少し不思議な迷路

1/2 赤・青・黄色、タイル張りの謎の部屋

 祭風町にも商店街があり、食品や陶器、家具などの店が構えている。

 どれも素朴で、特別品ぞろえが良いわけではないが、最低限のものはある。田舎町にしては、という条件付きではあるが、暮らしやすいのではないだろうか。


 今回用があるのは、文房具屋である。家にあった油性ペンが乾いてしまったので、わざわざ出向くことになった。

 文具はかなりごった煮で陳列されている。新しく入荷した品をただただ空きスペースに置いているようにしか思えない。


「おおーー! いろいろ売ってるぞ!」


 商店街にはちょくちょく寄っているはずのイオだが、このお店は初めてらしい。興味津々であたりを見回し、大きく口を開ける。

 どうしても行きたいと言うから連れてきたが、ちょっと後悔している。


「イオ、静かに」

「あぁ、すまん。でも本当になんでもあるな」


 口を抑え、声のボリュームを下げる。それでも目の輝きっぷりは健在で、商品を一つ一つじっくり観察していた。


「そりゃ文具店だしな」


 パッと見た感じ、学校生活で必要なものはだいたい置かれている、しかし各文具の種類が豊富ではなかった。油性ペンにしても、色ごとに太いやつ、細いやつの二種類しかなく、書き比べして滑らかさなどでは選べない、選択肢がない。

 都会の大きなお店を知っていると、やっぱり物足りない。


「とりあえずこれを……もう二本ぐらい買っておくか」


 計三本。他に選択肢がないのだから、ストックはあるに越したことない。


「他に何かないかなぁ……」


 せっかくなので他の消耗品も買っておこう。どうせ選択肢がないのだから。


 脇を見ると、イオがノートをまじまじと見ていた。


「…………」


 表紙に特に何か描かれているわでもない、ごくごく普通のノートである。中をパラパラとめくり、真剣なまなざしで紙を指でなぞっている。


「……欲しいのか?」

「うん」


 ノートから目を一切離さず、イオはコクりとうなずいた。






 無事に買い物を終了した。


「すぐに買えるなんて、実に便利な町だな!」

「あぁ……うん」


 油性ペンやノート程度、すぐに買えない場所のほうがどうかしている。人魚なので仕方ないが、世間知らずである。


 さらに言うと、商店街から家は結構遠い。歩けなくはないが、ちょっとした買い物をコンビニで済ませていた頃を考えると長く感じる。


「なぁ、あれなんだ?」


 イオは俺のシャツの裾をギュッと握った。


 お店とお店の隙間に細い道。幅はおおよそ二メートルだ。

 道には黄色いタイルが置かれていた。看板すら色あせたグレースケールのような店と店の間から見えるそれは、異質そのもの。誰かが手入れをしていないとあり得ないほどに、新品同然の美しさを保ち、存在感を放っている。


 黄色いタイルの先には赤いタイルが続く。これもまた汚れ一つ見えない。というより、薄暗くてよく見えない。


「知らない……」


 商店街には何回が訪れたことがあるが、こんなものを見るのは初めてだ。右の八百屋も、左の肉屋も、お使いとして言ったことがある。その時に気付かないわけがない。

 古びた看板、ショーケース、手動のレジ。タイルより先に変えるものがいくらでもある中、わざわざ新しく作るようなものにも見えない。


 このタイルに一体何の意味があるのだろうか。何度まばだきしても目に映る景色は変わらないし、鼓動は速くなるばかりだ。


「行ってみよう!」

「おい! そんな簡単に……」


 この先に何があるか分からない。何か危険なものが待ち構えているかもしれない。

 そんな不安を感じる様子は一切なく、イオはタイルの続く道へ進んでいってしまった。


「はぁ……」


 友博も、イオを追って中へ入っていった。






 気味の悪い場所だ。


 壁はグレーで、床は赤いタイルが連なる直線の道だった。イオはどこに行ってしまったのだろうか。

 前方に注意しながら進んでいくと、青いタイルと曲がり角があった。


 曲がった先には左右に分かれ道。

 右側は九マスのタイルが正方に並んでいて、中央に青いタイル、他が赤いタイルで敷き詰められた空間。左側は赤いタイルが一列に敷き詰められた細い道で、数マス後はさらに右に曲がれるようになっている。


 右が行き止まりなら左に行くまで。迷う事なく左に進んだ。






 左の道はまさに迷路と呼ぶにふさわしかった。

 数マスごとに曲がり角があり、壁に囲まれて周囲の情報が阻害された道は、自分が今どこにいるかが分からなくなる。


 分かれ道は少ないし、あってもすぐに行き止まりになるが、ちゃんと戻れるだろうか……。

 乾く唇を舐め、深く深呼吸をする。


「イオー!! どこだーー!!」


 口に手を当てて、大きな声を出した。


 壁に囲まれたこの場所で、果たしてどこまで声が届くのだろうか。効果は薄いかもしれないが、やらないよりはマシなはずなので、歩きながら叫び続ける。


「友博、どうした?」


 T字路のような場所の真ん中で叫んでいた時、背後から返答が聞こえた。

 思わず振り向くと、そこには正真正銘イオがいた。眉をハの字に下げ、少しだけ首を横に傾けている。


「イオ! 良かったぁ……!! こんなどこか分からない場所、とっとと出ようぜ」

「そうか? やりごたえがあって楽しいぞ。ゴールまで行きたい!」


 イオは首を精一杯伸ばして、顔を近づけようとしてきた。膝立ちだと背伸びができるわけじゃないので、その効果は薄い。


「いやいや……、ゴールがあるかどうかすら分からんだろ」


 確かにここは迷路っぽいが、迷路の確証はない。どこまでも能天気な人魚である。


「そうなのか。なら帰らないとな……」


 イオは肩を落として口をとがらせた。


「でもどうやって帰る? 元の道に戻れる自信がない」

「こういう時はな。左周りの法則っていうのがあるんだ」


 受け売りの知識だが実際に使うのは初めてである。壁に左手を添えて、はにかんだ。


「こうやって、左手を壁に付けて離さないようにしながら歩けば外に出れるってやつ。例外もあるんだけど、ほとんど一本道だし今回は適用できるんじゃないかな」


 熱い視線を感じながら、視覚的にわかりやすく説明をする。本当に理解できたかはわからないが、イオはしっかりとうなずいているので、納得はしてくれたらしい。


「そうそう、イオは俺のシャツつかんでてな。もう一度探すのはごめんだから、絶対離さないように」


 イオの好奇心がまたいつ暴走するかは分からない。念のために、釘を刺しておいた。






 一向に出入口が見つからない。


 なぜだ? やり方が間違っていたのか?

 さっきから同じところをグルグル回っている気がする。

 であれば、出入口に来てもいいはずだが、そうはならない。

 単に似ているだけで全く違う場所なのだろうか?


「友博、本当にこの方法で外に出れるのか?」


 イオの声は少しか細くなっていた。


「う~ん……違うのかなぁ……」


 基本一本道の場所なら問題はないはずだが……ダメだ、受け売りの知識なだけあって、自信が持てない。

 額には汗がにじみ、足取りも重くなる。


「くううっ……! こんな時スマホが使えればなぁ」


 この町はスマホの通信環境が整っていない。家では辛うじて無線ランが張られていて、インターネットが利用できるが、外じゃそうはいかない。所持しているスマホの画面を見るが、やはり圏外である。


「はぁ……」


 どうしたものか。


 目は虚ろになり、全身に力が入らない。出られる保証がないと、根気が湧いてこない。


「そうだ、空から逃げればいいんだ!」


 そんなとき、イオは上を指さした。


 見上げると青々とした大空が広がっている。壁の高さは数メートル。空を飛べるステッキを使えば、簡単に脱出できる。


「それならいけるかもな!」


 わずかな希望。イオの笑顔が天使に見えた。


「ハッハッハ! これで帰れるぞーー!」


 イオは腰に巻いていたポーチから、イチゴジュースの紙パックを取り出す。

 空を飛ぶためにはイチゴの接種が必要で、摂取量が多すぎると制御が効かないほどのスピードで空を飛ぶハメになる。そのため、微調整ができるイチゴジュースでイオは空を飛んでいる。


「友博、背中に捕まってくれ」


 左手にステッキ、右手にイチゴジュース、両手が埋まっている。一緒に脱出するには後ろから抱き着くしか方法がない。

 腰に手を回し、強くホールドする。人肌の体温が伝わって、胸のあたりが燃えるように熱くなる。


 捕まったのを確認したイオは、イチゴジュースのストローを口に付けた。


「あっ、全部飲んでた……」


 空を飛ぶにはイチゴの接種は必要、無いということは空を飛べないことになる。


 要するに、上から逃げることはできない。


「もうちょっと早く気付けなかった?」

「うん。ごめんね」


 つい、トゲのある言い方になってしまったが、イオは素直に返してくれた。


「はあぁ……」


 両手を壁に付けると、自然と重いため息がこぼれ出た。


 一瞬だけ希望が見えただけに、落差が大きい。


「…………」


 その時、ふと頭の中に革新的な脱出手段が思い浮かんだ。


 タイルの大きさは概算で二メートル。自分の身長なら、手を伸ばせば壁を登れるのではないだろうか?


 非現実的な方法が成立するとは思えない、だがこの状況で試さない手はなかった。


 手の震えを抑え、にじんだ汗を拭った後、反対側の壁を片足ずつ押してみる。


「おおっ! いけたいけた!」


 赤いタイルから完全に体を離せた。手と足で壁を押すことで、重力に逆らうことができる。思いのほかうまくいった。


「おぉっ! すごいぞ友博!」

「だろ! これなら……」


 これなら……ダメだ。


 腕が全く上がらない。それどころかブルブルと震え、筋肉が限界を叫んでいるのが分かる。

 すぐに力尽き、タイルに体が叩きつけられる。間一髪、顔面の強打だけは避けられたが、体を横にしたせいで、右半身から鈍い痛みが中央で広がっていく。


「いっだぁ……無理だした……」


 目に入った灰色の壁と赤い床。無機質で単純な景色だ。

 体に力が入らない。体の感覚も鈍くなり、痛みも去っていく。


「どうしよ……、イオォ……なんかいい案ないか?」


 ダメ元でイオにすがった。


「一つだけならあるぞ」


「……どんな?」


 期待はしていなかった。でも一応聞いてみる。


「壁を壊す! おりゃああああ!!」


 叫ぶと同時に、イオは壁に向かってタックルをした。ドスンッ! という音が響き渡ったが壁は無傷で、全く凹まなかった。


「……無理だな」


 手ごたえのなさはイオも感じ取ったようで、すぐに諦めた。


 今、手元にあるのは衣服と油性ペン、ノートぐらいで、壁をこじ開けるような道具は一切持っていない。力技で壁を壊すなんて夢のまた夢だろう。


 どうする……どうやって脱出する?


 壁に寄りかかり、空を見上げたが、他の解決策が思い浮かびはしなかった。

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