生でも今時そんなことない。シンプルに嫌だ。
「戻ってくるなら問題ないよなぁ?」
「はい……」
鬼の形相を浮かべられては、こちらも何も言えない。
この場をすぐさま離れるためには、どんな約束でも受け入れるしかなかった。
会館内の脇道に逸れたところに、男子トイレのマークが見えた。明かりが付いておらず薄暗い、祭りの会場にしては不気味なほど静かだった。分かりづらい場所にあるため、存在を認知されていないのかもしれない。
電源スイッチを押して中に入ると三つの個室と小便器、薄汚れてはいるが臭いのほうは特にキツくない。
「ちょっとだけ時間つぶすか」
雀の涙程度だが、ずっとあそこいるよりはマシだ。
気付かれるリスクが低そうな、一番奥の個室まで向かった。
そこで、便座のフタの上に置かれている謎の球体を見つけた。
「なんじゃこりゃ……」
バスケットボールより一回り小さいぐらいで、表面に基盤のような細かい凹凸がある。上部には〈9〉というデジタル数字が書かれている。
何かの機械なのか? 全くもって分からない。とりあえず持ってみると、見た目よりは軽く、片手で簡単に持てる。ひんやりとした感覚は、どうも金属系のようだった。
「あーあ……」
特にやることがなく、気の抜けたまま便座に座った。
「誰か話し相手でもいればなぁ……」
ポロリと声を漏らした、その直後だった。
ドギュウウウウン!!
唐突に、真横に、何かが落下してきた。
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