少し不思議が集う町
フライドポテト
居候のイオと友博
少し不思議が集う町
1/1 祭風町の日常
この町では少し不思議なことがよく起こる。
朝、階段を降りて茶間に向かう途中、そこにはもう少し不思議が存在していた。
「
赤髪が乱雑に飛び跳ねた少女が、廊下を禍々しくはっている。
「またか……」
最初は驚いた光景も、慣れてしまえばどうってことはない。
「だって面白いんだも~ん、教科書」
上体を起こした少女は、髪をかきあげてベールを明かす。金色の瞳は半開きでも強い眼力を感じる。
彼女の名前はイオ、この家に居候をしている身だ。まぁ、かく言う俺も居候をしているわけだが。
「また徹夜したのか?」
イオが手にしているのは日本史の教科書、本来の持ち主である俺の許可も得ず、読み漁っていたようだ。
「だって昼は友博が持ってっちゃうし」
まだ寝ぼけているらしく、表情がヘラヘラとしている。とはいえ、発言内容は一理ある。昼に読めないなら夜に読むしかない。
「へへっ、明日はまた新しいの貸してね!」
イオは清浄な笑顔で教科書を渡してきた。膝立ちをして、足先に付いた尾びれがピクピクと動いている。
イオは人魚だ。
それも足先だけが魚で、胴体から伸びるすらりとした太ももやふくらはぎは、人間と差異がない。実に珍しいタイプの人魚だ。
「さっ、朝ごはん朝ごはん」
イオは膝を使って器用に歩く。傍から見ると大変そうたが、本人的には何とも思っていないらしい。
茶間では、既に伯母が朝食を用意してくれていた。伯父は既に手を付けていて、アゴを大きく動かしている。
メニューはご飯、みそ汁、焼き鮭、特に変なものは出されない。常識の通じないことが多々あるこの町だが、食事だけは問題ないのが救いだ。
「いただきま〜す!」
人魚だからといって魚料理に抵抗がある様子はない。目を閉じて魚をかみしめ、うなずくように食べ進める。
「
志知間――伯母のことだ。親戚の下の名前なんて滅多に聞かないものだったが、イオのおかげでしっかりと覚えられた。
イオは口の周りについたご飯粒や魚の油をベロベロと舐める。
「あらあら、そういってくれると作り甲斐があるわぁ……」
「あー。うまいよ、うまい! 日頃の感謝を忘れて悪うござんした!」
伯母の鋭い目線を受けて、伯父の
「そうそう、今日はみんなに大掃除してもらうわ」
突然、伯母は話を変えた。
「えぇ、ずいぶん急ですなぁ」
伯父は眉をひそめて口をぽかんとする。そんなそぶりを一切見せていなかっただけに、こっちも驚きだ。
「だって今思いついたんだもん」
時々、伯母は思いつきで行動する節がある。今回も何かのスイッチが入ったように、やる気に満ちあふれていた。
「大掃除、一度やってみたかったんだ!」
イオは鼻息を荒くする。
彼女の好奇心は凄まじい。知らなかったり、体験してなかったりすることに対し、基本的にすぐに首を突っ込む。それゆえに危険な目に遭うときもあるのだが、特に怖気づくことはない。
「もちろんあなたちもやってくれるわよね?」
伯母からの目線を強く受け、胸の辺りが少しだけ重くなる。
「へいへーい、分かりました……」
居候である上に、今日は学校がないので、承諾せざるを得ない。
まぁ、元々何かやる予定もなかったので、ちょうどいいかもしれない。この町に娯楽が少なすぎる。かろうじて、家にインターネット環境が一応あるが、逆に言えばそれしか暇を潰す方法がない。
友博は庭の掃除を担当することとなった。
落ちた枯れ葉を昔ながらのホウキで、地道に一箇所に集める。大した広さではないので手間はかからない。
それよりはイオの方が気になる。
「大丈夫かぁ〜?」
青々とした空の中にただよう、赤く長い髪と丈の短いワンピース。
「何がだ? 全然平気だぞ!」
宙に浮いているイオは、二階の壁を外からごしごしと拭きながら、見下ろしてきた。
片手にはぞうきん、そしてもう片方の手には魔法のステッキを持っている。
魔法のステッキ――イチゴを食べた後にこのステッキを振ると、空を自由に飛べる。どういう原理かは全くの謎なので〈魔法〉のステッキと呼んでいる。これもまた、この町にある不思議なものの一つだ。
体をうまく傾けることで、前後上下左右を自在に動ける。イオは掃除したい場所を自由自在に舞い、掃除を続ける。ワンピースのスカートは太ももでしっかりと挟み込み、下からのアングルの対策もバッチリだ。
「いや、俺が気にしてるのは……」
魔法のステッキによる空中浮遊にも条件があることだ。
「どわあああああっ!?」
空中浮遊ができる時間は約十分である。そんな短時間で二階を外側から全て掃除できるわけがなく……。
ドシイイイイイン!!
イオが尻もちを付くと、大地から凄まじい音が鳴り響き、ヒビが入ったかのように硬い地面が割れてしまった。
「いった~い! 友博~! 助けてくれても良かったんじゃないか?」
イオは自分の尻をなでながら、ムスッと頬を膨らませた。
「アホか! 死んでしまうわ!!」
ゾワりと、全身の血が抜けたように冷える。地割れができてしまう者を抱えるなんて無理な話だ。
イオは見た目以上にウェイトがある。正確に測ってはいないが、100キロを超しているのは確か。
「はぁ……油断していたら命すら危ういわ……」
イオに押しつぶされる想像が頭をよぎると、軽いめまいがしてしまった。
ちょっとしたトラブルはありながらも、なんとか大掃除を終えられた。庭掃除の跡は廊下や階段、最後に玄関周りの掃除、結構な重労働だった。既に陽は傾いており、空はだいだい色に染まり始めている。
「いやぁ~、終わった終わった」
こなすべきタスクを終えたので、玄関の戸を開けたまま、そよ風に当たる。優しい微風と汗が混ざり、こもった熱が疲れとともに排出されていく。
「友博~、お菓子食べる~?」
ほっとしていた時、縁側のほうから伯母の声がした。
「食う食う!」
昼を挟んだとはいえ、そこからはずっと肉体労働。空腹のところに食べ物の話が来れば、足は勝手に縁側へと向かう。
縁側では既に三人そろっていて、伯母がお茶とどら焼きを四人分用意していた。
「う~ん! おいしい!」
イオはもうどら焼きを食べている。やんわりと口元が緩む姿は、純真無垢な子供のようだ。
「ほっぺにアンコ付いてるぜ、イオ」
自分の右の頬を人差し指で叩き、あんこの付いている場所を示した。
「おお、えへへ……!」
親指であんこを拭ったイオは、それをペロリと舐めて頬を紅色に染めた。
「ったく……うん?」
ふと視点を縁側から庭に向けると、一見自然だが、あり得ない光景があった。
「ねぇ、ここにでっかい地割れみたいなのなかった?」
朝、イオが墜落したことによってできた地面のヒビ、それが跡形もなく消えている。まるで最初からなかったかのようだ。
「えぇ? 知らないわよ」
「右に同じ。そんなの見てたら驚いて友博に教えてるよ」
伯母や伯父はきょとんとした顔で、口を丸くする。二人が整備したわけではないらしい。
「……イオは?」
「そういえばそうだな。なんで無くなってるんだろうな」
全く気にしていなかったらしい。単調な口調で、首をかしげた。
「おいおい……」
寒気とともに肩が縮んだ。
この町では少し不思議なことがよく起こる。慣れたと思っていても、まだまだ不思議なことだらけだった。
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