第5話 バレてしまった過去

結局鳴は、週末ずっとそばに居てくれた。

 一度着替えを取りに帰ったが、その後は美咲の看病すると、ずっとそばにいてくれた。その優しさが本当に嬉しくて、美咲は鳴の事を更に好きになった。

 看病してくれるのは嬉しいが、何故か身体を拭きたがるのには困った。胸は見せたと言うか見られたから、恥ずかしくても我慢出来るが、下まで拭こうとするのには本当に困った。

「女の子同士だし、美咲まだ熱あるんだよ」

 どうして抵抗するんですか? 病人なんだから素直に看病されなさいと言った顔で見つめるし、必死に抵抗する私に、私の事嫌いなの? 的なうるうるした瞳で見つめるしで、危うくわかりましたと言いそうになって、さすがに恥ずかしいですと、何とか羞恥心が勝ってくれた事に感謝する。

「だ、だって恥ずかしいし、その、あの」

 見られるのは勿論恥ずかしいのだが、生えていない事を知られるのが恥ずかしいのだ。

 鳴は、少しと言うかかなり不満そうだったが、わかったしとふくれてそっぽを向いたので、今のうちにと美咲は、いそいそと拭いてなんとかバレずに済んだのだった。


週明け学校に行くと、クラスメートとレズ先生がもう大丈夫なの? と心配してくれたのは、凄く嬉しかったけれど、レズ先生はともかくとして、クラスメートは自分がレズだと知ったら、あの時みたいに軽蔑して私から離れていくんだと思うと、美咲は素直に喜べなくて、心配掛けてごめんねと言うと、自分の席に座ってしまった。

 その姿を見ていた鳴は、どうして美咲が自分以外のクラスメートと距離を置くのか、壁を作って接しているのかが気になってしまった。

 美咲は、明るくて優しい女の子だと思っている。

 私の足の事も気にせずに、普通に接してくれて、私にいつも元気をくれる太陽の様な女の子。

 そんな太陽の様な美咲が、この前から暗い影に包まれてしまっている様な気がして、鳴は美咲を助けたいと、自分には何でも話して欲しいと、お友達なんだからと思っていた。

 窓の外を眺めていた美咲の所に行くと、鳴は美咲に今週末家に遊びに来ないと、週末家に泊まりに来ない? と声を掛ける。

「いいの? 」

 是非行きたい。鳴ちゃんの家に行って、鳴ちゃんとお泊りなんて最高じゃないですかと、美咲は行きたいと嬉しそうに言うので、そんな美咲を見た鳴は、やっぱり美咲には笑顔が一番だよねと嬉しい気持ちになった。


週末。学校を終えると、先ずは美咲の家に寄って着替えを準備して、いざ鳴の家へと美咲は嬉しい気持ちを隠し切れずに、ニコニコしている。

「喜んでくれて嬉しい。でも、ちょっと散らかってるから」

「全然気にしないし、私掃除好きだからしてもいいし」

 美咲は、散らかってると言っても、普通レベルでしょと思っていた。鳴の生活能力の無さを甘く見ていましたと後悔する事になる。

「美咲、どうしてその、え、エッチな本も持ってきたの? 」

 着替えや化粧水とかは理解出来るが、お友達の家にお泊りにいくのに、エッチな本は必要ない。鳴もこの前の看病の時に、美咲に色々と説明されて、少しだけ知識を得たが、やっぱり恥ずかしくて、自分では購入して読む気にはなれない。

「鳴ちゃんに教える為だよ。もう高校生なんだから、少しは知っていて損はないよ」

 損はないよと明るく言われてしまっては、鳴としては何も言えなくなってしまって、それ以上は追及する事が出来なかった。


閑静な住宅街に鳴の家はあった。

「で、でかっ! 」

 周りの家も平均より大きいが、鳴の家は更に大きかった。普通の住宅の三倍はある。

「そうかな? 普通じゃない」

 これが普通って、鳴ってもしかしてお嬢様?

「メイドさんとかいるの? 」

「いないし、そんな漫画のお嬢様じゃないんだから」

 そう言って笑いながら、美咲を招き入れる。

 玄関も通されたリビングも広いし、ごみはちゃんと纏められていて、別に散らかっている様には見えないので、美咲はやっぱりと思ったのだが、その考えはすぐに覆される事になる。

「ここが、私の部屋」

 そう言って、扉を開けた瞬間。そこには、樹海じゃなくて腐海の森があった。

 そこらじゅうに、下着から洋服から、漫画から小説から、DVDやらが散乱している。部屋の広さは美咲の部屋の三倍以上あるのだが、足の踏み場が見当たらない。

 絶句して固まった美咲に「えへへ、掃除も苦手なんだ」と可愛らしく言う鳴に、超絶可愛いけど、これは人の住む部屋ではありませんと、美咲の掃除したい心に火が点いた。

「掃除するから、あと洗濯するから、先ずは下着と洋服をわけなさい! 」

「ひゃい! わかりました! 美咲しゃま! 」

 美咲のあまりの剣幕と言うか勢いに、鳴はガクガクと震えながら、えっとこれは確か、昨日履いたパンツで、これは一昨日のブラで、こっちは確か洗濯したのでと、半泣きでもうどれがどれかわかりませんと言った顔で美咲を見つめて、もう許してくださいと瞳をうるうるさせている。

「どうして、ちゃんと分けないの? それに普通下着は脱衣所で脱ぐでしょ」

「だ、だって一人だから」

 一人だから、誰かに見られる心配はないし面倒だから、お部屋で脱いで全裸でお風呂に行きますと説明されて、美咲は一瞬鳴の全裸を想像してしまったが、今は妄想を楽しんでいる場合じゃないと、とりあえず全部洗濯するから、運ぶの手伝ってと言うと床に散乱する下着に手を伸ばして、再び絶句してしまった。

 鳴のブラの大きさに、これって私の顔隠れない? とか思いながら、せっせと洗濯物を回収すると鳴と一緒に運んで、洗濯機を回すと、今度は散乱した本を本棚にタイトル別に並べていく。

 そんな美咲を見ていた鳴が「美咲って、いいお嫁さんになるね。私のお嫁さんにならない? 」と言った

瞬間、美咲は持っていた本を落とした。

「お、お嫁しゃん、め、鳴ちゃんの」

 鳴は勿論冗談で言ったのだが、美咲はもしかして鳴ちゃんは私の事好きなの? と思い切り勘違いして、軽く舞い上がってしまった。

「お嫁さんは冗談だけど、美咲が一緒に暮らしてくれたら生活に困らないのになって」

 料理出来ない。掃除出来ない。結構ずぼらな性格の鳴は、本気で家事能力の高い美咲が一緒に暮らしてくれたらと考えていた。

 お嫁さんは、冗談と言う言葉にショックを受けながらも、鳴ちゃんと一緒に暮らせたら楽しいなとは、本気で思ってしまう。

 毎日一緒にご飯を食べて、一緒に登校して、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで眠る。想像しただけで、心が温かくなるけれど、もし本当に一緒に暮らしたら……私は自分の欲望に勝てる気がしない。欲望に負けて、きっと鳴ちゃんを襲って泣かせて、鳴ちゃんの心に深い傷を負わせてしまう。

 だから、嬉しいけど無理。

「美咲は嫌? 私と暮らすの」

「い、嫌じゃないけど、そ、その親とか認めてくれないし」

 パパは何て言うのか。女の子だし、きっと認めてくれる。問題はママだ。世間体ばかり気にするあの人が認めてくれるか、それが問題だった。

「鳴ちゃんの両親だって、きっと駄目って」

「言わないよ。もう話してるし、美咲の事話して、一緒に暮らしたいって」

 えっ? もう話してる?

 鳴の言葉の意味がわからなくて、美咲は鳴を見つめながら、どういう事って顔をしてしまった。

「もう許可は取ってるし、喜んでたから、きっと美咲の両親にも話してくれるよ」

 どうして、どうして一言も私には相談してくれなかったの? そりゃ、ママと会いたくないとか言ってないけど、私を憐れんだあの人になんて会いたくない。

「どうして勝手に決めたの! 一言も相談ないし、私がママに、ママに会いたくないって話してないけど、一言言っても良かったんじゃない。 鳴ちゃんと暮らしたいけど、ママには会いたくないの」

 最初は怒り気味だったが、最後は弱々しく言うと、洗濯終わるねと美咲は部屋を出て行こうとするので、鳴は美咲の前に立ち塞がって、衝撃的な事を口にした。

「美咲がレズだから? それで、地元で嫌な思いしたから、ママとも上手くいってないから、ママに会いたくないんだよね? 」

「ど、どうして、そ、その事を知ってるの? 」

 鳴にレズだって知られてしまった。

 鳴に、私が地元でハブられていた事を知られてしまった。

「ごめんなさい。美咲が何か悩んでいたから、レズ先生に美咲の地元を聞いて」

 鳴は悩んでいる美咲が本気で心配だった。だから、美咲の過去を調べた。

 美咲の地元の事を、美咲が通っていた中学に電話して当時の担任に話を聞いて、美咲がレズだと言う理由で、ただ同性愛者と言うだけで、いじめられていた事を、学校だけじゃなくて、小さな街だから、地元の人間にも知られて、周りから奇異の目で見られていた事を、その事で母親との仲が険悪になってしまった事を、その全てを知った。

 美咲の過去を知って、鳴は美咲を守りたいと、自分がずっとそばに居て支えてあげたいと思ったから、だから両親に、美咲の過去と美咲がレズビアンと言う事は伏せて、一緒に暮らしたいとお願いしたのだ。

 鳴の話を聞き終えた美咲は、力無くその場にへたり込むと「嫌いになった? こんな醜い私なんて嫌いになったよね」と、抜け殻の様に動かなくなってしまった。

 もう鳴ちゃんは、私に微笑掛けてくれない。

 距離をあけて、私の手を握ってくれない。

 もう死んじゃいたい。

「嫌いじゃないし、これからも嫌わないし、それに嫌いな人と一緒に住もうなんて言わないよ」

「でも、私レズなんだよ。女の子が好きで、女の子の裸に欲情するんだよ」

「私、そういうの疎いから、良くわからないけど、別に変だと思わないし、よ、欲情するのは仕方ないし、襲われるのは困るけど、美咲は醜くないし、私美咲綺麗だって、心の綺麗な女の子だって思う」

 心が綺麗だからこそ、本気で悩んでしまったのだ。

 心が綺麗だからこそ、死にたいとまで思い詰めてしまったのだ。

「だから、一緒に暮らそうよ。私も助かるし、私美咲のそばにいたいし」

「鳴ちゃん、本当にいいの? 私、怖い。自分の欲望に負けて鳴ちゃんに変な事するかもしれない」

 鳴は少しだけ悩んだ後に、そういう気持ちになったらちゃんと話してねと、二人で考えようねと、いつも

の柔らかい笑顔で美咲に言うと、美咲は鳴に抱きついてありがとうと泣き出してしまったので、鳴は美咲が泣き止むまで、優しく抱きしめていた。

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