3/3 悪魔契約の行方
「それに……悪魔の契約って言ったら魂が相場なんだよ。要は死んじゃうわけ。簡単に頼むものじゃないし……」
「それは困るな」
魂という言葉を受け、イオは目を細めた。
「いえいえ! 魂なんてとんでもない! 今はお客様のニーズに答えられるよう、さまざまなプランが出ていますので。魂を売らずに願いをかなえられる非常にお得なプランもございます」
表面上はニコニコとしている一方、悪魔の顔は引きつっている。疑いは深まるばかりだ。
「今はさまざまな契約プランがあると……」
岡登が興味津々でメモをする。さすがというか、空き教室を改造しただけのことはある。
「今人気なのは魂の代わりに感情を売るコースです。私もオススメしてます」
パンフレットを取り出し、真ん中あたりのページを開く。カラフルでポップな書体で『怒り』『悲しみ』などといった感情がデカデカと書かれているが、肝心の内容がよく分からない。
「か、感情を売るのか……?」
イオは体を少し後ろにやり、顔をこわばらせた。一度釘を刺した効果が出ている。
「いえいえ、感情というのは全てがプラスではありませんから、例えば不安を思う感情を売れば、この先悩まずに暮らしていけます! リピーターも多いんですよ!」
悪魔は見開きページの右上のほうを指さした。
「おお、それはいいな!」
「良くない!」
やっぱりイオは軽率すぎる。危なっかしくて仕方ない。
「リピーターが多いって、つまり正常な判断力を奪ってるんだろ! どうせ二段階で魂ごといただく算段に決まってる!」
無能そうに見えても目の前にいるのは悪魔なのだ。隙あらばこちらが損する条件で契約させてくる。ある意味普通の悪魔より恐ろしい。
「ダ、ダメなのか……」
「いや! 全然ダメじゃ……! その……ほんとはダメです……不安は大切な感情です」
あっさりと口を割ってしまった。この悪魔は無能なのは事実みたいだ。中途半端なウソつきが一番信用を得られないというのに、かわいそうだが根本的に向いていない気がする。
「…………」
「…………」
イオも悪魔も、しょんぼりと沈んでしまい、会話が停滞してしまった。
「僕は頼み事あるんだけどな。悪魔さん、僕が契約しちゃダメなの?」
そんな中、岡登が悪魔の前に乗り出してきた。
「いや、呼んだ人じゃないと……」
契約できるのはイオのみらしい。客じゃない、ということか、素っ気ない対応だ。
「そうか!」
かと思いきや、悪魔は何かをひらめいたように手を叩いた。
「お客様がこちらの方の望みを言えばいいんです! 解決です!」
喜々として立ち上がり、両手を広げてその場でジャンプをする。
「おおっ! その手があったか!」
イオの顔が一気に明るくなる。
この場合、代償は誰になるのだろう。契約者以外が代償を払うなんて無茶が通る気配がなさそうだが、それはまたうやむやにされそうになったら聞くとしよう。
「岡登、何が望みなんだ? 私が代わりに頼むぞ」
奇麗なえくぼを作り、イオは岡登に尋ねた。
「むううぅ……」
急に沈黙する岡登。喉仏から低いうなり声を出し、口を閉ざす。イオの輝いた目を見たと思ったら、すぐに目を逸らすという行為を何回か繰り返していた。
「……いや、やっぱいいや」
やっと口を開いたかと思うと、意外なことを言い出した。
「ど、どうしてですかぁ~!?」
悪魔は目を丸くして膝から崩れ落ちた。
「もったいないな。せっかく解決しそうだったのに……」
イオも首を傾げ、口をとがらせる。
二人には感情を理解できないみたいだが、俺には分かる。
ヤラしい望みだ。絶対にヤラしい望みだ。岡登はヤラしい望みを悪魔契約でかなえようとしたに違いない。
欲をさらけ出して引かれるリスクがよぎったに違いない。そういう知識が乏しそうなイオなら、第三者に漏らす可能性もあるしなおさらだ。だとしたら悪魔が好きというのも本当か怪しくなってきた。目的は悪魔契約なのではないだろうか。
これは説明するものでなく、察するものだ。教えてあげられないのが歯がゆい。
「もう何でもいいんです、お願いします……。本当に助けてください……」
何度も振り出しに戻って心が折れているのか、悪魔の声が非常にか弱くなっている。
「と言ってもなぁ……」
何かしらの力にはなってあげたい、そんな気持ちは確かに心の中にある。だが、悪魔契約を行うのは気が引ける。
解決策が出てこない。どうしようもない話にしか思えない。
「分かったぞ! どうすればいいか!」
だがその時、今度はイオが喜々として手を叩いた。
「悪魔を呼ぶ呪文を簡単にすればいいんだ!」
自信満々に、イオは鼻を大きく膨らませる。
「それなら気軽に呼べて、ビビリアルが契約できる機会も増えるはずだろ! 私の望みは、ビビリアルの呪文を簡単にしてほしい!」
「気軽には呼べないほうがいいと思うが……」
まだ、イオの思慮は浅い気がする。しかし、この場を丸く収めるにはちょうど良い案かもしれない。
「目、目からウロコです……。しかも私のために……ううっ、うれしい!」
悪魔はボロボロと涙を流す。
「そうかそうか、私も目からウロコだ!」
イオの目からは、薄いひし形の殻のような固形物が落ちていた。
文字通り目からウロコが出ている……何度まばたきしてもその事実に変化は起きない。
岡登も悪魔も気にする様子はなく、ただ喜んでいるだけだ。周りが見えていないのか、それとも驚くほどのことじゃないのか……謎は深まるばかりである。
「ええーっと、待ってくださいね。望みと釣り合うプランはっと……」
落ち着きを取り戻した悪魔は、分厚い本を取り出した。細かい文字がびっしりと書かれた本を虫メガネで凝視する。
とにかくこれで一見落着だ。ため息がこぼれ出た。
この場は罪悪感もなく解散できる。この先何かトラブルが起きても、俺の知ったことじゃない。
「はぁ、疲れたぁ……」
そこまで長い時間ではないが、ものすごく精神をすり減らした気がする。できれば、人外と人外の絡みは二度と立ち合いたくない。
後は悪魔がどんな契約内容を掲示してくれるかだ。恐らく、召喚呪文を変えるのにそんな大きな代償を払うことはないはずだ。
「…………」
だが、悪魔はなかなかプランの説明をしてくれなかった。それどころが、どんどんと表情が硬くなり、焦りが見える。嫌な予感がして仕方ない。
瞳から光の途絶えた悪魔が、ついに口を開いた。
「あの……、魂いただけます?」
「んなバカな……」
無理に、決まっている。
結局、悪魔と契約することはなかった。これ以上埒が明かないと判断し、イオに悪魔を帰らせる呪文を読ませ、事なきを得た。
これが良かったのか――イオは悪魔が居なくなった後、聞いてきた。
その答えは分からない。あの悪魔がどうなったのかは確かに気になる。大事なものを失わずには済んだが、心に穴が残る、後味の悪い出来事となった。
あれから、数日がたった。
「ラーゴじゃなくて、ルァーゴ!」
本来閑散としているはずの空間に、黄色い声が広がる。廊下とつながる扉を閉め、音を遮るものも最小限に抑えられているので、隅に居ても声ははっきりと耳まで届く。
「難しいなぁ……。ラーゴ……ルアーゴ!」
「まだ惜しいな、ルとアをもっと重ねて!」
果たしてこれで良いのだろうか。
イオは呪文を正しく発音できるようレクチャーすれば、悪魔が召喚される機会も増えるはずだと提案したのであった。
そこで放課後、イオによる呪文発音講座が開かれることとなった。教壇の上に座り、イオはノリノリで教えている。一番前の席では、岡登が真剣に実践を試みている。そこまでしてヤラしい願いをかなえたいのだろうか。
「あ、ここだっけ?」
「イオちゃ~ん!」
二人の女子生徒が教室入ってきた。
「おっ!
イオは二人の女子生徒に笑顔で手を振った。
一体いつの間に交流を深めたのだろうか。俺が覚えているクラスメイトはせいぜい二、三人。彼女らの顔はかろうじて見覚えがあるが、どっちが藍でどっちが朱音なのか分からないし、聞く気も覚える気もない。
「ま、暇だったし。面白そうだし」
「嬉しい! よしっ、もう一回最初からコツを教えるぞ!」
二人を岡登の後ろ席に座らせ、再びイオのレッスンが開始する。
「ま、いいのかな……」
結局、何かが解決したわけではない。
だが、和気あいあいとしている空間を、わざわざ壊す必要もないと友博は感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます