第24話

喧嘩なんてしたことがない。



誰かを物理的に傷つけたことだってない。



でも……!



持っていたのは慎也に貸してもらったバッドだった。



記念にもらったというサインバッド。



『汚してもいいからな』



慎也はそう言って、渡してくれた。



本当だったらそんなのいらないと突き返したところだけれど、今は事態が事態だった。



この黒い化け物と自分が対決しないといけない時が来るかもしれないんだと、その時に腹をくくったのだ。



だから……もう逃げない!



「あああああああ!!」



明宏は悲鳴を上げながらバッドを振り回した。



がむしゃらに空を切り裂く音が響く。



「くそっ! くそっ! くそっ!」



僕はこんなところでこんな化け物と戦って、一体なにをしているんだ?



今頃は家で勉強して、時々美樹とデートして。



そういう青春を歩んでいるはずだったのに!



ブンブンブンっ!



とバッドが虚しく空を切る音ばかりが聞こえてくる。



しかし、どこへ向かうかわからないバッドの先のおかげで化け物は身動きが取れなくなっていた。



明宏が振り回すバッドは右へ左へ、ふらふらと起動を変える。



化け物が動けなくなっていることに気がついた美樹は「明宏、右!」と叫んでいた。



その声に反応して明宏のバッドの先が決まった。



そして次の瞬間……ドゴッ! と重たい音がして、手がしびれた。



バッドを持っていることができなくなって地面に落とす。



同時に黒い化け物が横倒しに倒れていった。



「え……」



僕が倒した?



一瞬頭の中は真っ白になった。



「すごいよ明宏!」



美樹が抱きついてくる。



僕がこの化け物を倒した?



慎也や大輔じゃない、この僕が?



理解すると同時に爽快感と嬉しさがこみ上げてくる。



明宏の腕に抱きついている美樹がキャッキャとはしゃぐ。



「やった! 倒した! 僕が化け物を倒したんだ!」



明宏は両手を天へ突き上げて、雄叫びを上げたのだった。


☆☆☆


「くそっ、またいた」



慎也の前に2体目の黒い化け物が立ちはだかっていた。



民家の庭先や花壇を確認しながら前へ進んでいてもなかなか佳奈の首を発見することができずにいた。



目が覚めてからどれくらい時間が経っただろうかと、焦りを感じ始めていたときだった。



慎也は目の前を化け物をにらみつける。



「頼むから邪魔すんじゃねぇ!」



怒号を上げてバッドを振り上げる。



一瞬にして距離を詰められることはすでに理解していた。



だからこちらから距離を詰めることはせず、ただ攻撃することを考える。



黒い化け物は想像通りの動きだった。



きっとそれほど知能は高くない。



化け物が距離を縮めている間に、慎也はすでにバッドを振り下ろし始めていたのだ。



化け物は自分から慎也の攻撃を受ける形になり、横倒しに倒れ込んだ。



「弱いな」



思わず口にする。



黒い化け物たちは動きは早いし、武器も持っている。



しかし攻撃されたときにはすぐに倒れるのだ。



ゲームの中で言えば最初の方に出てくる雑魚キャラかもしれない。



それならこれから先もバッドひとつで大丈夫か。



そう思ったのが油断の元だった。



倒れた黒い化け物をまたいで通ろうとしたとき、不意にその腕が動いたのだ。



完全にノックダウンしたと思ったそれは微かに意識があり、最後の力を振り絞った。



ハッとして身構えたが、遅かった。



鎌のように鋭い刃物の手が深夜の太ももと切り裂いたのだ。



「うっ!」



うめき声を上げて横倒しに倒れる。



痛みが訪れる前に立ち上がろうとしている黒い化け物へ向けてバッドを振り下ろした。



2度、3度と今回は油断なく攻撃を加えると、ようやく相手はおとなしくなった。



「くそ……」



切り裂かれた右の太ももを確認してみると、お気に入りのジーンズは無残にも避け、血が滴り落ちていた。



前回足首を切られた時はそれほど深い傷じゃなかったが、今回はわからない。



血はドクドクと流れ出して痛みが脳天を突き抜けていく。



慎也がさけてしまったジーンズを力づくで破ると、それを傷口の上に巻きつけた。



これで止血されるかどうかわからないけれど、なにもしないよりはマシだった。



傷ついた右足を引きずるようにして再び歩き出す。



歩く度に傷口が痛んだが、佳奈の顔を思い出してその痛みを忘れることにした。



空を見上げると少し白みががってきているような気がする。



時間がない。



慎也は歯を食いしばって歩き続けたのだった。

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